テセウスの人形⑤

 一人、参加者を倒したことに手応えを残しつつ俺は、またテレビのニュースを見始めた。

 ニュースではまだテロ事件がたて続けに起こっているようだ。

 これが参加者に関係があるかもと、この事件を追っても無駄だろう。

 所詮しょせんあれはただの人形だ。


 最初に戦ったあのテロリスト、そして今暴れているこのテロリスト。

 俺の記憶を呼び起こしてみても同じ顔だ。

 俺は、あの顔にはデスゲームが始まる前から見覚えがある。前にテレビで見た死刑囚だ。


 俺はあのとき、このテロ事件の犯人は、自分と同じようにテロリストの人形でも使っているものだと思っていた。

 だが、深くプロファイリングしているうちに気づいてしまった。

 こいつが正真正銘本物のテロリストなら、自分の姿の人形を使うだろうと。


 この本体のプロファイリングは既に終わっている。

 あのテロリストは自己愛の強い性格だ。

 自分以外信じられるものは存在しないというレベルに。


 自分の姿を模した人形を考えれば、本体の居場所もこれで察しがつく。

 あそこまで自己に固執こしゅうする人間ならば、現実でのホームグラウンド――刑務所の独房にいる。


 それが分かったならば俺の判断は早い。

俺は役割ロール『看守』を作り、そのテロリストがいるであろう場所へと向かう。

 どこの独房にいるのかも昔見たニュースである程度は分かっていたが、念には念を入れて、自分が向かう場所以外の刑務所にも役割ロール『看守』を向かわせた。


 刑務所――無機質な壁が圧迫感を出してくる、静かな場所。

 という認識ではあったのだが、俺が思っていた以上にその建物は、人のいる気配を感じさせず、ひどく閑散としていた。

 NPCに囚人というものがいないのか、それともあのテロリストが既に全員殺し回った後か。

 しかし、俺は今からそんなテロリストを殺しに行く。

 喜劇は作るものだ、どれだけ残虐非道だろうと、どれだけ相手が上手く立ち回ろうとも、少なくとも最後に喜劇になるのは、本体を見せてない俺の方だ。


「よう」


 ニュースで見て、実際に戦ったこともあるテロリストが突然声をかけてきた。


「お前参加者か?」


「俺はもう知ってるぞ、お前もどうせ人形だろう」


「俺様は俺様だよ。あっちの独房ではりつけになってるのも俺様だし、今外で暴れているのも俺様だ」


「そんな言葉で煙に巻こうとしても無駄だ。結局本体はいるんだろう? それがその独房の中だ」


「さーて、どうだろうなぁー」


 こいつの話に付き合ってても仕方ない。

 俺は瞬間移動で独房へと向かう。

 そしてさっさと本体(仮)に刃物を突き立てる。


「おっとまてよ」


 さっき話していたテロリストが瞬間移動でこっちに来やがった。

 こいつが生成した銃弾によって、俺がはりつけの本体(仮)に攻撃した刃物が、全部止められてしまった。


「お前面白そうだから壊し合おうぜ?」


「こっちはさっさと倒してしまいたいんだがな」


 仕方ない、戦闘に付き合う振りをして本体をどうにかして殺す。

 こっちは残機無限なんだ、焦る必要はない。


「さぁ、かかってきやがれ。俺様は人の形をしているものを壊せるなら何でもいいんだからな」


 こいつがそんなくだらない挑発をしている間に俺は、独房の裏に新しい人形を作っていた。


 役割ロール『爆破テロリスト』。

 じゃの道はへびとはよく言ったものだ。

 やはりテロリストを殺すとしたらテロリストだろう。


 俺はこの人形を使って、刑務所全体を吹き飛ばすかのような爆弾を、はりつけにされているテロリスト本体の周りに仕掛け、そのまま爆破。


 どうせこの中にいるのは俺の作った人形とこのテロリストだけだ。崩壊に巻き込まれてさっさと死にやがれ。


「バーン」


 爆音と共に刑務所全体が爆発。

 流石にこの刑務所にいるテロリストは本体ごと死んだだろう。

 だが待てよ、一向にアナウンスが鳴る気配がない。


 もしかして、あのテロリストはまだ生きているのか、ならばどこにいるというんだ。

 そういえば、他の刑務所にいる人形はどうなっている? 俺は千里眼で他の刑務所をのぞく。

 役割ロール『看守』がどこにもいない、全員既に殺されたとでも言うのか?


「看守の本体さーん」


 刑務所のどこからかともなくテロリストの声が聞こえた。


「俺様は人が多く動き始める朝までは派手に動かねえ、それまでお前は俺様を殺す算段を立てておけ。お前は俺様と同じく数を増やせば勝てると思ってるタイプなんだろ? ならばお前の人形を壊し回れるのを楽しみにしておくぜ」


 明らかに挑発であった。

 だが、俺にはもうその挑発に乗るしか作戦を持ち合わせていない。

 朝になるまでまだ長い。俺はまたも各場所に大量に人形を配置していく。

 人形の懐にナイフを隠し持たせながら。


 今回与える司令は二つだ。

 一つは、あのテロリストを見かけたら殺しにかかること。

 もう一つは、死んだときに俺に信号を渡すこと。

 これであのテロリストの居場所を割ってやる。


 俺は朝まで役割ロール『テロリストの暗殺者』の人形を作り続けた。

 その数約一億。最初にルールで提示されていたNPCと同じ量だ。

 この物量さえあれば、俺は喜劇を作ることができるだろう。


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