第2話 伊那美幸とは

この世界は、一体だれを中心に回っているのだろう?


小学6年生、ある猛暑の日。

窓の外から聞こえてくる蝉の声が悲鳴に聞こえてきたその日。

僕は、国語の授業中窓の外を眺めながら、ふとそんなことを考えていた。


「掌のマリオネット」確かそんな教科書の文章題だ。


操り人形は、何にも縛られず自分の自由に生きていると勘違いしていた、本当は意思なんてなく誰かに操られていただけだった、そんな哀れなマリオネットの話。


その授業の内容を聴いてふと思った。


今周りで真剣に授業を受けている友達、ふざけている友達、寝ている友達。


彼等には意思があるのだろうか?

本当に自分で決めてその行動をしているのだろうか?




本当は意思なんて、ないんじゃないだろうか。




もしかして、この世界は一つの劇場で、この世界の何処かに存在している主人公のための僕たちはエキストラで、自分の意思なんて存在しない。

僕も含めて、あらかじめ決められた運命というレールを走るだけの人形なんじゃないのか...


そんなこと...考えたことは無いだろうか。


...いや、あるわけがないか...

こんな事を考えている馬鹿みたいに異質な子供は、自分だけだろう。


そんな事を考えた異質な僕は、...思ってしまった。


確認したい、と。


操り人形が、自分を操っている本当の主人公である店主の存在を確認して自分の意思を確認したように、どうにかして友人の意思の有無を確認したい。


まだ幼かった僕はその後、ある結論を出した。


運命が決まっているのなら、もし僕がそれを捻じ曲げるができたら、それは証明になるんじゃないだろうか。


あまりにも幼稚で破綻した思考、過程も結論も意味不明だが、あの時は本気でそうだと信じていた。


転校しようとしている友達には、ここにとどまるように何度も伝えた。


結果、運良く父親の転勤が無くなった、理由は知らないがその子はあまり嬉しそうではなかったのを覚えている。


ダイエットしたい子には、我慢しないように、自分らしく生きればいい、と伝えた。


そうだよね、と満足そうに運良く納得してくれた、その後も好きなように食べ続け体重は減る事を知らず増え続けているらしい。


水泳を親に勧められている子に、本人のやりたかった剣道を進めた。


剣道の才能はあったのかよく分からないが、本人は毎日楽しそうだ。

運良く上手くいった。


虐められていた億劫で喋ることが苦手な子に、前に出る勇気を諭した。


気づけば虐められていた子と虐めていた子の立場は逆転していた。

上手く行った。


勉強一筋の子に、ゲームの道を進めた、


それ以来姿を見ていない。

上手く行った...と思う。


これでいいと思っていた。

僕が思う通りに、彼らの意思は、人生は、運命から捻じ曲げられているって、ずっと思っていた。


中学三年生のあの時までは...


「...ごめ、ん...ごめん、な、さい...」


はじけ飛んだ血で染まる視界で、僕はただ誰に謝るでもなく呆然とそう呟いていた。


♯2♯


「...ッ!?えほっ!げほっ!」


焦ったように、喉から息を吐き捨てた。

寝起きのぼさぼさな髪を右手で人撫でして、嫌そうに窓を見る。

窓から差し込むまるで刃物のように目を突き刺してくる太陽の日差し。

一目だけ睨むように見て、喉の奥から込み上がってくる吐き気、頭もかなり痛い。


(また同じ夢...これで、何度目だ...)


「......はぁ...くそっ...」


また嫌な夢を見た、そうぼやきながらベッドから転がり落ちるようにして出ると、充電中のタブレットを手に部屋を出た。

あくび交じりに階段を下りていくと...少し焼けたチーズのようなにおいが鼻につく。


「美幸ッ!ご飯置いといたから食べなよッ!」


それだけの声が聞こえてくると、玄関の閉まる音が聞こえてくる。

どうやら、今日は時間に余裕がないらしい、母はいってきます、も言わずに仕事のため家を出て行ってしまった。


「ふぅ...」


一先ず、忙しい中作っていただいたピザパンをありがたくいただく前に、この寝ぼけた目を覚まさなくては、それに朝は口の中が雑菌まみれらしいし、一度歯磨きしたい。

それにしても昨日は化け物トラックに、変な女子高生に絡まれるし、嫌な夢は見るし災難続きだ、正直学校に行くのも少し憂鬱だ。

はぁ、なんてため息をこぼしながら、そのまま洗面所の扉を開けた。


「随分と...喋れそうな溜息だね、兄さん」


そこにいたのは一糸纏わぬ姿でタオルがぎりぎり隠している冷たく鋭い視線で睨んでくる、今どきの女の子。

伊那美咲いなみさき正真正銘僕の妹だ。

ただ、僕とは違い奇麗な茶髪を携えており、完璧に真っ黒な僕の黒髪とは違う。

父も母も黒髪なのに、どうして地毛でこんなにもはっきりとした茶髪なのか...昔一度だけ父さんが浮気を疑われてたっけ。


...にしても、母さんのお腹から確実に生まれてるんだから、浮気を疑われるなら母さんだろうに...不憫な父だ、本当に...で...


