ep.13 悪の祭典


「もっともっと争え!!!!!」


けたたましく笑い声をあげる戦火の災厄に、太刀打ちできない。


眠ったまま立ち上がり取っ組み合いをする人々に、彩花たちは一生懸命語りかけた。


「やめて!!戦わないで!!」

「けんかしちゃだめだよー!!」

「誰も戦わなくていいの!!みんな傷つけ合わないで!!」

「生ぬるい生ぬるい!!!!!もっと本気の戦を見せろ!!!!!」


街の上空に、大きな虹の輪ができる。


「……夢の門を開きましょう」

「オネイロス!」

「夢の中に、人々の意識を連れて行くわ」


立ち上がった人々が、再び倒れ込む。


「ありがとう!」

「長くはもたないわ、後はあなたたちに任せましょう」

「まかせてねー!」


エルピスのカボチャバケツに入った箱から、恵みたちが飛び出してくる。

みんなまるで、自分の恥ずかしい過ちを見るような顔をしていた。


「あいつが恵みに戻った時の顔が見ものだね」

「僕が言えた事じゃないけど、被害が大きすぎる」

「わたくしも言えたことではないですが……やりすぎです」

「洗い流してあげましょうか」

「街のみなさんの怪我はすべて治します……彩花、あなたの傷も」

「うん、ありがとう……」


戦火の災厄がシャウトすると、ヒトのカタチをした影が湧いてきた。

影は踊るように揺らめいて、恵みたちへ攻撃をしかける。


「そんなもんにやられないよ!」


燃やしても燃やしても、戦火の災厄が歌うたびに影が生えてくる。


「ほら、ぐるぐる……」


渦潮に巻き込んでしまっても、あまりに数が多い。


「ああもう!大人しく捕まりなさい!」


樹木や蔦で絡め捕ると、じわりと消えてしまう。


「影は眠らないのか、面倒だな……じゃあ、凍れ」


影は砕けても、またすぐに再生してしまう。


「どうしよう、これじゃはなしもできないよ!」

「ど、どうしようって言ったって……」


頭が真っ白だ。自分で思ったよりも、ショックが大きい。

それでもなんとかしなくては。みんな、がんばっている。

ひとりだけ何もしないなんて、そんなの自分で許せない。


一直線に駆け、戦火の災厄の目の前に立つ。


憎しみの歌が、直に全身に響いている。


エルピスを後ろに隠し、浅くなる呼吸を整えようとした。


「なんだよ、お前も暴力か!?どいつもこいつも一緒だな!!」


振り上げた手を、いつまで経っても振り下ろせない。

呼吸が整わない。うまく息を吸えない。変な音まで鳴ってしまう。


自分が嫌な人間になっていくような気がする。


(わたしって……誰なんだろう)


もう、限界だった。


海が見たかった。




「パンドラが死んでないって……?」

「私達も代替わりをしたから気付けなかったんだ」

「じゃあ、パンドラの目的は……?」

「治癒の恵みが言っていたな、パンドラは旅を永遠にしたかったと」

「え?言ってたっけ?いつ?」


彩花の家に泊まった日。光の雨が降り注いだ日。

ふたりは聞かれないように話していたようだが、タナトスだけは聞いていた。


それならもう、ひとつしか理由がない。


「パンドラは、彩花をどうにかするつもりなんじゃ……?」

「ヒュプノス、荷物をまとめろ」

「え?」

「しばらくここには戻らん」


ケルベロスの部下たちを呼び、荷車を牽引させる。


災厄はもう二度と、遺してはならない。

もし万が一、最悪の場合。

パンドラが今も生きていて、エルピスを奪うために彩花を殺すのだとしたら。


「……ならん」


は彩花の旅になくてはならないものだ。


「……どうして彩花は、こうもに近いのだろうな」


病の災厄の時といい、ヘビの件といい。

決して死にたがりでも、無謀な訳でもないのに。


「もっと急げ…………お前は少し痩せろ」

「ワン!」




「……わた、わたし……」

「言ってみろよ!!!!!」


振り上げたままだった手を降ろし、胸の前でぐっと組む。


「わたし、あなたにひどいこと言いそうなの……」

「はぁ?言えば?」

「……ひどいこと言いそうだし、叩いてしまいそう」

「そうすれば!?戦えよ!!争えよ!!!」


本当は言いたくないけど、言わずにはいられない。


「あなたさえいなきゃ親友を失うことはなかったのに!!!!」


血を吐くような叫びだった。


きっと醜いだろう、見苦しいだろう、耳障りだろう。

それ思っても、気持ちのやり場がそれ以外になかった。

燃えてしまっているのかと思うほどに目が熱い。


「誰かが我慢してたことを無理矢理言わせるだなんて最ッッ低!!!!」

「ちょ、……」


死角から思いっきり平手打ちされ、戦火の災厄は目を白黒させる。


(まさか、マジでやるとは思わねぇだろ……)

「誰かを傷つけたくない人に傷つけさせて、必要もないのに争わせて!!」

「ま、待てっ……」

「いざ自分が矛先になったら『待て』ですって!?バカにしないで!!!!」

「だ、だから……」

「笑ってんじゃないわよ!!!!」


左からもう一発入れると、戦火の災厄はその場にへたり込んだ。

白黒の中で、両頬だけが不自然に赤い。

そしてその赤さが全身に回り、爆発したようにその姿を変えた。


「ボクは……」

「わたし怒ってるのよ!!!!」

「わぁ!待って待って!謝る!謝るから!!」

「…………あなたが恵みになったって、親友は戻らないわ」

「じゃあ、ボクが代わりになろう、君を好きになったんだ」

「……は?」

「君の魂がキラキラして見えたんだ!精一杯生きて輝く魂だ!」


戦火の災厄だったものは、絵画に描かれるキューピッドのような恰好をしていた。

大きな身振り手振りで彩花へ愛を伝えている。

当の彩花は引き攣って額に青筋を浮かべているが。


「ボクは深愛の恵み!君を愛し守るものだ!」

「…………謝ってくれたから許すけど、次に同じことをしたら、絶対に許さない」

「しない、愛に誓って」

「……それじゃあまずは街の人たちを元に戻して」

「おまけに愛を与えておくよ」





「そっか、片付いたんだね……それは良かった」

「お前にとって、一番辛い災厄だったろう」

「うん、まあ…………ところで、その荷車は?」

「しばらく滞在する……誰かのせいで仕事がないからな」

「まあ、その方が楽しいかもね……」


あの後、街の暴動は治まり、以前よりもお互いを気遣い愛し合う人々で溢れた。

エルピスはバケツいっぱいのお菓子に上機嫌だし、またひとつ、災厄を恵みに戻した。それでもやっぱり、親友は戻ってこなかった。


また逢えることを祈り、楽しいことに心を向けよう。






「そう、まあ、そろそろ潮時だと思ってたから構わないわ」


上等な楽器を鳴らすような声がする。


「あなたは私の友人だから、失敗も許すわ」


さり……とシルクの擦れる音を鳴らし、立ち上がる。


「頃合いよ、今度は私が行くわ」



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