【短編】俺の人生の分岐点

早乙女由樹

俺の人生の分岐点

「みなさん、高校に入学して一週間ですけど、どうでしたかね」

俺はそれなりにいいスタートダッシュをすることができたと思う。席の近い人とは仲よくなれたし、クラスメイトとも連絡先を交換することができた。

強いて言えば入学してから一度も隣の席の『如月夏姫』(きさらぎなつき)が登校してきていないということぐらいだ。壁際の真ん中あたりの席に誰もいない状況が一週間もすると、それが自然かのように思ってしまう。

「それじゃあ!土日はしっかり休んでくださいね。じゃあ、さようなら」

よし、帰ろう。かばんに荷物を詰めて教室を出ようとしたところ、先生に呼び止められた。

「ちょっといいかな。手島君」

「なんですか?先生」

「ちょっとお願いがあるんだけど、手島君の隣の席の如月さんに絶対に渡さないといけない書類があってね。僕はちょっと時間的に渡せないから家が近い手島君に渡してきてほしいんだけど、頼めるかな?」

おいおい。この教師、個人情報を生徒に話すとかやばいやつだろ。

「いや…ちょっと今日は用事がありまして…」

こいつにだけは関わっちゃだめだ。こんなやつと関わっても碌なことにならない。

「そこをなんとか!これが住所で、こっちがその書類ね。じゃあよろしく!」

「あ、ちょ、ちょっと待ってください!先生!」

廊下を出たときにはすでに先生の姿はなかった。

これは……持って行かないといけない感じか?持って行かなかったらそれはそれで何をされるかわからないし、仕方がないか……如月君には土下座しておこう。



「ここ……だよな」

目の前にはごくごく一般なザ・普通って感じのマンションがある。とりあえず、インターホンを鳴らしてみる・

『はい……誰ですか……』

「えっと、聖スピリタス高校の手島達也って言うんですけど……」

『手島……あぁ、先生から話は聞いてます。鍵を開けるので部屋まで持ってきてください』

「あ、はい。わかりました」

オートロックの扉が開いたので中に入る。部屋は四階にあるのでエレベーターに乗って目的地まで向かう。

「えっと、部屋は……ここか」

扉の横に設置されたインターホンを鳴らして少し待つ。

「……部屋は散らかってますけど上がってください」

「お、おう……」

初対面相手に家にいれるなんてどうかしてる、と思いながらも家に上がらせてもらう。

「お邪魔します……うおっ、マジかよ……」

玄関の扉を開けた先にあったのは薄暗い部屋に散乱した段ボールたちだった。彼のあとをついていくと、リビングに通された。リビングには未開封の段ボールも沢山転がっている。

「えっと……これが先生から渡された書類です」

「……ありがとうございます」

「あの……別に言いたくなかったら言わなくていいんだけど……どうして学校に来ないの?」

「それ……聞きます?」

「いや、別に言いたくなかったら言わなくていいよ?それじゃあ渡すものは渡したし、俺はこれで……」

マズイ、地雷を踏んでしまったみたいだ。この話は聞いちゃだめなタイプのやつだ。はやくこの空間から逃げたくて、帰ろうと玄関に足を向ける。

「実は僕、第一志望の高校に落ちてこの学校に来たんです……」

なんか話し始めちゃったよ……

「自分だけそこの高校に落ちて、その程度の学校にすら合格できないならお前は一人で生きていけと家を追い出されたんです」

「それは……災難だったな……」

何をしゃべっても地雷を踏む気しかしない。

「そしたらもう何もかもが嫌になっちゃって。家からも出たくなくなっちゃって……」

「そう…か……」

空気がとてつもなく重い。重すぎる。こんなに重い話がこの世にあるだろうか?いやない。

「僕が生きてる意味ってなんだろ……」

「俺みたいな部外者が言うことでもないんだが、確かに高校受験も大事だけどもっと大事なのは大学だろ?すんげぇ頭いい大学行って親を見返してやればいいじゃないか」

「どこの大学行ったって誰も僕のことなんて見てくれない。結局僕はだれからも見られない運命なんだ」

こいつ、マジで精神的に危ないだろ。下手したら死のうとか考えるんじゃないのか?俺の隣の席の人がそんなことになるとか気が引ける。どうにかしないと……

「俺がいる。俺がお前のことちゃんと見ててやるから」

「本当に?」

「あぁ。本当だ」

「本当に本当?」

「本当に本当だ」

「わかった……そこまで言うなら信じる」

ひとまずはこれでいいはずだ。問題はこれからどうするかだが……

「ひとまず、この部屋を片付けないか?やっぱり、散らかってるよりはきれいなほうがいいだろ?」

「それはそうだと思う。けど、僕そういうの苦手で……」

「それじゃあ俺も手伝うから一緒に片づけようぜ」

「わかった……」

そんなこんなで夏姫の部屋の片づけが始まった。



「この下着って書いてあるやつの中身はあっちの寝室のクローゼットのほうか?」

「まって、その箱はだめ。僕が自分でしまうから大丈夫」

「お、おう。そうか。なら頼んだ」

男でも自分の下着を他人に見られるのが嫌な人も当然いるよな。衣類は全部任せたほうがいいかな。

「じゃあ、衣類は全部廊下に積んでおくから。俺はキッチン周りを片付けるよ」

「わかった……」

それにしてもこの家、まるで女性の部屋みたいだな。女性の部屋を見たことない俺が言うのも違うと思うが、男が住んでると思えないぐらいだ。いや、こういう偏見は良くないよな。

