第9話

「ルナ様のお噂は聞いたかい?」


「聞いた聞いた。女性らしさというものがないんだって?」


「あと、若い女の生き血をすするらしいよ。1人、連れて行かれたとか聞いたわ」


「それは……王子妃としてふさわしくないんじゃないかい?」



 一つ目の街を去る時、国民たちのそんな噂話が馬車の中に聞こえてきたルナと王子は、抱き合って喜んだ。


「ルナ! 聞いたか!?」


「聞いたわよ! 上手くいったわね!」


 ルナの王子妃候補としての立場は、国民たちに強く反対されたら消えるだろう。


「ソレイユもお城に連れていけることになったし、完璧ね!」


「いや、彼女と結婚するとは勝手に決めないでくれ。こっちにも、都合があるんだからな?」


「えー! ああいう顔、タイプでしょ? まぁいいけど。また、何か進展あったら教えてちょうだい」


 ソレイユは、王子とルナの水不足解消の旅の帰りのタイミングに合わせて、登城することになっていた。


 2人の耳には届かなかったが、先ほどの噂話には実は続きがあったのだった。





「王子がルナ様の手綱を握っているから、我々に害はないみたいだよ」


「むしろ、あの方は王子がそばにいないとだめだねぇ」


「もしも何かしたとしても、王子が止めてくれるなら安心だね」


「王子以外、ルナ様を止めれる権力がある人なんていないだろうしねぇ」



 二人が必死に消したはずの噂は、ますます強まっていった。








ーーーー

「よし! 気合を入れて、次の街でもルナの残念っぷりを発揮してくれ!」


「私だけ評判が下がるのは、なんか不平等な気もするけど……」


「僕の評判が下がったら、“あんな王子に相応しいのはルナ様しかいない”ってなりそうじゃない?」


「そうね……」


 王子の評判が下がったところで、国民たちはルナを救い出そうとする動きにはならないだろう。高位貴族の義務だと言わんばかりに、ルナと王子の結婚を後押しする人が集まるだろう。人は、自分の不幸には敏感だが、他人の不幸には鈍感なのだ。




「ルナ、そろそろ街に着くけど、いつも通り全力のルナを見せてやってくれ!」


「なんか失礼な気がするけど、任せなさい!」







「王子さまー! 王子妃さまー!」


 ラクダを降りて、並んで歩く二人。微笑みを浮かべて手を振りかえす王子の横で、ルナは頭の後ろに手を組み、だらけながら手を振りかえす。

 そんなルナの姿に、街の人たちはギョッとするが、流石に身分のある相手だから、誰も何も言わない。



「ねぇ、お母さん。なんであのお姫様ダラダラしてるの? お姫様ってシャンってしてるものじゃないの? 隣の王子様みたいに」


「こら! 静かにしなさい!」


 子供の無邪気な問いに、母親は焦る。


「ほら、ユウェン。お前のせいで私が子供に怒られただろ?」


 そう言いながら、ルナは王子の背中を思いっきり殴る。





「きゃっ!?」

「痛そう…」


 街の人たちがザワザワする一方、手慣れた様子で王子は対応する。


「すまない、ルナ。王子が王子であるためにはしっかりした姿を皆に見せなければいけないんだ」


「うっわー。私には絶対無理だわ。頼むから王子妃なんてしないでよ?」


「もちろんだよ。僕もルナのことは姉のように思っているからね」


「私たち、兄弟みたいなもんだもんね!」


 あえて街の人たちに聞こえるように、そう言いながら、ルナは王子の肩に手を回す。それと同時に殴った部分をそっと魔法で癒す。


「る、ルナ!?」


「しっ! あとで聞く」


 驚きのあまり、目を白黒させた王子は、思わずルナの方を振り返ったが、慌てて微笑みを貼り付ける。それはそうだろう。聖女たるルナの力で可能なのは、植物を育てるだけだ。









「さっきのあれ、どういうことだ!? 痛みが引いたぞ!?」


 二人が控えの間に案内され、王子は慌てた様子で服を脱いで背中を確認しようとする。


「やめて、こんなところでユウェンが脱いでる姿を見られたら、また王妃に近づくじゃない!?」


「そうだった。すまない」


「でも、少し傷がどうなってるかは見ておきたいから、傷の手当てをしている感じで脱いで?」


「わかった」


 王子の傷を確認しながら、ルナは説明を始める。自分の魔法の結果への好奇心を抑えられなかったルナは、数十秒後、後悔することとなることも知らずに。


「さっきのあれは、植物を育てるイメージで、傷を受けた肉体のあたりの成長を活発にさせたら、できたのよ」


「そんな簡単に癒しの魔法使えるようになるな!? もはや聖女を超えて、物語の中の聖女だぞ!? 周りにバレたら……大聖女として宗教の象徴になるか、王妃の座から逃れられないからな!?」



「失礼いたします。王子。さっきの傷は……ってきゃ! 失礼いたしました……って傷が消えてる!? え!?」


 驚いた表情を浮かべた侍女は、口元を押さえながら、走って部屋を出て行った。



「待ちなさい! あんた! どこに行くつもりよ!?」


「おい、待つんだ! 君!」


 二人の叫び声は虚しく響き渡り、侍女の逃げ足は馬より早かった。


「あの侍女、こないだの侍女よね?」


「あぁ……そうだな」


「ヤッテイイ?」


「やめてくれ……そのうちルナの殺意を止められなくなりそうな自分が怖い」






 二人で落ち込んでいると、その街の大司教がやってきた。


「妃殿下にお話を伺いたいことがございまして」

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