第3話 胡桃玲香の探究心


私こと胡桃玲香こももれいかには今、気になっている人がいる。

それは好いた惚れたとか恋慕だとか、可愛らしい感情ではなく、かといって嫌い憎んでいる、憎悪のような激しい感情を抱いている、というわけでもない。

なんだそりゃ、って感じかもしれないけど本当にただ言葉通りの意味で、純粋な知的好奇心、知りたくて理解したくてたまらない、一度気になってしまうともう、まるで毒みたいに常にズキズキと興味心が体を突き刺してくる。


(彼には...伊那美幸いなみゆきには絶対に何かある)


私は、同じこの遊佐高校に在校する彼、美幸君の事をずっと前から知っていた。

といっても知ったのは入学した4月7日の2日後、4組にクラス分けをされた後、朝のホームルーム中に教師からそれとなく、本当にただの事務連絡的に


『同じ学年には喋れない病気の人がいるので、からかうような真似や、病状を悪化させるような真似をしないように』


と、釘を刺すように告げられた。

先生もはっきり同じクラスにいる、なんて言わなかったから最初は同じクラスの子だとは思わなかったけど、すぐに同じクラスの伊那美幸という子だというのは友達の友達の友達からなんとな〜く伝わってきた。

その時は正直全く興味がなかった...「へぇーそうなんだぁ」程度だった、けど今は違う。



彼には、何か凄い"力"みたいなものがある。



私はそう確信している。


そうじゃなければ、私はあの時死んでいた。




昨日の帰り際、私がトラックに轢かれるその瞬間、私は死を覚悟していた。


(ああ、これで終わりかぁ)


これが私の人生、せめて彼氏くらい作っとけば良かった。

けど後悔はしてない、私は正しい事をした。

だから自分が死ぬその瞬間を、最後の光景をしっかりと脳内に焼き付けてやる。

睨むように半泣きになりながら目を見開き、目に飛び込んできた光景は...


「トラ..クは〝..っ飛べ″..!」


地に足をつけてない大型トラックが、ぶん殴られたかのように電柱に突っ込む光景だった。

その脇に佇むのは、マスクに手をかけて洗い息を吐いている美幸君の姿。


理屈も理論も証拠も確証もない、けれど私の直感が彼が何かしたと悲鳴のように叫んでいた。


未知に対する歓喜と興奮に身が震えていた。


私は未知それを知りたい、私の人生をもっと劇的にしたい。


(一先ず情報収集ねッ!)


なんて意気込んだはいいのだが...

次の日の朝、美幸君の事能力が気になりすぎて全然眠れなかった。

そのせいで1年4組の教室、朝のホームルームに若干遅刻して、担任の教師に怒られるしみんなに笑われるし、許すまじ美幸君ッ。


「...まぁ?誰にだって失敗の一つや二つあるわけだし?...私はしっかり者だから滅多に失敗しないし、少しの失敗はむしろ愛嬌だし」


なんて授業中の友達に言い訳をしてたら、無駄話するなとまた怒られた、いつもはそんなこと言う先生じゃないのに、今日ばっかりなによもう。

なんか今日は災難続き、大人しく普通に授業を受けてお昼休みを待つことにした。



「長かった...」


今日は地獄の英語連続の日だったのを忘れていた。

ぐでっと机の上に倒れ込みながら、猫のように体を伸ばしとろけそうになっていると。


「玲香さーん溶けてますよ?」


「ん?あ、ほみゅちゃん」


声をかけてきたのは私から見て右斜め前の席に座る私の親友。

紅い髪のミディアムヘアに紅い瞳、少し大人びた容姿をしたお姉さんタイプの彼女は明井穂村あけいほむら、通称ほみゅちゃんである。


「ほみゅちゃん言うな」


「あたっ...」


軽く頭にチョップを頂いてしまった。

...なんていうか最初の頃よりちょっと、いやだいぶ威力上がってるよね、このまま言い続けたら最終的に頭割られそう。

今日の一撃も見事な、女の子に対してするような威力じゃなかった...実はぶち怒ってたりする?


