ep.12 ハロウィンと路上ライブ


「それじゃあ、あんまり遅くならないようにね」

「わかってる、エルピスも一緒だし」

「ほら、お姉ちゃんにお土産よろしくね~って」

「まだミルクしか飲めないでしょ……」


おどけて手を振らせる母親を後に、彩花たちは街の方へ繰り出した。


時刻は日没の程。

仕事がなくなって彩花の家に泊まっている冥界3兄妹(素で仮装に見える)も一緒だ。

エルピスは天使の格好をさせられていて、彩花はカボチャのお面だけをつけている。

お菓子を貰えると聞いてから、エルピスはこの日をずっと楽しみにしていた。

大きなカボチャのバケツを持って、すっかりルンルンだ。


「とりっくおあとりーとー!」

「あら、かわいいねぇ、お菓子いっぱいあげようね」

「ありがとー!」


近所から商店街に出、そこから大通りへ。

たくさんの仮装した人が行き交い、道には色々な屋台が出ている。


「ひとがたくさんだね!」

「そうね、みんな楽しいことが好きなのよ」

「……その割には騒がしいが」

「ねえ、私までもらってしまっていいのかしら?」


オネイロスは、逆さに持った傘を持ち上げ、首を傾げた。お菓子が山のように投げ込まれている。彼女を「仮装したこども」だと思った人々がくれたものだ。


「そういうお祭りなの」

「兄上、歌ってる人がいるよ」

「耳障りだ、オネイロスに歌わせるべきだな」

「タナトス兄さまったら……」


パンクロック系とでもいうのか、世の中への不満や怒りと言ったものを大声でがなっている。人気のある歌手なのか、派手な格好をした人たちがその前で踊っていた。


その人だかりを避けるように歩いていると、歌手が何かを呼び掛けた。

と、同時に観客が何かを叫び、もつれあう。

その中にはエルピスやオネイロス、時には彩花たちにまでお菓子をくれた人もいっぱいいた。喧嘩か何かに巻き込まれているのか、倒れ込む。


「やだ、なに?」

「きゅうにおこりだしたよ!」

「このままじゃ踏み潰されちゃう!」


とにかく、倒れ込んだ人たちを急いで引っ張り出す。

彩花は治癒の恵みに手当を頼み、倒れた人たちに話を聞く。


「何があったんですか?」

「わからない……急に横にいた人に殴られたんだ」

「私、急にカッとなって隣の人を突き飛ばした……どうしてそんなことをしたのかわからないんだけど……あの歌を聴いてたら……」


彩花たちは顔を見合わせた。

もしかしなくても、何らかの災厄だろう。


「仕方ない、ここの人たちには少し眠っててもらおう」


ヒュプノスが耳飾りを外し、息を吹きかける。

観客は座り込み、すっかり眠ってしまった。


「ありがとう」

「おやすい御用さ」


エルピスの手を引き、歌を歌っていた人物の元へ。

と、同時に横から突き飛ばされた。エルピスを潰さないように手を離す。

変に体を捻ったせいで、あちこち擦り剥いてしまった。

幸い、動けないほどの痛みではなく、すぐに体を起こす。


「え……」

「彩花……あんたのせいだからね!!」


友人がそこに立っていた。彩花を突き飛ばしたのも友人のようだ。

呆気にとられる彩花の目の前にしゃがみ込み、鬼の形相を向ける。


「前からあんたにはムカついてたのよ!!」

「待って、なんの話……?」

「しらばっくれないで!!あんたがいるからあたしは帰れないのに!!」

「……彩花、それはお前の友人か?」

「え?」


目の前には、確かに友人がいる。

目に涙を溜めて、ギッと彩花を睨みつけた友人が。


「そう、ともだち……」

「……えっと、そういう人間も……いるよね……」

「待って、どういうこと?なにかおかしい?」


どこか引き攣った顔を向ける仲間たちに、得体の知れない怒りが湧いてくる。

友人だって、こんなことを言われて傷つかないわけがないだろう。

そう思い、弁解しようと友人を振り返った時だった。


「ひっ!?」

「あたし、あんたが憎くてたまらないわ」

「…………あなた、誰?」


目の前にいたのは、巨大なヘビだった。人間数人を縦に並べたような巨大なヘビ。

頭に至っては、人の頭より数回り大きい。


「じゃあ……今までのことは?だって、ずっと一緒……に……」

「彩花!こっちにきて!」

「エルピス、待って、ともだちが……」

