第3話

「ねぇ、私の菜園ちゃんはまだなの?」


「お前……。まぁ、自力で土や水をなんとかするなら、後宮の奥にある離宮の庭を貸してやろう。普通の植物は育たないが……」


「離宮? そこって、ユウェンの離宮じゃない? ここからちょっと遠いわよ。それに、私は植物ならなんでもどこでも育てられるわ」


 ルナのそんなセリフは、聖女の力があるからそう言えるのだ、と王子は言い返せない。


「ルナが好き勝手しても他の人にバレないのは、そこしかないだろ」


「まぁ……確かに。じゃあ、転移魔法の魔法陣。貸して?」


「お前……わかった。用意する」


「さすがユウェン! ありがとうー!」


 ルナがニコニコしながら、王子にお礼を言う。ルナに逆らったらいいことがないと理解している王子は、たいていの要求を飲むようにしている。




「あと、父上がこないだのお茶のお礼を伝えてくれって」


「体調は落ち着かれたのかしら? よければ、滋養強壮に効くお茶も作ろうか?」


「すまない。頼む」


「うーん、ジンジャーにレモングラス、すっきりさせるレモンも入れて、そこにミントで出来上がり」


「……お前、そんな簡単に作ってたんだな」


「え? まぁ。これくらいは」


「魔法みたいだった……聖女の力ってやつか?」


「それもあるけど、違うわよ! 私が必死に勉強して身につけた植物の知識よ! あと、聖女の力を根性で鍛えたの」


「根性で……鍛える……?」


「あぁ! もう! うるさいわね! 国王陛下に持っていきなさいよ!」


「あぁ、ありがとう」


 少し頬を赤くしたルナが、ユウェンを手でしっしと追い払う。


 国王の元は向かおうとした王子が、ふと気づいて振り返る。


「そもそも、これだけ貴重な植物がたくさん使われてるのだから、材料を用意するのは大変だったんじゃないか?」


「え? 全部、聖女のべんりまほうで済ませたわよ? 空中菜園みたいに室内で宙に浮かせて」


「室内で浮かせてできるなら、お前の菜園それでよくないか!?」


「いやよ。土からとじゃ栄養や効能のレベルも違うし、そもそも私が土いじりをしたいのよ!」


「あ、はい。すみませんでした」



 今度こそ、王子は国王の元に向かい、ルナは自室に戻った。








◇◇◇

「……ルナを呼んでくれ」




「何かお呼びでしょうか?」


「……お前、国王に何を盛った?」


「目の前で作ってたの見たでしょ? ハーブティーよ」


「いや、見たけど……」


「何? 国王陛下になんかあったの? 私のハーブティーが原因でお倒れになられたとでも?」


 聖女としてよほど自信があるらしい。腰に手を当てて、仁王立ちで王子を見下ろしている。王子は椅子に座っているのだから、見下ろす形になるのは必然なのだが、それとは何かが違う。


「……逆だ」


「え?」


「国王の病が全快したんだ」


「まぁ、今回は解毒の作用もつけたからね。よかったじゃない?」


「よかった、よかったんだが……って解毒?!」


「知らないの? ジンジャーには解毒や消毒の作用があるのよ?」


「手軽に植物が手に入らないこの国でそんな知識持ってるのは、お前くらいだ! この聖女!」


「いやね、私は聖女じゃないわよ? 人がいるところで変なこと言わないでちょうだい?」


 自分から聖女とバレそうな行動をしておきながら、王子には厳しく言うルナであった。


「あと、最近解毒の力も手に入れたの。まぁ国王陛下の体調を聞く感じ、南方の毒草を使ったんじゃない? となると、南方領のトローペン辺境伯か西方領のアーベント伯爵が怪しいけど……まぁ、トローペン辺境伯はないわね」


「お前、なんでそんなことまで!?」


 王家の諜報機関すら知らない内容をルナはさらさらと答えていく。


「普通に症状とか聞けばわかるわよ。みんな教えてくれるし? トローペン辺境伯とは、よく、南方の植物の本のやりとりで関わるけど、トローペン辺境伯ご自身は植物については詳しくないわ。全て執事と庭師に丸投げよ。アーベント伯爵の方が全然詳しいわね。いろんな植物に関する本を集めているわ。とくに毒草」


