第15話 旅立ち、再び

 出発の朝は、気持ちの良い快晴だった。


 旅支度に身を包んだアルチェを、リフィーとグラムスが街道まで見送りに出てくれる。


「アルチェ、君には色々と迷惑をかけてしまったが、懲りずにぜひまた遊びに来てほしい。領主様ではなく、リフィーと呼んでくれる友人と……私もたまには息抜きしたいんだ」


 もしかしたら彼女が自分との出会いを後悔しているかもしれないと思っていたアルチェは、その言葉に救われた気がした。


「ありがとう、リフィー。また来るよ。絶対にね」


 ぎゅっと力を込めて握手を交わしてから、アルチェは歩き出す。


 今回の告発にあたっては、資金の横流しと領主を管理下に置いて融通をきかせるためだった、という決着のつけ方をしていたが、実はそれはあくまでも周りの納得のための理由づけ過ぎなかった。


 潜む神の使徒ザグラニゥがこの地を支配下においていた真の理由は、今はリフィーとアルチェだけの秘密である。どうしても表に出さざるを得なくなるその時までは、人々の安全のために伏せておいた方がいいだろうと判断したからだ。


 ——————こんなことを、リヴァルトの人以外にも思うようになるなんてね……


 国を出る前の自分は、どんなに知識があったところで、あまりにも視野が狭かったのだと思い知る。


 でしかものを考えていない、ということを自覚できていなかった。その外に広がるかもしれない可能性には、まるで意識がいっていなかったのだ。


 リヴァルト王国の身の回りの人々だけが、長らくアルチェの全てだった。極端なことを言えば、それを守るためならその他のものは踏みにじっても構わないとさえ、どこかで無意識に思っていたのだ。ここに来てそれに気づいた時には、さすがに自分でもゾッとした。


 ——————もしかしたらリフィーみたいに大切に思えるようになる人が、他にもいるかもしれないのに。


 彼女に出会うまで、そんな簡単なことさえわかっていなかったのだ。リフィーの存在や遺跡で出会ったあの男の忠告があったからこそ、やっと認識できるようになった。


 両親よりも長く側に居てくれたじじ殿は、アルチェのこの危うさにきっと気づいていていたのだろう。だからこそ、しばらく国の外に触れて来いと送り出してくれたのかもしれない。


「……」


 結構歩いたところで振り返ったら、リフィーたちはまだそこに立ってアルチェを見送ってくれていた。


 子どもっぽいだろうかと思いつつも、


「またねー!リフィー!グラムスさーん!」


 と叫んで、手を振ってみる。


「またなー!アルチェー!待ってるぞー!!」


 大きくブンブンと振り返される手に応えてから、アルチェは再び前を向いた。


 これまでただただ、じじ殿に与えられた問題を解いてきた。意識していなかったが、深く考えることもせず、ただ解くために解いてきたのだ。そしてそれを応用させれば、きっと現実でも必要な答えがわかるだろうと思っていた。大切なものがたくさんあるリヴァルト王国を守りたいとアルチェが言ったから、きっとじじ殿はそれが果たせるように訓練させているのだろうと。


 けれどいざ外に出てきてみれば、そこにあったのはこれまで課されたものとはまるで似て非なるものだ。


 そこには人間がいた。二人として同じもののない千差万別の背景を持ち、それぞれの思いを抱いて生きるものたちが。アルチェ自身も含め、そんな彼らの理性と感情が絡まり合った出来事が、そこには確かにあった。


 頭を悩ませたり、身を切るような人とのやり取りも、ぶつかり合う思いも利害も、触れ合わせる真心も、ついさっき交わされた嬉しい約束またねも。こうして国の外に出てみなければ、それが祖国をはるかに超えてずっと広がる可能性があるものだと、わからないままだっただろう。


 ——————あのやり方でよかったのかは、結局よくわからないけれど……


 いつだったか、自分の出した解決案でよかったのか、模範となる解答と比べてどうだったのかとアルチェが尋ねた時に、


『模範解答だと?そんなもの世界のどこにもあるものか』


 そうねたように唇を尖らせたじじ殿の言葉の意味が、少しわかったような気がした。


 ——————さぁ、次は何と出会えるだろう。


 アルチェは心地よい風に吹かれながら、長く伸びる街道を行く。


 空は高く、どこまでも青く澄んでいた。

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国崩しのアルチェ〜領主の帰還と放逐少女〜 喜楽寛々斎 @kankansai

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