第二十七話 持ちつ、持たれつ
「ギンジロー! いるかい?」
「おう、シリル。……一体どうした?」
「もう昼時だよ! ほら、これはウチからの
南中にあった陽がやや傾いた頃、清潔な
「じゃあ、遠慮なく」
ぱちりと手を合わせ、ゴードンたちと同じ
さて――。
今朝の出来事は実に奇妙だった。
占い女の店を一歩出た銀次郎が再び振り返ると、そこには占い館の
銀次郎は思い出す。
(呪いもせず、託しも負わせも致しません。ただ我々は、どうか――どうか、と願うのみ――)
あの
(魔族が角持ちだってことくらい、そこいらにいるちっちゃな子供でさえ知ってることだ――)
ゴードンが、シオンの頭の『角』を見た時にそう言っていた気がする。
となると、あの鴉もまた、魔族の生き残りだったのだろうか。
そう考えれば筋は通る。
(だが……ちいっとばかり
しかし、ゴードンが語った『人間と魔族との戦い』というのは、かなり昔の話だったはずだ。
数万の軍勢を率いた魔族の首長の進撃を、銀次郎と同じくこの地に招かれた『異世界びと』の勇者の活躍により見事撃退し、人間側が勝利した――そういう言い伝えだと聞いている。
ただそれのみで、すべての魔族が滅びたなどとは聞かされていない。
(……ま、その方がシオンにとっちゃあ幸せなことかもしれん)
銀次郎は、最後のひと匙を宙に
人だ魔族だなどという違いにはよらずとも、望まぬ縁で生涯苦労してきた者を銀次郎は数多く見てきた。悲願だと余計な重荷を負わされ、旗印だと勝手に担ぎ上げられて、他人勝手な運命に翻弄されて、知らぬ大義のために命を削る。そういうはた迷惑なことは当たり前に起こる。
(……シオンは
うむ、とうなずく。
「……なんだい、ええ?」
と、少し前から様子を
「そんな気難しい顔しちゃってさ? そのひと匙で最後だからって、むくれてんのかい?」
「ばっ、馬鹿言え!」
意表を突かれた銀次郎は慌てふためいた。
にしても、やはりゴードンは腕がいい。
けらけらと笑いたてるシリルを横目に、銀次郎は食器をキレイに洗ってトレイに戻した。
「いやあ、実に美味かった! なんだか申し訳ねえや」
「困った時はお互い様って言うだろ?」
ほら、あーん、と最後のひと匙を
「そのうちあたしらがギンジローに助けてもらう時が来るんだから。気にしちゃいけないよ」
「ぶぶー!」
「はいはい! そうでちゅよねー? いい子いい子ー!」
迫力ある全身で最大限の愛情を表現するシリルにかかっては、シオンも借りてきた猫のごとくおとなしい。髪はぼさぼさ、もうあちこちわやくちゃに、なすがままにされているようだが、本人がいたくご機嫌なのでよしとする。
「朝からこっちにもぼちぼち客が来てくれててな。あんたのところで聞いたって連中ばかりだよ。実におありがてえ話だ」
「いいのよ。お陰であたしはこうやってシオンのお世話できるんだもの! ねー?」
「ぶーっ!!」
「ほーら! そうだーそうだーって言ってるわよ? シオンも。ねー?」
「ぶーっ!!」
「おいおい……俺より話が合ってそうだぜ。ったく――」
むふー! と鼻息荒く両手を挙げてガッツポーズするシオンを見て苦笑する銀次郎である。
「ああ! そうだった!」
ぽん、と手を打ち鳴らしてシリルは言った。
驚いたシオンが転げ落ちそうになっている。
「ギンジロー? スミルには会ったんだろ?」
「ああ、昨日な。……今日はまだ見てねえな」
「あの子は勉強熱心だからさ。この世界のこと、いろいろ教えてもらうといいよ。あたしらは料理のこと以外はからきしだからね。あの子は教え方も上手だし、頭もいいの。ね?」
「ね、って言われてもだな……スミルが良いってんなら良いんだが」
「あの子もあんたのこと、気に入ってるみたいだし。大丈夫、あたしからも言っておくわ」
「何から何まですまねえなぁ」
「……あとね?」
そこで急にシリルは声を
「今朝がた、今日はフレイの日だ、って言っただろ? 夜は少しばかり荒れた客が来るかもしれないから、気をつけておくれよ? フレイの日、ってのは週の最後なのよ。それでさ」
「ふむ。そうか――」
よくは分からないものの、銀次郎はもっともらしくうなずいてみせる。今の話から察するに、フレイの日、というのは元の世界で言う金曜日にあたるのだろうか。
「じゃあ、あたしは店に戻るから! またあとで!」
「おう! ゴードンにもよろしく伝えてくれ!」
だが、この時の銀次郎は、まさかあんなことになるとまでは思ってもいなかったのである。
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