「まだきづかないの!?にんげんじゃないんだよ!!」

「でも……」


頭が現実に追いつかない。

友人が巨大なヘビだったなんて、誰が信じられるっていうのだろう。




「彩花……ともだちのなまえ、いえる?」

「………………名前、知らない」

「恐らく、どこかの使い魔だろうね」

「あなた、暗示にかけられてたのよ……きっと、ずうっと前から」

「ずうっと、前から……」


思い当たる節がある。

彩花はこどもの頃、ヘビのおもちゃが大好きだった。

カタカタと、生きているように動くヘビのおもちゃが。


ぜんまいで動くといいながら、ぜんまいを巻いた記憶が一度もない。

いつからあったのか、どうやって手に入れたのか、それすらわからない。


箱を開ける時に、頷いてみせたのだ。


友人があのヘビのおもちゃだったなら、母親が気付かなかったのも納得できる。

学校で話す時も、友人は必ず彩花がひとりの時に現れた。

箱を先生たちに調べてもらう時だって、理由をつけてその場にいなかった。


クラスも、名前も、どこに住んでるのかも知らない。

でも友人は、彩花に並々ならぬ感情を向けている。

帰れない、とはどういう意味だろう。


そう言うと、タナトスは長い髪からわずかに覗く眉間に皺を寄せた。


「……その昔、パンドラは……ヘビに唆されて箱を開けたという」

「……じゃあ、ヘビも生まれ変わったってこと?」

「…………いや、ただ……」

「ただ……?」

「………………」


黙り込んだタナトスは、そのまま踵を返してしまった。

何が何だかわからない彩花は、得体の知れない悲しさを抱く。


「どこ行くの?」

「調べたいことがある」

「調べたいこと?」

「ヒュプノス」

「わかったよ、兄上」


ヒュプノスまで行ってしまう。

残されたオネイロスと共に首を傾げる。


どうしてこんなに悲しいのだろう。


楽しいお祭りの場所で泣きたくなんてなかったが、彩花の目からは次々と涙がこぼれてしまった。エルピスとオネイロスが、慌てたように彩花の背を擦る。


「彩花……ともだちをうしなったのがつらいんだね」

「…………ともだち……親友、だったの」


神出鬼没で、名前も知らないけど。

話したことも、いつも同じ鼻歌も、嘘じゃない。

オムレツよりオムライスが好きだって言ってた。

チキンライスが美味しいから、って。

ファストフード店に行った時も、チキンばかり食べてて。

しめつけのきつい服は嫌い。暑いのも嫌い。

弟が生まれるの、って行った時も、あんなに嬉しそうに笑ってくれたのに。

あんなに憎まれているだなんて知らなかった。

いつものあの笑顔の裏で、どんな気持ちだったんだろう。

いつまでも気付かない自分が、どれほど嫌だっただろう。

嫌いながら一緒にいなくちゃいけないことが、どれだけ苦しかっただろう。


そうか。そうなんだ。

エルピスに言われて、やっとわかった。


彩花は、親友をうしなったのだ。


向こうにいる災厄がどんな顔をしてるかもわからない。

いま、どうなっているのかも。

友人を慰めたくて、慰めようがなくて、悲しい。





「……まさか、でしょ」

「そのまさか、だ」


タナトスとヒュプノスは、とあるリストを前に混乱していた。


あの蛇が、どうにも気にかかったのだ。

あの蛇の、物言いが。

まるで、初めから何もかも知っているようだった。


だからこうして、タナトスの書斎を探している。


そして、みつけた。



「……前のパンドラは、死んでいない」





「もしもぉ~~~し!!!!」

「うわ、うるさいよー!」


黒くってトゲトゲでギザギザの何者かが大きな声で叫んだ。

長く伸ばした黒い髪は荒れ放題で、こう見ると似たような恰好のタナトスとは全く違う。スタッズだらけの服も、ギラついた瞳も、ギザギザと尖った牙もなにもかも。


「じゃあ無視すんなよ!!!!」

「誰です、このトゲトゲ……」

「俺は戦火の災厄!!!この街は生ぬるくってだめだ!!!!!」

「ちょ、ちょっとしずかに……」

「争いだ!!!!!もっと争え!!!!!!!」


戦火の災厄の瞳が燃え、ゲラゲラと甲高く嘲笑う。


眠ったはずの人々の、立ち上がる音が聞こえた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る