第6話 問われる覚悟
公園の中に入っていくと、いつもの騒がしい子供たちの姿は無かった。
いつも揺れているブランコは止まり、滑り台の上で戦隊もののヒーローごっこをしている子たちも、木陰のベンチで談笑する主婦の方々もいない。
いつも平日ならほとんど毎日いるはずなのに、まるで別世界のように静まり返り、風が木々を揺らす音だけが響く公園は、なんとも不気味だ。
談笑する主婦達の代わりに公園のベンチには、少し細身で黒いマスクをつけた少年、伊那美幸君が腰を下ろしていた。
手元には既に、文字を打つためのパッドを握りしめている。
(一応...顔を合わせるの二回目、だよね)
一回目は事故の時に無理矢理、自分の探究心が抑えられずつい問い詰めるようにぐいぐいいってしまった。
そういえば今更だけど、私は彼の事を軽く知っているけど彼は私の事を多分何も知らないだろう。
「伊那美幸君、4日ぶりだね」
確かめるようにそう言ってみるが、何も反応がない。
ただ、二つの黒い瞳が真っすぐと私を見つめてくる。
「自己紹介をしてなかったよね、私は―」
『胡桃玲香さんですよね?』
自己紹介をする前に、美幸君は手に持っていたパッドをひっくり返す。
そこには、既に私の名前がしっかりと漢字で書かれていた。
「...私の事知ってるんだ」
『同じクラスですから』
そこで一度会話が途切れる。
ちょっと気まずい雰囲気になるが、長椅子の隣をポンポンと美幸君が叩いた。
(座れってことよね...多分)
すぐ隣に腰を下ろすと、少しだけ距離を取られた。
おやおや、純情ボーイに美笑女はきつかったかな?
なんて余裕ぶって見せるけど、私も少し照れ臭い。
そんな純情な私に、美幸君はカフェオレの缶を手渡してきた。
「ありがと」
受け取って口に運び、ふぅっと一呼吸、うんあったかくて甘い、美味しい。
私はあんまり自販機を使ったりしないけど...案外美味しいのね今度個人的に買お。
『単刀直入にお聞きします。なぜ私に付きまとうのでしょうか』
顔の表情を一切変えずに聞いてくる無機質な美幸君の質問に、なんかムカっとしたので、とりあえず冗談をかましてみる。
「君の事が好きだから♡」
『すいません、貴方とは付き合えないのでもう付きまとわないでくれますか?』
「なにその反応、一応私美少女なんだけど?一考の余地もなし?」
流石に傷つくんですけど...その無表情な頬の肉引っ張ってやろうか。
『冗談はやめましょう。聞き方を変えます、どうすれば付きまとわないでくれますか?』
「...まじめだね~、冗談を言い合って親睦を深めようという気はないのかね?」
『あなたと親睦を深めて何か意味が?』
「あるよ!少なくとも私の知る限りの美少女をそろえて合コンを開いてあげるよ!?」
『結構です』
うわお、即答?
こんな事、もしクラスの男子に言ったら泣いて喜んで狂喜乱舞して、土下座、足舐めまでするだろうに...ってこのテンションはそろそろ無理がありそうね。
「わかった、冗談は無しね...単刀直入に聞きます、私は伊那美幸君を不思議に思っています」
完全にお互いの雰囲気が食い違い過ぎて冗談は無駄そう、仲良くなって聞き出すってのも難しそうだし一度やめる。
ここからは美幸君の空気感に合わせて私も真面目に、直球に行く。
『何がですか?私はただの一般人ですよ』
「そうだね、君は普通に生活して普通に喋れる一般人だよね?」
「.....」
「そのパッドなんて使わなくてもさ、それがまず不思議に思ってる一つ目、二つ目が事故の時のトラックのあり得ない曲がり方」
あの時、私は最悪女の子だけでも助けられないかと目をつむらず周りを見ていた。
その時目に入ってしまった、美幸君がまるで命令するかのように叫んだところを...
本当にその通りに動いた異質な、前輪後輪が浮かび上がったトラックの動き。
「そして三っつ目が、トラックも運転手もすぐにどこかに消えちゃったこと」
『つまり何が言いたいんですか?』
「つまり、君がそう命令したんだよね?君の言葉には人を従わせる力があるんじゃないのかな?」
その答えを口にするのは今日二回目だった。
一回目の生徒会長は狂気的に私を嘲笑った。
そして二回目、目の前の彼は生徒会長のように笑った、少し悲しげに。
美幸君は飲み干した缶コーヒーをベンチに置き立ち上がると、右手で黒のマスクを外した。
「君は今日、たった今から―」
「ちょ!?」
立ち上がった彼はいきなり言葉を紡ぎだす。
もし、私の思っている通りならば彼の言葉を聞いたらやばい!
