閑話 日常の切り取り


①神々のシステム


「ねえ、前にシステムがどうとか言ってたけど、あれどういうこと?」

「……説明する気になったから説明してやろう」

「わーありがたーい」


神々は人のようには生まれ変わらない。

はじめからのだ。

いや、やはり「人のように」なのかもしれない。


ある程度、神に値するものが生まれると、代替わりの会議なんかが始まるわけだ。

生まれたばかりの神は、「役目」を与えられるまではなんの神格も神秘も持たない。

力の塊のようなものだな。そこで何を以て神と成るか。


「まあ、神獣や神器だな」

「しんじゅう?」

「彩花たちの世界で言う、なんだったか……そう、レガリアのようなものだ。私には剣や蝶が、ヒュプノスには眠り薬と眠りの枝、オネイロスは半身とふたつの門を……ポセイドンは三叉戟とイルカだったか……」

「イルカ……かわいいね」

「蝶だってかわいいだろう」

「そうだね、それで?」


神々はそれらに依って神々と成り、神々でなくなるのだ。


血と呼べるものが繋がった……なんだ、家族もいれば、上の家族もいる。いつかの神話での戦いだの因縁だのは、全く関係のないものではあるな。


「じゃあ、タナトスたち三人は血が繋がってるんだ」

「そうだな、それ以外は職務的なものではあるが……」

「でも苦手なんだよね、アポロンとかヘリオスとか」

「呼ぶな呼ぶな、八つ当たられたらどうする」

「そんな人なの?神話での色々は関係ないって言ったのに?」

「性格的な問題だ。彩花だって会えばきっと理解するだろう」

「え~……そう?」





②冥界とヘリオス



「やあヘリオス!」

「ようちいさいの」


煌々と光り輝く青年が、エルピスに手を振った。


「ちいさいのじゃないよ、エルピスだよ」

「はいはいエルピス、で?用があって来たんだろ?」

「うん!ろくがつだからね、めいかいのね、タナトスとね、ヒュプノスにもね、たいようのひかりをわけてあげてほしいんだ」


そう、六月。

神話世界でも雨がよく降る時期であり、冥界ではルーキフェルがしたルシフェリンだけでは洗濯物が乾かないのである。ううん、庶民的。


「タナトス?あー、岩の裏みたいな冥界にいる岩の裏の虫みたいなやつか、いたなぁ、そんなじめっとしたやつも」

「でね、でね、わけてくれる?」

「う~ん……」


明々と燃え盛るヘリオスはうんうん唸りながら、しばしメラメラと頭から炎を吹き出していた。そしてやがて、太陽のような爽やかな笑顔で、こう宣った。


「やだ!」

「なんで~?タナトスたち、かわいそうだよ」

「冥界なんて死ぬ時以外行きたくもねぇだろ」


別に因縁も何もないけど、単純に馬が合わない、とヘリオスは笑った。




③ポセイドンとゼウス



「…………」

「…………ひまだな」

「……ひまじゃんね」


雷も海も、実に平和である。

神らしく振舞う相手もおらず、だらけ放題といったところか。


「あの……なんだっけ、あのあれ」

「なんだって?」

「ほら、人間界のさぁ」

「うん」

「おとなしい服が売ってるとこ、なんだっけ」

「……なんだっけ」


現代化が進む神々たちの間でも着てる神が多いあれだ。


「買いに行こうかなって思ってんだよな」

「え、いいな」

「行く?」

「行こっかな……でも小さくなるのちょいめんどいんだよな」


ポセイドンは、その性質のためか、人型になるのに少し時間が要る。

海すべてがポセイドンという規格外の神だから仕方ないと言えば、そう。


「あー……いまめんどいな、めんどいかも」

「仕事用に新しいパソコンも買おっかなとか思ってんだよね」

「えー……めっちゃ行きたいやつじゃん、それ」

「行く?」

「うーん……やる気がでない」

「出ろよ」

「ちょっとやる気出そうなこと言ってみて」


