第13話 バーメイドと残り時間
王様がノビスの街にやってくる迄、あと三日。これと言って特に娯楽が少ないノビスの街の人々は王様をおもてなしする為に街はお祭り騒ぎ、こればかりはロアも驚きを隠せない。街の人々が進んで行っているのだから幸福度は日本より高いのだろう。ロア自身王様の姿は謁見でも見た事がないが、しっかりと物事を判別できる人柄である事。
国民達から愛されているそんな王様にノビスの街を楽しんでもらう準備は整いつつある。
ミトラの宿に設営したハンモック、そしてその眠りを助けるアロマキャンドル。さらには食事はジュナが振る舞う料理の三段重ね。十分すぎるおもてなしだろう。あの王様ならきっと喜んでくれるハズだ。
「さて、本日の晩に最終チェックをしたら私はショットバーの夜間経営を再スタートしましょうか」
この街はジュナ達の街。新参者の自分はこれ以上は前に出ない。今回の件でみんな成長していくだろうし自分も負けていられないなとグラスを磨きながら思う。
「まだまだ勉強中の私が偉そうなものですね。ふふっ」
本日はジュナがミトラの宿で料理の試作作りに行っているのでサンドイッチのテイクアウトのみ、アルだけでも回せるし、何かあればロアが助けれるのでゆったりとした午後を過ごしている。
「ロアお姉ちゃん! ロアお姉ちゃん!」
アルが騒いでいる。お客さんが沢山来たのだろうか? アルにもゆくゆくはしっかりしてジュナを助けてもらわないといけないなと苦笑しながら、
「どうしましたかアルさん?」
「お城の人がやってきたの」
「はぁ……代わりましょう」
そこにはあの大臣とお付きの兵、そして今ノビスの街の守衛をしているサクヤの姿もあった。ロアはクローズしている店内だが、店に通して話を聞く。
「すみません。オーナーのジュナさんは本日ご用で出かけています」
「あ、いや! 本日はロアさんに用があって大臣がいらしたんだ」
「いつぞやは迷惑をかけたな」
「いえいえ、公正な判断感謝いたします」
判断を下したのは王様だったが、この大臣もしっかりと役目をこなしてくれたと心からの言葉に大臣は笑う。
「本日来たのは他でもない。我がエリザベルト王にロア殿、貴殿の珍しい酒をまた振る舞ってほしい」
「はぁ、それは構いませんがそういうの王様嫌がりませんか?」
今回の視察も民の暮らしを確認する為の仕事だと聞いている。王様は忖度のようなものを嫌うみたいなのであまり乗り気ではなかったロアに、
「よく分かっているな。が、今回エリザベルト王はできればロア殿の酒をもう一度飲んでみたいと女中に口にしたらしく、普段中々ワガママを言われない王に是非とも……どうかこの通りだ」
大臣、兵、そしてサクヤまでもがロアにひれ伏す様に頭を下げる。それにはロアも困ってしまい皆の身体を起こす。
「皆さん、頭を上げてください。お話は分かりました。私としても非常に力を振るえるお仕事だと思います。何かとびっきりの王様を喜ばせる事のできるお酒を用意してみせます!」
どんと胸を叩いてロアは彼らに言うので安堵したように大臣達は城に帰り、サクヤだけがお店に残る。
「ロアさん、無理言ってすみません」
「いえいえ、私にとっては私の領分であり最高のお仕事です。これから何をお出しするかワクワクしているくらいです」
トンとカクテルに使う道具を並べ、どうしたものかと考える。あと三日。そして使える材料も限られている。いや、不思議な力を使えばどんなお酒でも出せるだろう……だがそれは、ジュナ達に対してフェアじゃない。
「アルさん、サンドイッチの販売が終了しましたら少し私とデートしませんか?」
「えっ? 俺じゃなくて……」
そこにサクヤもいる事を思い出してクスりと笑うロアは「もし、宜しければサクヤさんも」とお昼ご飯を外で食べにいく。支払いはサクヤがしてくれるのでお礼を言って好意に甘えるロアとアル。
お菓子、珍味、果物、野菜。普段食堂で出す材料以外にも色々とある物だなとロアはまだまだこの街について知らない事だらけだなと思う。
「よぉし! アル、あの輪投げの商品のボールを取ってやるからな! 取れたら友達連れて森にでも遊びにいくんだぞ!」
「えぇ、やだー! ロアお姉ちゃんと一緒にいたい!」
「俺だってロアさんと二人っきりでデートしたいんだー!」
そんな二人に笑いながらロアはふと面白い物を見つけた。街の中にあるベンチに座って犬耳の親子が啜っている物。紛れもない、それはザクロ。
「あのすみません」
「なんだい? あー、確かジュナとアルの所のロアさん!」
「あーはい、いつでもお待ちしております。ところでそのザクロは何処で?」
「これザクロって言うのかい? 木の実って私も街の人も言ってたよ。森より少し先の木に沢山なってるよ! 食べる所が少ないからあんまり人気ない鳥の餌だね」
なんと勿体無いと声に出してしまいそうになったロア、喉元で引っ込めるとすぐ様そこに向かう「アルさん、サクヤさん、お二人で遊んでてください! 私は用事ができました!」
「えっ、ちょっと! ロアさん!」
「お姉ちゃん僕もいくー!」
結局三人で森の先に向かうとそこに背の高い木々がちらほらと……そして驚くことにザクロの実がたんまりとなっている。
「これは凄い! 圧巻ですね!」
「ロアお姉ちゃんあの木の実欲しいの? 食べる所全然ないよー!」
