第14話 バーメイドのおもてなし
「そうです。素晴らしい立ち姿ですよ! 利き腕ではない方の肩から前方に向けてシェイカーを構えてください。その構えたところから斜め上に振って元の位置に戻してください。次は斜め下に振って元の位置にそれを手首をうまく使って繰り返してください」
「うん!」
付け焼き刃のシェーカー。アルは一生懸命にそれを行う。決して高圧的ではないが厳しい指導。それでもアルはロアがシェーカーを振っていたのを思い出して一生懸命真似をする。
「分量は私が測りますので、アルさんはシェーカーを頑張ってくださいね?」
「うん! 絶対美味しいお酒を王様に出すからね!」
「ふふっ、では本番と同じ練習をしましょうか? このお酒は私が王様より頂いた物です。恐らくはブドウの蒸留酒。ブランデー。こちらでは焼きワインですね。こちらを使います」
ベコポンジュースに対して半分の量のブランデーと氷を入れたシェイカーを渡しアルにシェイクしてもらう。そしてカクテルした物をロアは飲む。
そしてそれを捨てる。
「もう一度です。しっかりと混ざり合わせる必要があります」
今頃、ミトラの宿屋に王様が到着した頃合いだろう。宿ではジュナを板長とした料理が振る舞われている。他の宿に宿泊している人達も同じ料理を食べて驚いている頃合いだろう。できる限りそれまでに最高の一杯を届けたい。
次にロアが自分の世界で目を覚ましたらもうここに来れる保証はないのだ。もし自分が間に合わなかったとしてもアルが届けてくれればと。
「ロアお姉ちゃん、次はどうかな?」
「はい、頂きますね」
先ほどよりしっかりと混ざっている。これならいいだろう。ロアは次の工程をアルに伝える。それが一番重要な工程とも言える。教わった通りにアルは何度も何度も挑戦し……
「素晴らしいですアルさん、1日でカクテルを一つ覚えてしまうなんて、私の後継者はアルさんですね。では王様が待つ宿屋に向かいましょうか」
食事が終わる頃か、もうお休みになられているのか……少し早足にロアはミトラの宿へと向かう。二人が到着するとミトラが、
「ロアさん、王様はお部屋の方に、お部屋の前にはサクヤさんが警備をされていますから通してくれますよ」
「分かりました。ではアルさんいきましょうか?」
「うん!」
2階窓際の一番いい部屋。そこで、サクヤが背筋を伸ばしてサーベルを腰に立っていた。ロアはこの人はやっぱり兵士なんだなと少し感心する。
「ロアさん、こんばんわ。王はお部屋です」
「分かりました。アルさん、二回王様のお部屋をノックしてくださいますか?」
「うん」
コンコンとアルの小さなノック。
「どうぞ」
まさかとは思っていたが女性の声。それもまだ若そうだ。ロアは扉をアルに開けて貰うと一緒に入室した。
「失礼致します」
「失礼しまーす!」
「あら、ロアさんだけじゃなくて可愛い方も」
そこには何か書き物の仕事をしている若い女性。頭のティアラ、その他装飾品から彼女が王。いや、女王なんだろう。
「エリザベルト王、この度は私の出すお酒をご所望頂きありがとうございます。ですが大変申し訳ない事にこの通り怪我をしてしまいまして、代わりに私の弟子のアルに手伝わせます」
「ロアさん大丈夫なの? 私への事はもういいわ。早くお休みになられて」
「いえ、依頼を受けた以上できる事は行わせていただきます。是非、お出しさせてくださいませ」
「そこまで言うのであれば……」
すっと深呼吸するとロアはシェーカーに王様よりもらったブランデーとベコポンジュースと氷を入れる。それをアルに渡してアルは学んだ通りのシェイクする。それをショートグラスに入れて、バースプーンを使いザクロから作ったグレナデンシロップを注ぐ。
「「お待たせしました! エリザベルト王より賜った焼きワインとノビスの街で取れる食材で作らせていただきました。エリザベルト・サンセットでございます」」
アルとハモるようにそう言って差し出したカクテル。それを見てエリザベルト王は「なんと美しいのかしら……」
ロアは「日の入りの時にお出ししたかったのですが……大変申し訳ございません」と謝罪。「いいのですよ。では早速頂きますね?」エリザベルト王はカクテルを口にして目を瞑る。
「美味しい。こんな美味しいお酒飲んだ事ありません」
「それは良かったです」
「アル、貴方もありがとう」
