胡蝶の夢物語⑤

『箱の中のカブトムシ』という思考実験がある。


まず、いくつかのグループに分かれ、それぞれが「カブトムシ」と書かれた箱を渡される。

自分の持つ箱を開けてみると、それは確かにカブトムシであったが、他の人の箱の中身を見る手段は存在していない。

しかし、各々は、その箱の中身がカブトムシであったと主張する。

その中身が何であったとしても。


箱というのは『脳』、カブトムシというのは『言葉、感覚』の隠喩いんゆであり、儂等わしらは、どれだけ言葉で伝えようとしても、本質的な考えはその本人にしか分からないということである。


この戦場でも、多くの事件、事象じしょうが起こっているであろう。

しかし、なぜそのようなことを起こしたのかは、起こした参加者当人にしか分からない。

動機を言葉で表すとしても、その中身は箱の中にしまわれてあるからだ。


そして、人それぞれ言葉のとらえ方が違うということは、この戦場にいて、また別の意味も持ってくることだろう。


この世界には様々な規則というものがある。

しかし、この規則というもの。

その中身は言葉であり、解釈かいしゃくの余地が出来てしまっている。


箱に書かれた「カブトムシ」という言葉と同じように、世界に書かれた規則を、他の参加者がどう解釈しているかということは、またしても当人以外誰も分からない。

もしかしたら、そんな規則には、重大な穴があったりするかもしれないのにも関わらず。



『ラプラスの悪魔』という思考実験がある。

これは、物理学の思考実験であり、哲学者の儂には少し畑違いではあるが、哲学的にも興味深い話であり、この機会に深く考えることにする。


この世のありとあらゆる力学・物理学的な事象を、全て理解・把握出来る存在がいたとするのならば、その存在は、全ての未来をも知っていることになるだろう。

という思考実験。


実は、物理学的には既に否定されているらしいこの思考実験。

しかし、まだ哲学的な観点で考えることも可能である。


もし、実際に『ラプラスの悪魔』なる存在がいたとして、儂等が接触するなんてことは、未来永劫みらいえいごうないのだろう。

その存在は、人類全員の思考すらも全て知っている。

そんな存在に接触するということは、その中の一人に、思考という運動のズレが生じてしまうことになりかねないからだ。


そして、『ラプラスの悪魔』の思考自体が事象に組み込まれているとするのならば、その存在は、何かを考えることすらもできないということである。


思考というプロセスを起こすだけで運動のズレが起きる存在。

これは、もはやいてもいなくても同じ存在ではなかろうか?


ここからは、現実的にる『ラプラスの悪魔』を考えていくことにする。

人間は皆、直感というものを持っている。

第六感、虫の知らせとも言いえることのできるこの直感は、その人間の経験則や、強い想像力からくるものだろう。


これは、本物には遠く及ばないが、局所的な『ラプラスの悪魔』と言っても差し支えがないのかもしれない。

今までの周りの動き、経験から見つける未来予知。

それこそが、一番現実的な『ラプラスの悪魔』だろう。


もし、そのような直感が強い人物が、この戦場に参加していたとしたのならば、どのように戦い、生きびていくのだろうか?

まずは、自分の身に降りかかっていきそうな大きい攻撃を防ぐ為に予測し、対処していくのだろう。


いくら未来を予知出来たとして、自分の行動することまで予測に入れなければ破綻はたんする。

そこまで目立った行動は起こさないだろうから、自分の身は守るくらいの塩梅あんばいになるだろう。


しかし、この戦場は一筋縄ひとすじなわではいかない。

例え経験から予測していったとしても、参加者を倒す手段が見つからず、耐久戦になるのかもしれない。



――ここまで長く考えていったが、今まで一定のペースで鳴っていた脱落アナウンスが止まってしまったようだ。

儂もまだ生きている。

『人生のロスタイム』というものは、思ったよりも長く続けることができそうだ。

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