いきなり言葉を発した美幸に対して、慌てて耳をふさごうとするが...時既に遅い。
「
「え、嘘ッ!?....いやぁッ!?なにこれ!?」
瞬間、ゴキメキと骨がずれるような、骨格が変化するような音が公園に響き渡り、次に異音と共に二の腕から指の先まで鳥の羽がズラーと生え、瞳が鳥目に変わる。
「あし痛ッ!?...ええッ!?」
足に火傷のような痛さを感じながら靴に手を伸ばそうとして、自分の手が手じゃない事を知る。
片足づつぶんぶんと振り回して靴を蹴り飛ばすと、ビリビリに破けた靴下と共にその、足があらわになる。
台湾などでは屋台で売られている、コラーゲンたっぷりな商材、鳥の足、別名もみじが生えていた。
「嘘でしょ...なにこれ...」
こんなのあり得ない。
私は今、半人半鳥、ギリシア神話に登場する伝説の生物、
「大丈夫、君の姿は僕にしか見えない」
そう、まるでそれが事実であるかのように彼は口にする。
いや違う、実際に事実になったんだ。
...私の考えが甘かった。
(これが神の力...)
北代龍星という人間の中での上位種が、足元にも及ばない、次元が違う、そういわしめている理由が嫌というほどわかった。
彼、伊那美幸が持っている力は言うなれば確定事項への介入。
私が人間であるという、決まりきった事実を言葉一つで容易に捻じ曲げてしまう力。
『分かりましたか?私の最悪な力』
彼は、ベンチに置いたパッドを手にして書いた文字を、慣れない体によろけている私に見せてくる。
「うん、分かった...嫌というほどわかったよ」
実際に体の半分鳥にされると物理的にも精神的に理解できる。
理解させられる。
『それで、知ってあなたはどうしますか?自分の利益の為僕を利用しますか?...それとも神とあがめますか?』
どちらでも大した違いは無いのだ。
どちらにしろ彼は道具であるか、それとも神であるか。
結局どちらも願いを叶える事に変わりは無い。
それとも友達になろうと、上辺だけの関係を用いるだろうか...
そんな美幸の予想とは全く違い、すごい満足そうにふーと息を吐いた。
「ううん、大丈夫。私はただ気になってただけだから...あ~すっきりしたぁ...」
やっぱ気になると知るまで心が落ち着かないというか、ああじゃないか、とか、こうじゃないか、とか考えちゃうもので...
なんていうのだろう、めちゃくちゃ難解な推理小説の謎を解き明かした時の気分に似ている。
『...ただ、知的欲求を満たす為だけに僕を追いかけていたとでも?』
「うん、そうだけど?」
「.....」
なんていうか少し絶句しているような、言葉を失っているような感じ。
知りたいだけでストーカーなんてすると思っていなかったのかな?女子を舐めてはいけないよ。
「人間なんてそんなもんだって、気になるから、知りたいから人は行動する。恋愛のストーカーも同じだと思うけど?」
まあ、私に恋愛感情はないけど...
「だからもう、私が尾行する理由は無い」
でも、同情はしてしまう。
誰とも言葉を交わすこともできずに、これから先も彼はたった一人で生きていくのだろう。
好きな人に愛を囁くことも、誰かを慰めることも、悲しくて声を上げることもなく、口無くして死んでいくのだ。
『そうですか、では...』
「と、思ってたんだけどね」
見せてきた文字を最後まで見ることなく、遮るように述べるのは私の感情からきた言葉だった。
「ねぇ、美幸君、私とその力、調べてみるきない?」
どうにか遊具に寄り添いながら慣れない手足で立ち上がると、私はついそんな言葉を口にしていた。
なんていうか、ふと思ったんだ。
そんな風にこの先一生辛く悲しい生き方をしていく命の恩人がいるというだけで私が辛い。
ふと楽しいなぁと思った時に美幸君を思い出して、今日も彼は1人かな、なんて辛くなってしまうかもしれない。
そうなると、私の幸せな人生設計に狂いが出てしまうでしょ?