「えへへ、王様に褒められちゃった」
「でも貴方はもう遅いのでお家に帰りなさい。そしてしっかり寝てしっかり育ってくださいね! あなた達、我が国の民。それも子供達は私の何よりも大事な宝なんですから」
確かにもうご飯を食べて寝る準備をする頃合いだ。アルは王様を前にして興奮しているからしっかりしているがそれが切れたら粗相をしてしまうかもしれない。
「アルさん、ジュナさんと一緒に先にお家にお帰りください」
「う、うん。ロアお姉ちゃんは?」
「私は少しエリザベルト王と大人の会話をと」
少し悪戯っぽく言うロアに駄々をこねるわけでもなくアルは去り際に、「ロアお姉ちゃん、ちゃんと帰ってきてね」と念を推される。そんなアルに手を振り、ふぅとため息をついた。
「エリザベルト王、あなた様には私の正体をお伝えしておこうと思います」
「お伺いします」
すぅと息を吸うとロアは何もないところからウィスキーの酒瓶を一本、そしてベルモットを一本、ビターズを一本取り出す。それにエリザベルト王は、
「奇術というわけではないようですね?」
「はい、私はこの世界の人間ではありません。ここではない遠くの、異世界というべきでしょうか? そこでバーメイドに従事しています。これらのお酒を何故私が取り出せるのかも分かりませんが、これらは私の世界のお酒です。エリザベルト王には是非私の世界のお酒を飲んでいただけませんか?」
「是非、でも体の方は大丈夫ですか?」
ロアはエリザベルト王に自分の手を見せる。それを見たエリザベルト王は少しだけ悲しい顔をした。よく見るとロアの体が薄くなっている。
「痛みが先程からなくなってきたと思ったら、どうやら私のこの世界にいられる時間は残り少ないようです。ですので早速作られせて頂きますね」
カクテルグラスとミキシンググラスに水と氷を何もないところから取り出して入れる。少し待ってそれらが冷えるとバケツに水を捨てる。ミキシンググラスにアンゴスチュラビターズを一滴、ジャックダニエルシングルバレルライを50cc、スイートベルモットを25cc。マドラーで軽くステア、最後にレッドチェリー、レモンピールを何もないところから取り出して添える。
「こちら、カクテルの女王と呼ばれたお酒です。マンハッタンと言うのですが、どうぞ」
それを口にしたエリザベルト王ははっとする。やや苦めの中に甘さが広がる。美味しいという言葉しか感想が出てこないのだ。
「ロアさん。私のワガママを聞いていただけるかしら?」
「私にできる事であれば」
「貴女にとってこのノビスの街はどうだったか教えて下さらないかしら?」
「えぇ、時間の許す限りお話しします」
「アルの元へは帰らなくて良いのですか?」
「食堂まで私の時間が持つのか分かりませんので」
エリザベルト王はロアに話を聞く。それは同い年の女子友に話すように、きっと普段こんな風に話せる相手はいないのだろう。ロアは相槌を返し、エリザベルト王の話に付き合う。
「随分話し込んでしまいましたね。そろそろ夜があけるわ。こんなに夜更かしした事、私はなかったんですよ?」
「それはそれは、でもそろそろお休みにならないと、私の時間ももう本当に無いようです。エリザベルト王、次は私のワガママを聞いていただけますか?」
「私にできる事であればなんでも」
ロアは最初アルが作ったカクテルの材料を使い同じカクテル……いやブランデーではなく何もないところから取り出したテキーラ・クルエポを使う。
「おはようございます女王! これがノビスの目覚め、エリザベルト・サンライズです。私のこの世界における最後のカクテルです。あとこれらの道具をアルさんに届けていただけませんか? 私は遠くの場所に行く事になったと二人に伝えていただきたいです。夜が明けましたね。どうやらお別れのようです。エリザベルト王、どうか健やかに。そして私が愛した人達を大事にしてくれてありがとうございます」
「ロアさん、ありがとうと言ってくれてありがとう」
日の出と同じ色をしたカクテルを掲げエリザベルト王はそれを飲み干す。そしてロアを見た時、そこにはもうロアの姿はなかった。
「異世界のバーメイド、ロア。見事でした。私は一生忘れません」
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