それから数時間、片付けと掃除をした結果、前とは見違えるほどきれいになった。荷ほどきされていなかった荷物も全部片づけられたし、今日のところはこれで帰ろう。

「ねぇ……」

「ん?何?」

「僕……実を言うと家事とかそういうのがからっきしで……無理なら無理でいいんだけど……その……また来てもらえないかな?」

「そういうことなら全然いいぞ。じゃあっていうのも変だけど、連絡先交換しない?」

「わかった」

スマホを取り出し、自分のIDのQRコードを見せる。それを読み取ってもらって連絡先を交換した。夏姫のアイコンはかわいらしい猫の写真だった。

「それじゃあまたね。いつでも連絡していいから」

「わかった……」





「そういえば、ずっと一緒にいてくれるってことは、大学も一緒ってことだよね?」

「まぁ…そうなるな。でも、俺の学力だとちょっと……」

「それなら、僕が達也に勉強を教えるよ。だから、その代わりに……」

「家事とかをすればいいのか?それぐらいならお安い御用だ」

「じゃあ決まりだね」

夏姫の家に通い始めて二週間が過ぎたころ、俺は夏姫の家で家事をする。その代わりに夏姫は俺に勉強を教えるという関係ができた。

夏姫曰く、自分は授業を受けるよりも自分で勉強していたほうが効率がいいらしい。平凡な俺にはそこら辺のことは良くわからないが、授業よりも夏姫から教えてもらったほうがわかりやすいのは確かだ。

そんな生活がそれから二週間ほど過ぎ、ついに入学式から一か月が経過しようとしていた。





「なぁ夏姫。そろそろ学校に行ってみないか?」

二度目にこの家に来た時、試しに学校にはまだ行かなくてもいいから外出してみようと提案した際、玄関で足が止まってしまって外に出られなかった。これ以上無理をさせて、前のようになっては元も子もないと外出についての話題は一切出さなかった。

しかし今日、先生からこのまま休み続けると単位が危ないことを伝えてきてほしいと頼まれた。まぁ、一か月も不登校だったらそうなるよな。

「そうだね……明日からは学校に行ってみようかな。玄関から出られたらだけど……」

「それなら明日の朝、俺がここに迎えに行くよ。初めての学校だし、一緒のほうがいいだろ?」

「そうだね。それに、達也がいないと僕には無理そうだし……」

「おう、そう…だな?」



翌日、俺はいつもよりも早く家を出て夏姫の家に来ていた。昨日LINE(リネ)で八時に迎えに行くと約束したのだが、少し早くついてしまったようだ。

しばらくの間、玄関の前で夏姫を待っていると、ゆっくりと扉が開かれた。

「お、来たか。おはよう、夏姫………?」

「おはよう、達也……そんなに驚いた顔してどうしたの?」

「え、いやだって、その服……」

「えっ?ちゃんと制服着たはずなんだけど……」

俺の目の前には女子のブレザーを着た夏姫がいる。夏姫って男じゃなかったのか?言われてみれば、部屋も女性っぽい雰囲気が出ている気がする。

「だって、俺ずっと夏姫のこと男だと思って……」

「やっぱり男だと思われてたんだ……でも、達也は僕が女でも一緒にいてくれるでしょ?」

「それは…約束もしたし、そうするけど……」

「それなら大丈夫だよね」

夏姫が男ではなく女だったということを知ってしまったせいか、すごくドキドキしている。それに、夏姫がとてもかわいく見えてしまう。実際、制服を着た夏姫は可愛いのだが……

結局、二人で学校に向かった。



「ねぇ直樹……みんなからの視線が……」

「そりゃあ……男女がこんなにくっついてたら見られるわな…」

「うぅ……」

「そんなに心配しなくても大丈夫だって」

夏姫は学校に到着するまでずっと俺の腕にしがみついており、心拍数が上昇し続けていた。もちろん、学校に到着してからも夏姫は一向に離れないのでドキドキしっぱなしだ。

教室のドアを開けようとしたところで夏姫が突然立ち止まった。

「大丈夫かな?嫌われたりしないかな?」

「大丈夫だって。みんながどう思っても俺が一緒にいる。俺は絶対に夏姫を嫌ったりなんかしないから安心しろ」

「う、うん……わかった……」

扉を開けて教室に一歩踏み出す。当然ながら、男女がくっついて教室にはいてきたら注目を集めてしまう。

「や、やっぱりみんなこっち見てる……」

「大丈夫だって……」

ここまで夏姫がおどおどしていると、俺が夏姫を絶対に守らなければいけないような正義感がわいてくる。

「夏姫の席は俺の隣だからここだな」

「私の席……なくなってない!」

「そりゃあ、なくなりはしないだろうよ夏姫さん」

その日から夏姫との学校生活が始まった。





あれから一年以上が経過しようとしていた。

周りに対する恐怖感はもうないはずなのに、毎日俺の腕に抱き着いて歩くことをやめようとしない。

「あの……達也君?ちょっとわからないところがあって、放課後教えてほしいんだけど……」

「ああ。うん。わかっt……」

「それなら!先生に聞いたほうがいいよ!僕と達也はこれから家で勉強する予定があるからね。達也もそれでいいよね?」

「いや、でも……」

「い・い・よ・ね?」

「……はい」

「よし!じゃあそういうことだから」

最近、夏姫がヤンデレ化している気がする。束縛は強いし、位置情報も常に見られているけれど、別に悪い気はしない。夏姫のことは心の底から愛しているし、夏姫も同じだろう。

夏姫との出会いが俺の高校生活を大きく変えてくれた。俺と夏姫はこれからもずっと一緒に居続けるのだろう。

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【短編】俺の人生の分岐点 早乙女由樹 @satome_yuki

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