CASE8.哲学者

胡蝶の夢物語①

わしは年老いた哲学者。

儂は、自分の死期を悟っており、自分がもうすぐ死ぬであろうということが理解できた。


改めて儂の人生を思い返してみると、実に考え事の多い人生であった。

そんな儂には、哲学者としての道以外、無かったのであろう。

儂は、この一生を考え続け、色々な知見を手にしていた。


「人生とは、一生考え続けるもの」


それが儂の座右の銘であった。

しかし、そんな儂の人生ももうすぐ終わる。

仕方のないことだ、人は必ずいずれ死ぬのだから。


そんな儂にも、まだ一つくらいの願望はあった。

儂がまだ考え事をすることができる時間。

死期が近い儂は、不可能とも思えるそんなものを望んでいた。


『もしも人生にロスタイムがあるとするのならば、君はそれを利用するのだろうか?』


頭の中に謎の声が響き渡った。

ああ、ついに神の使いが来たのだろう。

神、天国、死の先についても、永久に終わらない哲学的な議題であった。


『もし、天国よりも素晴らしい場所があるとするならば、君はそこに行くのだろうか?それはすべての願いが叶う場所。しかしそこは戦場である』


禅問答ぜんもんどうが鳴り響く。

死の間際とはこういう声を聞くのだろう。

儂の疑問の一つが解消されたようだ。


『そこは確かに戦場である。しかし、君の願いも叶えられるだろう。いつまでも思考することができる悠久の時ですらも。それこそが人生のロスタイム』


それは、死の先にある選択肢の一つなのだろうか。

儂の好奇心としては、是が非でも行っておきたいところであった。


『決断というものは、時に無意識に起こすものだ。少なくとも君は、この戦場への切符を手に入れた』


視界が何もない場所へと切り替わる。

ぞくに言う三途さんずの川が、こんな無味乾燥むみかんそうなところであったとは。

儂はまた一つ、新しい知見を得た。


『これがこの戦場における新しい規則。覚えておかなければ、君の命の存在は、またたく間に消え去るであろう』


儂が今から向かう世界には、色々な規則がある。

この規則というものを読み、今更ながら儂は、自分がまだ死んでおらず、この規則をもって動く世界へと足を運ぶことを理解した。


仕方ない、このまま生きていてもただちていくだけのこの命。

神の使いの言う『人生のロスタイム』とやらに、きょうじてみることにしよう。


『運命というものは、最初から決まっていたとでも言うのだろうか。丁度君が八人の中で最後の参加者となった。これにて即座に移動を開始する。五、四、三、二、一』


神の使いの言う戦場へと辿たどり着いた。

しかし、そこは見たところ、今まで居た儂の家であった。


さっきのは、儂が今際の際に見ていた幻想だったのだろうか。

しかし、もしここが本当にその戦場とやらならば、儂は色々な物質等を生み出せるのかもしれない。


所詮しょせんもうすぐ終わる命。

もし何も起きなかったとして、儂の命が予定通り朽ちていくだけだろう。


儂は、試しに適当な植物を思い浮かべ、儂の前に生み出してみることにした。

結果として、儂は生命を生み出すという禁忌きんきに成功してしまった。


まるで神の所業だ。

しかし、そのようなことができるのならば、儂は神の真似事がしたい訳ではない。


神の使いの言ってた『人生のロスタイム』。

その言葉にじゅんずることが目的だ。


儂は、『肉体の老化を限界まで遅らせる、コールドスリープに近い装置』を作り出し、その中に入ることにした。


儂には、まだ考えても考え足りないことが無数にあった。

神の使いは、それを考えるための時間を用意してくれたのだ。


「人生とは、一生考え続けるもの」だ。

もしかしたら、私はこの戦場で、突然命を落とすのかもしれない。

しかし、それでもいい。


私の人生は殆ど終わっていたようなもので、今この時間は、ただのロスタイムなのだから。

その上ここに来てから、更に考えておきたいことが増えてしまった。


この世界の謎、送られた規則に込められた意味、この戦場で参加者達はどのようにして戦っていくのか。


そんな戦場の諸々もろもろを、今までに儂が考えてきた思考実験からひも解いて考えることにしたい。


哲学者の儂は理解するべきなのだろう、この思考能力実験の全貌ぜんぼうを。

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