と、我が家の力関係はどうでもいい...問題は目の前の妹美咲が、明確に僕の事を嫌っているという事だ。

まあ、それも確信を持って僕が喋れると思っているからだろう。

何故バレたのかは分からないけれど...嫌うのは良くわかる。

本当は喋れるのに喋れないと家族に心配をかけて、家内の不和を招いている...それに...父親の事もあるのだろう。


『すまん終わったら教えてくれ』


とりあえず、朝風呂から出たタオル姿の妹をまじまじと見るわけにもいかないので一先ず、扉を閉める。


「ふん...」


扉を閉めるときいかにも不機嫌そうな、そんな声が耳に届いた。


こんな風に、関係にひびが入ってしまったのはいつからだったろう。

リビングの椅子に座りながら、用意してあったいい感じに焼けたピザパンを口にしながらそう思いふける。

そうだ、これも全部俺が悪いのだろう...


(どうせ...僕が何か言ったんだろうな...)


そう、この世の中で僕の周りで起きる悪い事や可笑しな出来事、不利益は全て、比喩や冗談なんかじゃなく僕のせいといっても過言ではない。

これは自分の事を悲観してみているわけではなくただの事実だ。

より正確に言うなら、昔の、まだ何も知らずに喋っていた頃の僕、が原因というべきだが...

昔も今も、喋ろうと喋らなくても僕は僕だ。

それを他人だと、自分は悪くないと、言えるほど僕は面の皮が厚くはない。


(本当に...最悪な才能...いや、異能か)


こんなものを才能というなんておこがましいし、むしろ本当に才能を持っている人達に失礼だ。

それ程までにこれは最低最悪で、傲慢な力。


(本当に...どうしてこんなもの...)


僕が喋ったことは現実になる。


それは、紛れもない事実であり、自分には人を動かす力があるとかじゃなくてそういった力を持っているとしか言いようがない。

それに気づいたのは中三の頃、自分の軽口で友人が死んだ時だった。


そこから僕は単純で明快な事実を知った。


僕が嫌っていた自分勝手な主人公は、実際のところ僕だった、それだけの事。


―だから、僕は口を閉ざした。


周りの友人、教師、両親、親には何故か言葉が出なくなった、と文字を書いた。

確かテレビでストレスのせいで声が出なくなる、という病気についてあらかじめ知っていったので病院に連れていかれても必死に声を出すふりをした結果、僕の狙い通りの、心因性失声症、という病状を告げられた。

...今では万が一ぼろが出るのが怖かったから友人ともそれとなく縁を切った。

高校への進学もかなりレベルが高く、同じ中学からは来ても精々一人か二人という所に進学した。進学してからの僕は常に一人、いつも孤独だったが...それでいい。


だって、僕は危険すぎる。


少しでも言葉を間違えて『死ね』とか『消えろ』とか、そういった馬鹿みたいに幼稚な事を口にでもしたら本当にそうなってしまう。

何処の世界に普段から凶器を首筋に突きつけてくる奴と友達になりたがる奴がいるだろうか。


(ほんと、嫌になるなぁ...)


これから先、一生この異能と付き合っていくと思うと頭が痛い。

まあ、そんな先の事はひとまず置いておいてそれよりも目先の事だ。

(あいつどうしよ)

昨日の帰り際、つい言葉で運命を変えてしまったが...

学校で喋れないことになっている僕が喋った、それを広められたら面倒だ。

それにあの女、すでにだいぶ勘づいていた。

(やっぱり記憶を消して...)


―いや、それは最終手段だ。


僕は、もうむやみに人を変化させることはしないと決めている。

(できるだけ言い逃れして...どうしても無理そうなら記憶を消すか...)

名前も知らない、子供を助けるために迷いなく飛び出してきた彼女に対する対処を考えながら、ピザパンを食いつくした。

...思ったよりチーズが濃くて胃もたれしそうだ...

身体的にも精神的にもこんな悩みのある状態で今から高校に行くことが憂鬱だった。

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