ポセイドンがごろんと寝返りを打ち、波があちこちに走って行った。


「あの、焼くやつな」

「……なんだっけ」

「なんか焼くやつほしいって言ってたじゃん」

「あー……ワッフルメーカー?」

「それそれ、今日行ったら買えばいいじゃん」


ポセイドンがやや縮む。


「やる気ちょっと出たわ」

「もうちょい?」

「なんかあとちょっとやる気出ないんだよな」


ゼウスの80倍くらいの大きさで縮むのがストップしてしまう。

あーとかうーとか言って、今にも二度寝三度寝しそうだ。


「エルピスたちの様子見に行こうかなとか」

「え、めっちゃ行きたい」


しゅるしゅると縮み、あっという間にゼウスと同じくらいの大きさに。


やっとやる気が出たようだ。




④パンドラ・ボックス


「ねえ、ずっと気になってたんだけど、箱の中ってどうなってるの?」

「あら、見たいの?」

「見ていいの?」

「彩花だからね!じゃあご案内しちゃおっかな!」


恵みたちに腕を引かれた途端、景色がみょいん、と伸びた。

新幹線に乗っている時の景色みたいだった。


「わ、広い……!」


箱の中は、立派な洋館に似た造りだった。

チョコレートのような黒樫のドアに、くるくるとした螺旋階段。

窓らしき場所には淡いステンドグラスが嵌っている。


「みんなそれぞれのお部屋があるんだね」

「見てく!?」

「そうだなぁ、じゃあ、お言葉に甘えて」


雨の恵みの部屋は、一面が水で出来ていた。

天井から降る雨で床には常に波紋が浮かんでいる。

噴水のような場所が寝床らしく、くるりと丸まって寝ていた。


灯火の恵みの部屋は、プラネタリウムのよう。

いくつものちいさな炎が宙に浮いて、ゆらゆらとした光を放っている。

ピザ窯のような場所が寝床らしく、すっぽり入り込んで寝るそうだ。


実りの恵みの部屋は、イングリッシュガーデンそのもの。

薔薇にラベンダー、ガーデニア、どんな花でもハーブでも。

木々の間に通ったハンモックでゆられながら寝るらしい。


眠りの恵みの部屋は、真っ白くてふわふわ。

どこもかしこもやわらかくてあたたかい。

そんなふわふわの間に挟まって、隠れるように寝るんだって。


治癒の恵みの部屋は、カラフルで規則正しい。

色んな薬や薬草が並んでいたり、たくさんの瓶に入ったりして。

病院にあるようなベッドで、しっかりと寝るんだとか。


深愛の恵みの部屋は、晴れ渡る空だった。

真っ白なハートのワイヤーランプシェードがあちこち吊り下がっている。

これまた真っ白な雲のベッドで、幸せな夢を見て寝る、と。


時の恵みの部屋は、歯車だらけ。

大きな時計の中身のように、あちこち、カチコチ、言っている。

止まった大きな長針の上で寝るんだと教えてくれた。


「エルピスは?どんな部屋に住んでるの?」

「こっちだよ!」


金色をしたきらきらのこどもに手を引かれ、金の折り紙で作った星がいくつも貼られた扉の前に来た。


エルピスの部屋は、星がたくさんきらめいてる。

折り紙で出来たような物理的な星じゃなくて、エルピスにとっての宝物という意味での星だ。部屋の中心に置かれたトランクを取り囲むように、ふわふわ漂っている。

その真ん中のトランクで、エルピスは。


「エルピスね、ねるのこわくないよ」

「……?」

「たびがおわったら、またいっぱいねるんだけどね、こわくない」

「あ……」

「ねてるとき、彩花たちとあそんだたのしいゆめをいっぱいみる!」


彩花は、そっとちいさなエルピスを抱きしめた。


「今日は一緒に寝ようか」

「うん!」

「楽しい夢、一緒にみられたらいいね」

「うん!!」


ちいさな希望は、たしかにきらきらと瞬いている。

旅の終わりを知りながら、それを間近に感じながら。


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