「あんた、昼休みなんかすることあるっていって無かった?」


「うん、ちょっとした情報収集を...なーんて思ってたんだけど...誰に聞けばいいのやらって感じ」


はっきり言って私は、美幸君の事を馴れ馴れしく下の名前で呼んでいるけれども!何も知らない。

誰と仲が良くて、普段何をしていて、どんな性格の人なのか...

(見た感じ、今もクラスの中にはいないし...今日来てたのは分かるんだけど...)

このクラスの生徒ではなく、他クラスの生徒と仲が良い可能性が出てきた。


「情報収集ね...何?事件かなんか追ってるの?」


「ふふふ、聞きたいかね?ワトソン君」


「誰がワトソンじゃ...別に聞きたいわけじゃないけど...」


「えー、聞いてよーほみゅちゃんに構ってもらえないと私生きていけない」


「じゃあ聞ーかない、グッバイ玲香」


「ひどっ!?私が死んじゃってもいいの?」


「.....」


「くぅーん...」


少し悩むような顔をしてからちらりと視線を私の瞳にむける。

秘技、捨てられた子犬の瞳。

まるで捨てられた犬のように上手い感じに瞳をうるませて、今にも抱きしめたくなるような弱さをアピールするのがコツ。


「分かった分かった...聞いてあげる」


んー、と悩まし気な顔をしながらもすっと手が伸びて私の髪を撫で回してくる。

へへ、ちょろいぜ。

そのチョロくて扱いやすい性格大好き、愛してると言っても過言じゃない。


「で?誰の情報収集...あ、もしかして人じゃない?怪談話とか」


「ううん人、それもこのクラスの人」


その瞬間、ほみゅちゃんこと、明井穂村は首傾げて頭にぴこんと電球を出した。

...って、え?まじで閃いた時の比喩じゃなくて電球が見えるんだけど...それもリアルに家で使われてそうな電球が...


「閃きの電球って実体化できるの?...」


「凄いっしょ?これやるためだけに家から電球盗んできた」


「迷惑な奴め...」


いつも思い付きと衝動で動くほみゅちゃんはたまにこんな突拍子もないことをしたりする。

全く親の顔が見て見たい、どうやったらこんな奔放な女に育つのやら。

そんなふうに呆れていると、目の前のほみゅちゃんは悩ましげに頬に手を当てて首を傾ける。


「まあ...確かに情報収集は大事よね」


「え、うん...まぁ?そうかな」


「恋は戦争だしね!」


「い、いや違うからッ!?」


そのあまりに突拍子もない思考の飛び方に、教室で大きい声を出して立ち上がってしまい、クラスの生徒から白い目を向けられ...「んんッ!」と、何かを誤魔化すように咳き込みながら席に座る。

全く、見当違いすぎてついリアクションが大きくなってしまった。

それにしてもこの色ボケ女め、何か勘違いしているな。

私はそんなものに興味は無いのだ、私が興味があるのはもっとありえないような...


人の道を超えた未知


そんなものを見てみたい。


「すったもんだの愛憎展開についてはいずれ聞くとして...誰の情報を集めたいの?」


どうして私の恋愛が愛蔵展開になると決めつけているのか、甚だ疑問た。

一回私の事をどういう風に見ているのか問いただしたいところだけど、話が進まないため一先ず置いておく。


「伊那美幸君なんだけど...」


「あー、あの喋れない子ね...なに?ああいうのが好きなの?」


「だから、そういうのじゃないから。私はただ、少し気になることがあるというか...」


「ふーん...どうするの?ストーキングでもする?」


「言葉が悪いなぁ、尾行調査って言ってよ」


(やるんだ...冗談のつもりだったんだけど...)


