第10話 仲良し3人

トラック事故の偽装から、電車で惹かれかけて、父さんを助けて...そんな怒涛の日々からいつの間にやら、もう1か月ほどが経っていた。

7月になり、真夏に入りかなり暑くなってきて最近は本当にきつい。


「太陽うざいなぁ」


きつすぎてうっかり、太陽は無い、なんて口にしてしまいそう...冗談だけど。

あれから特に変わったことはおきて無い。

ただ、父さんがリハビリの末もう少しで退院できるらしい、という事と。

先月になって胡桃玲香がうちの部活に参加したという事だろうか。


「今日はいい加減能力を打ち明けようッ!」


昼休み、勝手に侵入した屋上にて玲香に詰め寄られていた。

原因は、全く能力の解明が進んでいないからだ、そしてそのために、まず部活を能力解明の為の研究所にする。


つまり蓮斗に協力を要請する。


『そう言われても、怖いものは怖いんだ』


パッドに書いた文字からは伝わらない心の内にある怯え。

もしも、蓮斗に能力を教えて...怯えられたら、距離を置かれたら、なんてそんな最悪な想定ばかりが頭の中をよぎる。


「怯えてたら何も進まないでしょっ、必ず今日の部活で言う事、分かった?」


『...分かったよ』


と、昼休みに言ったものの...

放課後、部室の入り口の扉で固まっていた。


「何してるの?速く入りなよ」


言われなくても分かってる。

ずっと口にする言葉を、蓮斗に伝えるべき話を授業中考えていたのだから。


けどやっぱり、踏み込めない。


そんな僕にしびれを切らしたのか玲香が勝手に扉を開けた。


「来たよくそゲーマー」


その言葉に、椅子に座る蓮斗は振り返りもせず即座に反撃する。


「別にビッチは呼んでないが?」


「だれがビッチよッ!?」


「見るからにビッチな見た目のお前以外に誰がいるんだ?」


「はぁ?いい度胸ね!ゲームぶっ壊してやるッ!」


「や、やめろッ!離せッ!?」


部活に入ってから何やらこの2人は仲がいいやら悪いやら、喧嘩仲間のようになっている。

揉めあっている二人を見ながら、すいっと揉めているゲームを抜き取った。


「美幸ナイスッ!返してくれ」


「外に投げ捨ててッ!もしくはへし折って!」


そんな二人のいう事をどちらも聞かずに、マスクを下へとずらす...


「蓮斗...少し、話を聞いてくれないか」


「!お前...」


「喋れること、黙ってて悪かったと思ってる」


すまない、と口にしようと思っていたが。

黙ったまま鉄パイプに座り直した蓮斗はちょっといじけたように口にする。


「別にいい...ずっと知ってたからな」


「...知ってたのか?」


「そりゃあ同じ部活だからな、なんとなく察しも付く...喋れない事情についてもな。てか、どうしてこのタイミングで話したんだ?別に黙ってることもできただろ...」


「ぶっちゃけね、あんたに協力してほしい」


「協力?...」


「この部活で美幸君の能力を調べたいの」


「ほう...?ちなみにだが美幸は了承したのか?」


『そうだな、俺もいい加減喋れるようになりたい』


なるほどね、とそんな僕の意見に何度か頷いた蓮斗は部屋から出ると、しばらくして何処から持ってきたのか、パソコン室でよく見るホワイトボードを持って戻ってきた。


「ならまず、情報の整理から始めるか」


『手伝ってくれるのか?』


正直意外だ。

滝蓮斗という人間はゲームに人生の全てを吸われている人間だと思っていた。


「当然だろ、面白そうだからな。じゃあ美幸、ここに自分の能力で分かっている事を書いてくれ」


『分かった』


手渡された黒ペンで、ホワイトボードに一つずつ自分の知っているルールを、制限を書いていく。

その様子を眺めながら玲香は呆れた表情を浮かべていた。


「滝、あんたってゲームにしか興味がないのかと思ってたわ...」


「俺は、面白いものにしか興味がないだけだ。面白いからゲームをやる、面白いから調べる、行動原理は同じだ」


それってどっちにしろ嫌なことはやらない、好きなように生きるろくでなしの考え方に聞こえるんだけど。

それにしても...こう書いてみると案外自分の能力の事知らないんだな。

2つしか書けなかった。


「何々?口にした言葉は、誰か人間が聞いていないと発動しない...お前、ひとりごとなら言えるのか」


出来るけど滅多にしないから、何よかったな的な表情してんだ、それだと僕もの凄い悲しい奴じゃないか。


「確定的な、決めつけた言葉でなくては発動しない、って...つまりどういう事?」


『要するにだな』


「~かもしれない、とか、~だと思う、とかじゃダメで、確実に、~だ、〜しろって決めつけないと発動しないって事だろ」


「あーそういう事ね...」


蓮斗を誘っておいてよかった。

とても呑み込みが早い、というか理解が早い。

流石、時間の無駄とテストを毎回出さないやつなだけある...大人もびっくりなくらいの反社会分子だな。


「ちなみに聞きたいんだが...自分の能力を消す、とか口にしたことはあるのか?」


最もな疑問だ。

僕の言葉が全てを現実にする能力だとするならそういう事もできるはずだからな。


『当然ある』


パッドをいちいち持ってくるのが面倒なので、ホワイトボードに黒いマジックでそのまま書き記す。


『ただ、自分自身の価値を下げるようなことは出来ないらしい』


能力を消す以外にも、一度犬になりたいとか、木になってみたいとか...空飛んでみたいから鳥になりたいとか...中学生の頃一度だけ口にしたことがあった。


何も起こらなかったけれど...


