胡蝶の夢物語③

『ドラマツルギー』という社会学用語がある。


人は、常に何か役割を演じながら暮らしている。

家族といるときは家族の役割、仕事中は社会人の役割と言った風に。

誰かに見られている間は、人は常に何かを演じ続けている。

それを一言で表した用語であった。


そして、それはこの世界でも例外はない。

この世界にいて、儂等わしらの役割は、参加者ということになるのだろうか?


『参加者達はその仮想世界としての戸籍、現実世界と同じ住所が与えられている』

『参加者達は誰が他の参加者であるかわからない状態である』


と、この世界の規則には記載されている。


この世界における参加者とは、参加者が探し求める存在。

となると、むしろ参加者ではない別の役割を演じることで、この戦場を有利に進められるのではなかろうか。


この戦場にいて参加者は、とても強い立場にある。

それ故、弱く見えるという役割を演じ続けられたのならば、この戦場では、上手く立ち回ることができるのではなかろうか。


例えば、暴漢に襲われるか弱き女性であったり、この大会に全く我関がかんせずの態度を取り続ける通行人であったり。


しかも、そんな役割を演じている参加者が、他の参加者に役割を押し付けることができてしまったのならばどうであろうか。

もし、どこかの参加者が、暴漢に襲われるか弱き女性を助けてしまったのならば、その参加者の役割は、たちどころにへと変貌へんぼうしてしまうであろう。


もしも、役割の立ち回りの上手い参加者に、そんな役割を貰ってしまった人物が、この戦いの参加者であると気付かれてしまったのであれば、もう脱落というものはまぬがれることはできない。


そんな参加者は既に、ドラマツルギーに支配された状態であり、手のひらの上、まな板の鯉なのだから。


『参加者が一人死亡しました。残り参加者は六人です』


儂がそんなことを考えている内に、二人目の参加者が死亡した。

年を取ると時間が経過するのが早く感じてしまうようで、世間では、もうすっかり夜であった。

しかし儂は、この戦場について、まだ考えることを止めずに続ける。


『哲学的ゾンビ』という思考実験がある。

外見は完全な人間であり、普通の人間と同じように動くにも関わらず、クオリア、すなわち自我を持たない人形のことである。


簡単な例としては、儂等参加者が作ることの出来る人間が、これに該当するであろう。

あれは人間の外見をしており、普通の人間と同じように動く。

しかし、自我というものは皆目かいもく存在していない。


『自我を自分が創造した人間に移したりすることも可能である』


という規則が、それを物語っている。

恐らく、この規則としては、想像で作った人間は自我を持つことがないという見解なのであろう。


そうなると、最初に用意されている、神の使いにって作られた人間達にも、哲学的ゾンビであるという疑惑ぎわくがかかる。

彼らはそもそも記憶などが存在せず、自我を持たない人形なのかもしれない。


『哲学的ゾンビ』について、もう一つ面白い話がある。

もし、何かしらの自分の自我を消す方法があり、消えた後も今までの自分と同じように動くのであれば、周りは誰も気付くことができないというものだ。


もし、『この大会に全く我関せずの態度を取り続ける通行人』を演じる為に、自らの自我とこの戦場の記憶を消し、神の使いが作られた人間達と同じような存在、『哲学的NPCゾンビ』になれたとするのならば、その参加者は最後まで生き延びることができるのだろうか。


儂は、その作戦では最後まで生き延びることが出来ないと考えよう。

端から見ると、どの角度から見てもただの一般人になっていることは出来ているのかもしれない。


しかし、この戦場では参加者全員に強力な力を与えられている。

その力を悪戯いたずらに使おうとする者もめずらしくはないだろう。

そんな参加者の無差別殺人に巻き込まれてしまったら、記憶のない参加者は、為すすべなくやられてしまうだろう。


『参加者が一人死亡しました。残り参加者は五人です』

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