ホルマリンの中の脳⑥

私は、全ての参加者の人生とこのゲームの戦い方を観ることができ、そこにはなぜか優勝者も含まれていた。


小説家の冒険を、中学生の妄想を、TRPGプレイヤーの劇場を、テロリストの狂気を、ゲーマーの策略を、予言者の直感を、哲学者の思考を、私は全て観ることができた。


それぞれの思考を観て思ったことは、やはり人間の思考は素晴らしいということだ。

「思考はどんな発明よりも至高の宝物」、正しくその通りであった。


思考をしない人間などいない。

全ての人間はすべからく素晴らしい思考を持っているのだ。

ここにまぎれていた平凡的な中学生ですら、とても私が思いつかない考え方をしていたのだから。


私という思考を、私という人間はそこまで素晴らしいものではないと思っていた。

そんな訳はない、全ての人間の思考は素晴らしいものであるのだ。


ということは、私という思考も例外ではなく素晴らしい。


『満足いただけましたか?』


ああ、満足だ。後は私の死で全てが終わる。

誰の為でもなく、私だけのため。

このゲームは私の自己満足に始まり、自己満足に終わるのだ。


『では、あなたのこの残されている脳は、私達の発展の為に使わさせていただきます』


待ってくれ、私は既に脳だけの存在なのだ。

そんなこと言われてもこの状態では拒否権なんて持つことは出来ないし、私にはもうこの脳しか残されていない。


だけどまあ、これでいいのかもしれない。

なぜか思考が動き続けているこのホルマリンの中の脳。

彼らにとって初めからそれが目的だったのだ。


「思考はどんな発明よりも至高の宝物」


私の思考も、この者達にとっての至高の宝物なのだから。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る