「どういう事?...」


「分かりやすく言うなら、今の美幸より劣った存在にはできないって事だろ。...石炭をダイヤモンドにはできても、ダイヤモンドを石炭には変えられないってことなのかね」


石炭に圧力をかけて、ダイヤモンドという価値の高いものに変化させる事はできても、ダイヤモンドを石炭に戻す事はできない。

この能力をなくした僕はまさに石炭と同じなんだろう。

...まあ例えでなく、実際にダイヤモンドを石炭にしろと言われれば...


『それは多分出来るけど』


試したことは無いけれど、自分自身に関係すること以外は何でもできる気がする。

劣ったものにはできない、っていうのはあくまで僕自身を変化される時の条件だ。


「...ちょっと実験しようぜ」


そういいながら、僕が争わないように机の上に置いたゲーム機を蓮斗は手にすると、ぽいっと軽く投げやがった。

慌ててそのゲーム機を受け取る。

こいつゲーム好きなのにゲーム機の扱い雑だな。


「お前の能力は果たして、いずれ未来で発明されるはずのモノも今出せるのか?...というわけで、試しに未来でいずれ開発されるであろう最新ゲーム機とソフトを出してみようッ!」


「それあんたがやりたいだけでしょ」


「他意は無いッ!!あくまで実験だからな。さあ、喋れ美幸ッ!!」


鬼気迫るとはこのことだろうか。

あまりにも他意がありすぎる、欲望が透けて見える。

とはいえまぁ、世話にはなってるしこれくらいなら。


『何年後?正確に言わないと...』


「美幸君も乗らなくていいよッ!そんなくだらない事するんだったらさ、この前みたいに羽生やしてほしい!」


「はね?...何のことだ」


あぁ...あの時のあれかな。


『少し前に玲香の体をハーピーに改造したんだ』


「改造って言うか、近づくなって言う脅しだったけどね...あれはむしろ興味そそられちゃうからやらない方がいいと思うよ?」


いやいや...それはないでしょ。


「それはお前がイカレテるだけだろ」


「な、なによッ!こんな美少女に普通そんなこと言うッ!?」


玲香が明らかに憤慨しているけれども、それは僕も同意だ。

いや、普通に一般的な人間は恐れてもう近づこうとは思わないと思う、あと別に美少女関係ない。


大事なのは中身だよ?