...まあ、ただのおせっかいだと言われればそれまでだけど...
このままでいいとも私は思えない。
「このまま誰にも口を開かず一生1人で生きていく、なんてつらいでしょ?」
『別に仕方ないことです』
「仕方なくないでしょ?そんな生き方美幸君自身が望んでいるわけじゃ―」
「...何がッ!...」
感情的になって飛び出した言葉に、美幸君は慌てて口を閉じると。
パッドに無感情な文字を描く。
『あなたに何が分かるんですか?』
深い闇のような、あったであろう葛藤や苦悩を込めた、押し固めたような言葉。
『自分の何気ない一言で、相手の人生を大きく変えて、挙句の果てには世界まで変えてしまう。貴方達みたいなただの言葉じゃわからないでしょう、人の人生と世界の重さなんて』
背中にのしかかる罪悪感さえも知らないのに勝手な事を言うな。
美幸君はそう言っていた。
「...そうならない方法があるかもしれないでしょ?調べてみようよ」
『覚悟はあるんですか?』
「覚悟...?」
『僕にこれから先の人生をめちゃくちゃにされる覚悟です』
どれだけ私が無責任なことを口にしているのかを思い知らせるように彼は言う。
『僕に関わるという事は、これからの先の人生を全て捨てるという事ですよ?』
「.....」
『僕の言葉を身近で聞いていればどんな変化が起きるか分からない、もしかしたら今みたいに人間じゃなくなるかもしれない』
純粋な脅し。
これから先も関わっていけばこんなことは当たり前のように起きるだろう、もしかしたら悲惨な最期をたどるかもしれない。
今のこの身体ある意味確かに悲惨ではあるし。
『精神も身体も壊れていく』
まるで見てきたかのように語る彼は、その瞳には無責任な私に対しての怒りとその奥に怯えのようなものが含まれていた。
『ある人は、僕を化物と言った。またある人は僕を神だと言った。ある人は僕を...』
そこで書くのを辞めて彼は苦しそうに顔を歪ませて、ベンチから立ち上がる。
もう会話をする気はないのだろうか...てか、その神だとかのたまってる狂人私知ってる。
確か遊佐高校の天才生徒会長とか生徒に慕われてる北代龍星とかいう奴でしょ。
(私あいつ嫌い、てか怖い...)
にしても、美幸君を化物と言ったのは誰だろう、あの生徒会のもう一人の子は多分違うだろうし...
『ともかく、何の覚悟もない癖に勝手な事を言わないでください』
それだけ告げるとバッグにパッドをしまい、飲み干した空き缶をゴミ箱にポイッと投げ捨て美幸君は公園を出て行ってしまった。
流石に即座に追いかける気になれない私は、ベンチに腰掛け背中を預けるように空を仰ぎ見る。
(覚悟、ねぇ...)
つまり私が人生をかける覚悟もなく思い付きで口にしたから怒っている、いや心配されている?...それも多少あるんだろうけど、どちらかというと...何かに怯えていたような、やんわりと拒絶されたような気もする。
「覚悟かぁ...」
どうしよう、確かに人生をかけるほどの覚悟が...私にあるだろうか?
そっと目を閉じて考えてみる。
(どこの誰とも知らないこの世界の誰か、もし私の心の声が聞こえているのなら一緒に考えてほしい)
口にする言葉を、現実にしてしまうような少年がいて、そんな最高に非日常な少年に自分の人生を全て捧げるほどの価値があるのか、ないのか。
このまま、勉強をして、就職して、結婚してただ社会の歯車として回り一般的な幸せを享受して生きていくのと、例え人間を辞めることになったとしても、非日常の未知なる世界を生きていくこと。
さて、どちらに価値がある?
...少なくともこの私、胡桃玲香にとっては...
「決まってるわねッ!」
悩むような事ではなかった。
私は、私らしくやりたいことを突き進むと決めた。
そのためなら私の人生くらい捧げて見せよう。
(けど、どうやって私の覚悟を見せればいいの?)
あの様子じゃあ、口で言っても聞いてくれなさそうだし...なんて悩んでるときに、あれ?と、思い出した。
(...どうして私の腕...こんな羽生えて...あ)
「待って美幸君ッ!?私の姿もとに戻してッ!?」
慌てて駆け出した私は、もう遠くまで行ってしまっている美幸君に羽を動かしながら慣れない足で、後を追いかけた。
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