胡蝶の夢物語④

『テセウスの船』という思考実験がある。


あるところに一隻いっせきの船があった。

その船は、少しずつ老朽化ろうきゅうかしていったため、古い木材から順に新しい木材へと変えていった。

時間が流れるうちに、最初の古い木材は、全てなくなった。

さてこの船は、最初にあった船と同じ物と言えるのだろうか?


このような思考実験であるが、わしはふと考える。

もしかしたらこの考えは、この戦場でも使えるのではないだろうか。

もう一つ例を考えてみることにしよう。


ある場所に、広大な砂地がある。

そこの砂地に、べつの場所から一粒の砂を持ってきて、そこに混ぜる。

そこにある大量の砂は勿論もちろんいまだその場所にあった砂と呼べるであろう。


そこから更に、別の場所から持ってきた砂を混ぜるのを繰り返す。

さて、この砂地の砂は、どのくらいまで混ぜると、別の場所の砂という扱いになるのだろうか。


これと似たようなことは、この戦場で起こすことができてしまう。

この戦場の様々な場所に、自分が作り出した物質を少しずつ混ぜていき、誰も気付かない間に、そこを自分の領土にしていく。


しかし、このやり方では、このとても広い世界にそんな極小ごくしょうの物を混ぜ続けることになり、時間と労力が強くかかってしまい、更にそれに見合った結果が得られるとも限らないであろう。


現実的なのは、神の使いが用意した人間達に、新しく人間を混ぜていくというやり方だろうか。

幸い、『死亡した人物(NPC含む)は、その世界から消滅する』というルールがある以上、一人一人成り代わっていくことも容易い。


『ある程度の認識があるならば、作り出す物質・人物は運営が自動で補足する』とあり、全く同じ人物も作れてしまう。

数多くの人間達の中に、自分が動かせる人形達を混ぜていく作戦。

さしずめ、『テセウスの人形』とでも呼んでおこうか。


『参加者が一人死亡しました。残り参加者は四人です』


『沼男(スワンプマン)』という思考実験がある。


とある男が、沼の近くで突然雷に打たれて死んでしまった。

そして同時にもう一つ、雷が沼の方へと落ちていった。

その雷は、沼と化学反応を起こし、先程死亡した人物と全く同じ存在を、生きている状態で作り出してしまった。


その存在は肉体はおろか、記憶や意識まで同じであり、先程までの彼と全く同じように動く。

さて、この存在を今までの彼と同一人物と考えてもよろしいのだろうか?


これも、もう一つ例を考えていこう。


儂の存在している時代の先、クローン技術が発達した近未来。

脳の情報をクローンの肉体に保存しておくことにより、いつ死んでも復活できるように保険をかけることが出来るようになっていた。


しかし、いくら脳の情報を保存しているとはいえ、まだ死んでいない時点ならば、クローンではない自分はその脳の情報で生きている。

そして、その時点のクローンの自分も、自分の記憶や意識というものを保持しているのだ。


これでは、自分と同じ脳の情報を持つ人間が二人いることになってしまう。

これを繰り返していくのならば、それはもはや『スワンプマン』というより、『スワンプマンズ』になっていくであろう。


もしかしたら、この戦場でもそんな『スワンプマンズ』を作り出す参加者がいるのかもしれない。

自分のクローンを作り出し、そこに自分の意識をコピーして入れてしまう。


自分が動いてほしいように動くクローン、これは単純に動く自動人形よりも強くなるのかもしれない。

しかし、自分と全く同じ人間が複数人いるというのは不気味なものだ。

何かがきっかけで、そんな自分に嫌悪感を示してしまったら、自分という存在を全て消してしまうのだろう。


『参加者が一人死亡しました。残り参加者は三人です』

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