「そうだな俺も口が寂しくてお金がない時に自分も母親に取ってもらったくらいの記憶しかないないですねぇ」
アルとサクヤは不思議そうにしているが、ロアはザクロを見つけた時点で王様に出すお酒が決まっていた。少し嬉しさを隠せない表情で、
「これは凄い物ですよ! できる限り沢山持って帰りたいので手伝ってくれますか?」
ザクロの実を集めている時、背の高いサクヤが沢山実を集めているのを見て、嫉妬したアルは木に登りはじめたのでロアはアルを注意した。
「アルさん危ないですよ! 降りてきてください!」
「大丈夫だよお姉ちゃん! ほら、こんなに一杯」
どんどんと高い所にまで登っていくアル。10メートル以上は登ってしまったアル。この高さは危ない。さすがにサクヤもロアの声を聞いて、
「おい、アル。無茶するんじゃない! 降りて来い! 危ないぞ、そんな所から落ちたら大怪我しちまう」
下手すれば命を奪う高さだ。それを聞いたアルは突然足がすくんでしまう。
「こ、怖いよ。降りられない……」
「すぐ行くから待ってろ!」
サクヤが木に登ろうとしてそれをロアは止めた。今サクヤがこの木に登るとアルを助ける前に折れてしまうかもしれない。ここはサクヤよりも軽い、
「サクヤさん、私が行きます。ですので下でフォローをお願いします」
木登りなんか子供の頃に田舎で一回したかどうかだ、正直怖くないかといえば怖い。だが、自分が怖がったらアルがもっと怖がってしまう。どんな時も微笑でいる事を師匠に言われ続けてきた。師匠、元気かな。あの東京の場末のバーでまだ店を開いているんだろうか? 仕事や学ぶことが忙しすぎて顔を出していなかったなとそんな事を思っているとアルが目の前に、
「ロアお姉ちゃぁん!」
「大丈夫ですよ。アルさん、よく頑張りましたね? さぁ、私の身体を伝ってゆっくりと降りてください。下にはサクヤさんもいますので、怖くないです」
「うん!」
アルがサクヤの元まで降りるのを確認すると、緊張の糸が溶けた。さぁ、ちょっと怖いけど次は自分の番だ。
ボキり。そんな音が響いた。
嗚呼、これはダメだなと……
「犬神さん! 犬神さん! 意識はありますか?」
ここは何処だ? 目の前には看護師。身体中が動かない。自分は病院にいるらしい。意識はあるかと聞かれたのでロアは頷いてみせる。
「良かったです。もう1週間も眠っていたんですよ」
そうか、ジュナとアルとの出会いはやはり夢だったのか、リアルな夢だった。お別れも無しにというのは少し寂しい気もするなとロアは思う。自分は車に轢かれて意識不明の重体だったのだろう。しばらく、看護師の話を聞いていた。そこまで外傷は酷くないらしい。元気になれば職場復帰はできるようだ。良かった……
ただ一つ名残があるとすれば、王様に所望されていたお酒の依頼……いや、あれは夢の中の出来事で、気にする必要はないハズだ。
そんな事を思っていると疲れて再び眠ってしまったらしい。
「ロアさん!」
「ロアお姉ちゃん!」
目を開ける。そこにはジュナとアル。これは夢なんだろうか……
「ジュナさん、アルさん。うっ、いたた」
「腕折れてますので、動かないで! お医者様は数か月は添え木をして安静にという事なので」
「ふむ……この痛み、本来であれば目覚めてもいいハズですが……夢と仮定していましたが少し違うようですね」
ロアが何を言っているのかという顔をしているのでコホンと咳払いし、ロアは今が何日か話を聞く。
「ところで今はいつでしょうか? もしかして王様はもう来られてしまいましたか?」
「王様が来るのは明日ですけど、ロアさんのその状態じゃお酒は作れませんから安静にしててください。王様には私達やサクヤさんが謝罪致しますので」
ふむ、そういうわけにはいかない。ロアは身体を確認する。足は動く。利き腕は折れているらしい。左腕は動く。他に身体が痛むところはない。結果ロアは起き上がった。
「いえ、王様の為のお酒の準備をしましょう」
「そんな身体でダメですよ!」
「ロアお姉ちゃんごめんなさい……」
アルを見てロアは微笑む。
「本当にアルさんが大怪我していたらどうするんですか? めっ! ですよ。ではそんなアルさんにお手伝いして頂きましょうか? あのザクロは?」
採取したザクロは手つかずで置いてある。時間がない。ロアは二人にザクロを全て実だけにして貰う。ざくろの実とベコポン果汁と蜂蜜を用意してもらう。それを鍋の中にいれて弱火で煮詰める。その際灰汁を取り水分を飛ばし過ぎない状態で冷ます。濾し布を使って種や余計な物を濾していく。小さな瓶に二杯分それが取れたので、ロアはアルの頭を撫でてからこう言った。
「時間がありませんのでアルさんには、私の代わりに王様へのカクテルを作っていただきます」
「王様が来るまで時間はないですけど、アルじゃなくてそれなら私が……」
「ジュナさんはお料理に専念してください。アルさん、やってくれますか?」
「……うん! 僕、ロアお姉ちゃんの代わりに王様にお酒作るよ!」
「ありがとうございます」
ロアの中で確信めいた物があった。時間がないと言ったのは明日王様が来る事だけじゃない。多分、自分がジュナとアル達の前にいられる残り時間はもう後僅かなんじゃないかとそう思っていたのだ。
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