「ん〜それはそれで気になるな...ならまあ、百歩譲ってそっちでもいいぞ、推奨はゲームだがなッ!」


「全然譲ってないじゃない...このバカは無視いいわよ」


まあとりあえずハーピーにして、玲香がいない時に、個人的にゲームは出してあげよう。


「じゃあ早速...」


「ハーパーにするなら俺も頼む、一度飛んでみたいしな」


玲香はとても期待した瞳でこちらを見てきて、蓮斗は何か物思いに耽っているような表情を浮かべている。

この力を抑えるための研究を手伝ってくれるわけだし、躊躇はしないマスクを顎の下まで下げて、当たり前のように言葉を口にする。


「滝蓮斗、胡桃玲香はハーピーだ」


「っ...うぉッ!身体が熱い...!」


「キタッ!これこれ!」


蓮斗は初々しい反応で、身体中の骨が軋んで曲がっては行けない方向に曲がっていく音に顔が引き攣っている。

それとは対照的に玲香は、興味津々といった様子で自分の右腕が捻れていく様子を輝いた瞳でつぶさに観察している。


もはや、イカれているとかそういうレベルじゃなく、狂気である。


数分後、部室内には二の腕の先から羽がびっしりと生え、足には鳥の足モミジとなった完全変体した色違の二体のハーピーがいた。


「うっわマジかよ...こんなに身体が不快な感覚だとは思わなかった...てか制服が...まあいいか」


「いやぁ、前回は驚きでマジマジと見れなかったけど、今回はよく見れて満足だよ私は!」


「自分の腕がねじ曲がってくのをニコニコ直視するとかやっぱお前、イカレてるわ」


「純情美少女の私にいかれてるとは失敬な!」


ぷりぷりと怒っているが、正直蓮斗の言う通りだと思う。

傍目で見ていてもかなり気持ち悪かった。

どうやら痛みがないらしい事だけが救いだ、あの状態で痛みまであったらショック死ものだろう。


「さて、じゃあ早速!」


おぼつかない足取りで部屋の壁際まで移動した玲香は、そこで腕ー羽を床につけてピンッと足を伸ばすとー


「飛んでみよう!」


「(え?)」


玲香は床を蹴り抜いて走り出すと、まるで三段跳びのように跳ねて、換気用に開けていた窓枠に飛び乗るとそのまま一切の恐れなく彼女は飛んだ。


「あいつまじか!?」


文字を打つ暇もなく、彼女は部屋から飛び立っていく、蓮斗と一緒に慌てて窓から空を見上げるが彼女の姿はどこにもなかった。


「あいつ、どこまで飛んで行きやがったんだ?...」


『まあ、少しすれば帰ってくるよ』


流石に玲香も子供じゃあるまいし...そこでハッと我に帰った。


「...人の目につかないようにするの忘れてた」


「あっ...お前これ、やばくね?」


「.....」


「.....」


二人の間に静かな沈黙が訪れる。


「万が一動画でも撮られたら...あまつさえ捕まりでもしてみろ...終わるぞ」


頭の中に浮かんだのは、朝一の新聞やニュースで取り上げられる玲香の姿。

題名はきっと


『新鳥類発見!』

『ハーピーは実在した!』

『遊佐高校の生徒の正体がなんと!?』

『ハーピー解剖記録』

『「二人とも助けてッ!?」と叫ぶハーピー、果たして同族がいるのでしょうか?』


etc...


考えるだけで最悪な予感しかない。

蓮斗も同じような事を考えていたようで、若干顔を青くして、手を力強く握り叫んだ。


「やべぇ、あいつが俺らの名前吐く前に仕留めにいくぞ!!」


『探しにいくの間違いだよな?』


「俺はとりあえず屋上から!...」


部屋から蓮斗が慌てて飛び出そうと力任せにドアを開けたそのときー


「私はここにいるよ〜...うう痛い」


窓の外からか細く聞き覚えのある甲高い声が聞こえてきた。


「...ん?」


窓からそっと身を乗り出して下に視線を向けると、下の木の中から鳥の足だけがはみ出していた。


「助けてぇ...なんか体動かないよぉ...」


今にも泣きそうな声で助けを求めてくる鳥の足に、蓮斗は窓枠に頬杖をつきながら呆れたように口にする。


「そりゃお前...ここ3階だしな、飛び降りればそうなるだろ常識的に」


「だってぇぇえ!!飛んでみたかったんだもん!」


「良かったな跳べて、んじゃ俺ら帰るわ」


「ちょ!?なんでよ!?助けて美幸くん!!」


流石に俺もこのまま帰れるほど鬼ではない。


『まあ、今回は僕も悪かったしね』


「いや、100パーあの馬鹿が悪いだろ」


『否定はできないけど、一応助けてあげよう?』


「仕方ねぇなぁ...」


なんて文句を言いながらも、蓮斗と一緒に昇降口から出て玲香を木から引き摺り下ろす。


「もっと優しくしなさいよ!」


「うるさいなクソビッチ、このまま放置して帰るぞ」


なんて言い合いをしながらもなんだかんだ蓮斗が引き摺り下ろした。


「うー、足が痛い」


『これは折れてるかな?...』


「ほんと馬鹿だなぁお前」


玲香の右足は青ずんでいて一人では立つことも苦しそうだ。

今回の事は、暴走した玲香も悪いけど、ことの原因は僕だからな。

それに彼女には恩がある。

そっとマスクを下に下ろして、優しく玲香の足に手を置いた。

ビクッと玲香が震えるが、落ち着かせるような声音で優しくつぶやいた。


「大丈夫、これくらいの怪我目を閉じればすぐ治るよ」


「え、うん」


「はい、目を閉じて」


玲香は僕の言う通りに目を閉じると、暖かい光が足を包み込んで...数秒で元通りのきめ細かい綺麗な肌に元通りだった。


『これで大丈夫だよ』


「ったく面倒かけやがって...」


「ごめんってぇ...それより美幸くん...」


「この姿で飛ぶには練習しないと無理っぽいな、今度から放課後人気のない裏山あたりで練習するか」


「...うんそうだね、それよりもね...」


「とりあえず今日は帰るか、美幸一旦部室で姿戻してくれ」


『了解、じゃあ戻ろっか』


「いや、あの姿も戻してほしいけど...あれ、二人とも?」


玲香が伸ばした手は空を切る、あの2人気づかず部室に戻り、もはやここにいるのは玲香ただ一人だけ。


「あの、私さっきから目が開かないんだけど...え、まさかこのまま放置?嘘でしょ?」


本当に放置された玲香はホラーゲームよろしく視界ゼロの状態、しかもこの姿を見られてはいけないと言う縛りプレイ付きで部室まで向かう羽目になった。

結果放課後と言うこともあり、見られずに部室まで戻ることはできたのだが...


それから数日、彼女の機嫌はとても悪かった。

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