第11話 バーメイドと頑固親父

 第一声で追い出されてしまった。厳格そうな狸の獣人の老男性。中々一筋縄では行きそうにない。ミトラは負けじと、

 

「蝋燭屋のおじい! 王様をおもてなしするのに必要なの! 力を貸してよ! このロアさん凄いんだから! ジュナとアルの食堂に来てた悪い金貸しをとっちめて、隣町で変な病気に苦しんでた人を助けて、それに今回私の宿の」

「知った事かぁ! ミトラ、お前じゃ話になんねぇ! 親父の方を連れて出直してきな! それにそっちの若いのも女じゃねぇか! 女と仕事の話ができるか!」

「な! なんだとー!」

 

 成程、いい意味で古き良き職人気質の人だなとロアは思う。そして日本でこれを言えばすぐさまSNSで拡散されるんだろうなと思ったロアは、ミトラを見て、

 

「ミトラさん、落ち着いて一旦出直しましょう」

「で、でも」

「お仕事中に大変ご迷惑をおかけしました」

「フン、ミトラと違ってそっちのロアとかいうのはちったぁ物分かりがいいじゃねぇか」

「ありがとうございます。失礼いたします」

 

 さてどうしたものかと……なら先に出来る事をしようかとロアはミトラに提案した。

 

「ミトラさん、お花でも摘みに行きましょうか?」

「えぇ! 諦めないでくださいよぅ!」

「まぁ、とにかく一緒に来てください」

 

 渋々、嫌々という風な感じでミトラを連れて近くの森にやってくる。果物採取をしている人やのんびり日向ぼっこをしている子供達。そんな所で珍しい見た目に珍しい格好のロアが草花の香りを楽しんでお花を摘んでいるともちろん集まってくる。

 

「お姉ちