第五十話 選択の先には
「さあ、その中だ。もう皆集まっている」
グレイフォーク一世
しかし、突如耳を打ったのは激昂する男の声だった。
「なぜ、この場に王がおらぬのだ! それに、魔族の子とやらはどこにおる!?」
「遅れてすまんな、商人
エップシュタインと呼ばれた恰幅の良い丸々とした男は、その声を耳にするなり苦虫を噛み潰したかのような顔になって居心地悪そうに腰を下ろした。そして言い訳のように付け加える。
「こ、これは失礼した……色々と
「すまんが、その話なら無しだ」
言い終えないうちに短くばっさりと両断した王の言葉に、エップシュタインはあんぐりと口を開け――途端に顔を赤く染めると、たるんだ喉肉を震わせながら早口でまくしたてた。
「無し? 今、王は、無し、だと
「そこの『異界びと』である
「ど――どういうつもりか、『異界びと』! そんな勝手が許されるとでも思っているのか?」
その時である。
すう――。
「おう、勝手で結構。勝手なのはてめえさんたちじゃねえか、このすっとこどっこいどもめ!」
一喝。小柄な老人とはとても思えないバリトンの声が広い執務室の空気をびりりと震わせた。一同が
「
怒りに打ち震える老人の厳しいひと言に、その場に集まった誰もが己を恥じるかのように
しばらくは皆、声もなかったが、それでも――とエップシュタインが告げた。
「た――確かにごもっともだ。返す言葉もない、『異界びと』よ」
誰もが頭の片隅で思っていることを
「……だが、ならばどうすれば良いのだ? あんな連中相手に? 我らがどう挑もうが、あの『魔性の者ども』に勝つ
「そりゃ分からんでもねえさ。だがよ――?」
銀次郎は先程よりは声を落とし、こう続けた。
「おめえさん方がおっ
――ざわり。
「その子が……」
「あれが……?」
「魔族の子……」
銀次郎のひと言で、執務室に招かれた一〇名ばかりの目が、好奇と畏怖と邪念が入り混じった眼差しで一斉にシオンを見つめる。そのあまりの異常な空気に、シオンは目を
だが。
「ひと言、申しあげてもよろしいでしょうか――?」
その視線を遮るようにシオンの前に立ったのは香織子だった。
見ようによっては、むすり、とした顔つきで一同を見回して、香織子はこう言い放つ。
「人間だから、魔族だから、という言葉に、一体なんの意味があるのでしょう? あたしは、この子――シオンの姉です。血は繋がっていませんし、シオンの親に会ったこともありません」
そこで香織子はわずかに言い淀んだが。
ちらりと向けた視線の先で、銀次郎はその背中を押すようにゆっくりと
だから、こう言った。
「ですが……だからこそ申しあげたいのです。人として生まれたから、魔族として生まれたから――そんな下らない理由で
なにも小難しい言い回しをひねくり出したつもりはない。
自然と言葉が出るままに続ける。
「あたしは銀じいと同じ『異界びと』です。だから、この世界の『普通』や『常識』は知りません。けれど……向こうの世界にも、同じような理由で誰かが誰かを傷つけたり、悲しませたりすることがあるから分かっちゃうんです。そんな悲しい世界に――
ごく普通の高校生として生きてきて。
とりわけそんな話題に詳しかったり。
何か具体的な活動や行動をしたことなんて一度もない。
でも、それは香織子の心の奥底にずっとあった気持ちで、何ひとつ嘘などなかった。
「ここで一度選んでしまったら、さっき銀じいが言っていたような悲しい選択を許すことになるんです。あなたにとって大事な存在でも、誰かにとってはどうでもいい――そんなのおかしい、あなたはその時そう叫ぶはずです。けれど、それは今の自分の選択が招く未来なんです」
だからこそ、誰も、何も、言えなくなってしまった。
そこで、声を、か細い声を絞り出したのは――シオンだった。
「あ、あたしは――!」
もっと大きく声を上げる。
「あ、あたしは!
その背に。
銀次郎と。
香織子の。
暖かな手を感じて、シオンはなおも声を張り上げた。
「でもっ! あたしはあたしでしかなくって! お前は魔族の子だから、なんて言われても、絶対に、ぜーったいに! あたしは生きていたいんです! 銀じいとおねえちゃんと一緒に!」
ぼろぼろと涙が出てくる。
しかしそれは、背に置かれたふたつの手が暖かすぎたからで。
「だ――だからっ! 勝手に! あたしの人生を決めるな、この
「ばぁか。それを言うんなら、『すっとこどっこい』だ」
銀次郎は苦笑しつつ、シオンを優しく抱きしめてやった。
それを満面の笑みで眺めつつ、グレイフォーク一世はさらりと告げる。
「さて、と――」
だが、続く言葉はなんとも頼りないものだった。
「それでは、どうしたモンかねぇ……いっそ、連中にお
そこで銀次郎は、さも当然と、こう応じたのである。
「おうよ。俺ぁが行って、いっちょ蹴りをつけてやるぜ。……ついて来な、『
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