第5話

「あのね……責任を取りたいと思ったの」


 いつにもなくお淑やかなルナが王子に擦り寄る。どこか服装も色っぽい。上目遣いで一歩ずつ近寄る姿に拒絶できる男はいるのだろうか? 思わず、王子がごくりと唾を飲む。


「な、なにを……?」


「私のせいでユウェンの好みを男色にしてしまったじゃない?」


「されてねーわ!」



 そう言いながら、ルナは王子をベッドの横まで追い詰める。思わずベッドに倒れた王子に、そっと覆い被さり、王子の顔の横に手を置く。はらりと落ちてきた髪をかきあげる姿は色っぽい。




「だから……はい。これと、あとこっち」


 ルナに差し出された箱と冊子を王子が思わず受け取る。



「これは……?」


「媚薬といつでも呼び出せる女の子リスト」


「……え? ルナ?」


 王子が一目惚れした幼少期のルナにそっくりな女の子の姿に、王子は思わず目が惹かれる。


「それ、私の妹。五歳。まさかユウェンがロリコンになってたなんて……。五歳児に手を出すのは辞めてもらいたいから、外堀埋めて王妃候補にすることならできるわよ?」


「なんで妹入れてるねん! ロリコンちゃうわ! 五歳児を身代わりにするな!」


「あの子たちの世代だと碌な男いないじゃない? まぁ、ユウェンなら姉としても許せる範囲かな……って」


「まだ子供! 未来への無限の可能性!」


「ないわよ。あのクソガキどもは」


「くそ……がき……?」


「あいつら、うちの妹が可愛いからって寄ってたかっていじめやがって。うちの妹は私と違って大人しいから……あいつらにはうちの妹は絶対やらん」


「あぁ……なるほど」


 幼少期から愛らしい容姿だったルナは、同年代の子たちによくちょっかいをかけられた。その子たちは、ルナに相手をして欲しくてちょっかいをかけていただけだったのだが、ルナにとっては迷惑な話だったのだろう。ただ、相手がルナであるので、全員返り討ちに遭ったが……。

 ルナのように美しい妹は、ルナと同じようにいじめの被害に遭っているようだ。ただ、ルナと違って、妹は一般的な思考を備えたおとなしい子のようで、いじめられたらいじめられたまま泣いているらしい。その姿を見たルナは、同年代で妹に相応しい者はいないと判断した。

 そんな風にルナに目をつけられた少年たちに、どんな未来が待ち受けているのだろうか……と暗い目をした王子は一瞬考えたようだ。




「ルナをまともにした感じなんだな……」


 王子の口からポロリとこぼれた小声をルナが拾う。


「あぁん? 私もまともだろ?」


「はい、申し訳ございませんでした」


 言い訳もせずに、王子はすぐに謝罪する。救えない少年たちを思って、せめて彼らの未来について問いかける。



「ところで……その少年たちへは、その、何か、その、考えているのか?」


「あー、制裁? もちろんって言いたいところだけど、あれくらいの世代がこぞって国からいなくなると、ユウェンが困るでしょ? だから、結婚相手探しに多少苦労する噂を流すくらいにしてあるわよ? あと、妹に近づけないようにしたわ」


 うちの可愛い妹の姿を遠くからでも見れるだけで最高よね、と呟きながらルナは頷いている。


「そ、そうか……僕のことを考えてくれたんだな……ありがとう」


 感動と自分が王子であったために助かった子たちへの思いのあまり、王子は目をうるうるさせながら、ルナにお礼を言う。


「あ、だから、いらなくなったら教えてね? 何年後でも何十年後でも」


 ルナの執念に怯えながら、絶対恨みは買わないようにしようと、王子は決意した。





「失礼致します、王子。あの、」


 何度か声をかけたが返事がなかったため、部屋に入ってきた侍女が目にしたものは、王子を押し倒し、覆い被さるルナの姿であった。




「も、も、申し訳ございませんでした!!」


 脱兎のごとく逃げ出した侍女に、ルナが叫ぶ。


「待って! 違うのー!!!」



「僕のせいじゃないからな? 僕のせいじゃないからな?」



 ガタガタ怯えながら、王子が呟く横で、ルナは頭を抱えていた。


「ふざけすぎたわ……」





 翌日から、“ルナ様はやっぱり寵姫であった。ルナ様が王子を押し倒していた。御子はすぐではないか。ルナ様が意外と……”と言った噂が王宮中に流れた。


「あれは、そういうわけじゃなくて……」


「わかっていますわ! ルナ様! お恥ずかしいですわよね?」



 ルナがどれだけ否定しようとも、いや、否定すればするほど噂は広がり続けた。



「僕の方でも頑張ったが……」


「仕方ない、あの侍女を消すしか!?」


「いや、まてまてまてまて」


 王子は侍女の身辺警護を強めるとともに、今ここで侍女がいなくなれば反ルナ派の行動だと思われ、ますます王妃に近づくぞとルナを必死に説得した。

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