すでにその案が確定されている事実に、友人にストーカーの資質がありそうで穂村は頬を引き攣らせた。


「でも、それだけじゃ足りないと思うから聞き込みとかしたいんだけどさ...」


「誰かと親しくしてるところとか見たことないもんね~」


確かに誰かと言葉を交わしている所を教室内では一度も見たことない。

てかそもそも、友人がいるのか、そこから不安だ。

このクラスの共通認識として美幸君は、喋れない可哀想な子、あくまでそれだけでそれ以上でもそれ以下でもない。

特に目立った所もなく、誰かに絡まれてたり絡んでいる姿を見た事がない。

そんな彼の情報収集ができるような友達、もしくは知り合いなんているのだろうか。

どうしたものか、いっそのこと直接本人に...なんて考えてると、ほみゅちゃんが思い出した、とばかりに右手の電球をフリフリする、ちょっと可愛い。


「美幸君といえばさ、一度龍星君が本気で怒ったときあったよね」


「え、龍星君って...あの龍星君?」


「そう、あの龍星君」


「へー、喧嘩なんてするんだ...」


この遊佐高校において龍星といえば、北代龍星きたしらりゅうせい次期生徒会長と言われていて、テストは毎回満点、学年一位の化け物を示す。

遊佐高校は結構勉学面的に優秀な高校であり偏差値も高い、テストの点も60行けばいい方の鬼畜使用なのだが...

今のところ満点しかとることがなく、さらに品行方正で厳格な性格。

教師からも頼りにされ、一目置かれている。

そんな人と美幸君が喧嘩とか...「喋れるだろッ!」とか怒鳴られたのだろうか?

てか喧嘩したら普通に美幸君負けそうだけど、いや案外力でねじ伏せちゃってたりするのかな。

そんな妄想を頭の中で繰り広げるが、ほみゅちゃんが否定した。


「あ~違う違う、なんか勘違いしてるみたいだけど龍星君と美幸君が喧嘩したわけじゃなくて、龍星君が美幸君の為に怒ったのよ」


「そうなの?...」


「月曜の音楽の時間にさ、あの教師...何だっけ名前...」


「横山先生?」


「そうそれだ、横山がさ喋れない美幸君に嫌味を言ったのよ。


『歌えない以前に言葉すら出せないなんて欠陥ね』


『喋らないと疲れなくて楽そうね』


『練習の邪魔だから教室に戻っててくれない?他の人が集中できないでしょう?』


とかね、そしたら龍星君ガチギレして


『その低俗な口を今すぐ閉じろ』


机を1発で殴り壊して、横山を龍星君が連れてっちゃった...あの時の龍星君、こう空気がビリビリしててめっちゃ怖かったわ~」


今でも思い出せると言ってほみゅちゃんは自分の肩を抱いて震えて見せる。

この子は嘘をつけないタイプなので本当に怖かったんだろう。


「へぇ、そんなことあったんだ...」


「あんた音楽取ってなかったけ?...まあいいや、あれだけの怒り方だし、もしかしたら友達だったり、喋ったことあるんじゃない?...まあ、って感じじゃなかったけどさ」


なんか、仲が良いってだけで終わらせていい怒り方じゃなかった気がする、とほみゅちゃんは付け加えると、ずっと机に置いていたレジ袋から紙パックのリンゴジュースを取り出しストローを突き刺してジュルジュル啜り始めた。


「へぇ...」


とても興味深い、有用な話を聞く事が出来た、やはり持つべきものは一家に一台ほみゅちゃんだ。


「流石私のほみゅちゃん」


「誰がお前のじゃ、私には彼氏がいるし~」


「ポスターから出てこない彼氏?」


「違うしッ!...最近はパソコンとかスマホにも移動できるから...」


「.....」


「な、なによその目...」


ほみゅちゃんは贔屓目なしに可愛いくて男子からも人気がある、なのに本人の中身がこうも残念だと狙っている男達が少し可哀そうだ。

とりあえず残念そうなものを見る目でじとーと睨んでおくことにした。


「なんなのよッ!」


「べーつに~」


「いいじゃない、好きなものは人それぞれでしょ?...あ、龍星君いたわよ。行ってきな、ほれほれ」


まるで触れられたくない事から私を遠ざけるように、廊下を歩いていた龍星君を目ざとく見つけると、背中を押し飛ばされた。


「わ、分かったから、そんなに押さないでよ」


そう言いながら私は教室を後にした。

なにせこのままだと、ほみゅちゃんとふざけあっていつも通り、楽しい昼休み、で終わってしまいそうだったし。

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