「いや、だから、なんで……って、ルナに関しては何を聞いても無駄か……。でも、アーベント伯爵が国王を暗殺する動機なんてないぞ!?」


 ユウェンの派閥のトップとして名高いアーベント伯爵は、国王にも優遇されている。


「あるわよ」


「へっ!?」


「南方との貿易の活発化。国王が反対してるでしょ? ユウェン。あなたは中立」


「あれを推奨してるのは、アーベント伯爵じゃなくて反王子派のラッティン子爵だろ?」


「ラッティン子爵はアーベント伯爵のスパイじゃない」


 さも当然のことを言うように、ルナは首を傾げる。はらりと髪が肩に落ちる。


「いや、知らなかったんだが……参考までにどれくらいの人間が、そのことを知っているか教えてもらえるか?」


「私の周りはだいたい知ってるわ。ステラとスカイとスターあたりの情報よ」


「それ、お前の直属の諜報員! というか、長い付き合いなのに顔だけじゃなく影すら見たことのないメンツ! 名前だけはよく聞くが! お前の諜報はなんで後宮まで入り込んで報告できているんだ!?」


「ふふっ。あの子達をそんなに褒められると私が照れるわ」


「褒めてはいない! いや、諜報のスキルとして褒めているのか……? ごほん。そんなことより、アーベント伯爵はなぜ南方の貿易をそんなに進めたいんだ?」


「アーベント伯爵令嬢のためよ。彼女が好きなお菓子がそれで作れるらしいわ」


「ほう。娘のためか」


 思っていたより微笑ましい理由で、王子は胸を撫で下ろした。


「まぁ、国王が反対している理由は、そのお菓子の元の種子に媚薬作用があるからなんだけどね」


「いや、待て、え?」


「ご令嬢の狙いはあなたよ」


 アーベント伯爵ほどの立場となれば、王子とルナの関係が、単なる幼馴染であると知っているのだろう。暴れ馬で残念美女で暴力的で口が悪くてといろいろな枕詞で呼ばれるルナであっても、自分が想っていない相手を盗られようが気にせず、反発しないことは予想できる。


「は?」


「アーベント伯爵は王妃の父となりたいし、娘の恋を叶えてやりたい。ご令嬢は、初恋の君であるあなたをどんな手を使っても手に入れたい」


「どんな手を使っても……?」


「今まで何なさってたかしら? あぁ! ユウェンのお茶に媚薬を混ぜてた? あれは毒にもなるものだったから、結局私の解毒が効いてしまったわ。あと、プレゼントのお菓子にいろんなものを混ぜていらしたわ。あとは、あなたの周りを常に伺っているそうよ? どんな風にか気になる?」


 なんとでもないことのようにルナが言う。話を聞くうちに、王子の顔色はどんどん青ざめていく。いくらモテる王子といえども、王子という立場から、ここまで熱烈な目に遭ったことはないのだった。


「気になる……いや、知りたくない……まて……ルナ様。守ってください」


 美しい土下座だ。王子は完璧な土下座でルナの前に滑り込んだ。


「見返りは?」


「えっと……あ!」


 王子が何かを思いついたタイミングで、ルナは王子のイヤーカフを奪い取り、部屋の各所に何かを投げつけた。


「え?」


「……ちょっとどなたかに聞こえなくなっていただいただけよ? あなたが思いついたということは、きっとなかなかいい案だと思って」


 付き合いの長い2人だ。王子の案がルナの心を捉えないわけがない。


「何があろうとルナを絶対王妃にしません」


「……それだけ?」


「もちろん、他にも……南方のその種子か苗を取り寄せます」


 ルナの瞳が輝いた。様々な植物を育ててきたが、その種子だけは、ルナの力で手に入れることができなかったのだ。しかし、公爵家として入手するには、“媚薬”という外聞は悪すぎる。さすがに許可が降りず、ルナも渋々諦めた。ただ、王家の希望ならば、話は別だろう。研究用とでも抵抗をつけるためとでも、なんとでも言える。


「契約成立ね」


 微笑んだルナの顔は、見る人によっては絵画の聖母のようであり、まだ見る人によっては悪魔のようだったという。

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