第17話
「トローペン辺境伯領についたわ!」
「道中大変だった……」
ルナが気まぐれで作ったクッキーを国民に放り投げ、食べた国民が健康的にダイエットされたり、ルナが放り捨てたわかめが、頭に当たった国民の髪がふさふさに生えてきたり……もう世論はルナ様王子妃様万歳だ。
「私は、道中楽しかったわよ? ユウェンのおかげで」
「ルナ……」
「ふはは! ユウェンったら、変な顔して」
王子のほっぺをつんつんしながら、ラクダ馬車を降りて行ったルナが振り向いて、続けた。
「ユウェンの反応がいちいち面白くて、本当に道中、退屈しなかったわ」
「ルナー!」
王子の怒鳴り声は、ラクダ馬車の中に響いたとか。
「ごきげんよう。トローペン辺境伯」
「あ、あぁ。久しいですな、ルナ様。……それに、第一王子殿下も」
ルナに丁寧な礼をしたトローペン辺境伯は、王子の存在に気づいて慌てて臣下の礼を取り直した。
「ルナは、実は第一王子以上の地位にいるのだろうか……」
ルナの圧倒的な存在感と自分の空気の薄さを棚に上げて、王子は真剣に悩むのであった。
「はっきり聞くわ。市場調査に来たんだけど、毒草は売っているかしら?」
「……それは先日、とあるお方が求められたものでお間違い無いでしょうか?」
「あら、私以外にも先客がいたのね? 毒草の売買は国の許可が必要よ?」
研究のための購入許可証を差し出し、ルナは問いかける。
「あぁ、もちろんございます……って、あれ!?」
トローペン辺境伯が手に持ってきた丸められた許可証は、白紙であった。
「……トローペン辺境伯、貴方、騙されたわね?」
「いや、しかし、あんな高貴なお方が」
「その高貴なお方は、いつ頃購入しにいらしたの?」
「先々月ごろです」
「……そのお方は国外に視察中になっていたはずよ。罪はトローペン辺境伯に被せて、国王暗殺を試みた、と」
「こ、国王暗殺!?」
「今のあなたは第一重要参考人ね。一緒に牢獄でお話を聞かせてもらおうかしら?」
「……そんな!」
「その高貴な方がここにいらした証拠はその紙切れ以外何もないのでしょう?」
「毒薬が混入したら怖いからとお茶もいらないとおっしゃっていて……その書類さえあれば彼の方に販売しても問題ないかと思って……」
「その紙切れ、見せていただいても宜しくて?」
「……こっわ」
「王子、本当にあの方の尻に敷かれる運命でよろしいのでしょうか?」
年季の入った交渉術を活用しながら、トローペン辺境伯を脅すルナの姿に、王子と侍従は震え上がる。いつもの麗しい愛らしい姿からは想像のつかないくらい、柄の悪い態度であった。……言葉遣いが丁寧な分、怖さが引き立つ。
「王子」
「ど、どうした。ルナ」
「この紙、文字が消える薬草を使っています。元に戻していいでしょうか?」
「もちろん、第一王子として、許可を与えよう」
「ありがとうございます」
ルナが何かを調合し、液体にした物を紙に浸すと、文字が浮かび上がってきた。
「……結構な量、買ったわね」
「まだ父上の命を狙っているってことか!?」
「うーん……一番の狙いはそうだと思うけど、他にもあるはずよ。……私とか?」
冗談っぽく言ったルナの言葉は、ルナの権力を考えると真実味を増すのであった。
「ルナに毒殺は効くのか?」
「残念ながら効かないわ」
「だろうな」
「る、ルナ様……よろしければ、こちらの植物たちとその種をお納めください……」
「まぁ、ありがとう。トローペン辺境伯。友好の印かしら? ありがたいわ」
産まれたての子羊のように震える手足で大量の薬草やら植物やらをルナに差し出すトローペン辺境伯は、ルナへの感謝よりも恐怖を感じたのは、王子とその侍従だけであったのだろうか。
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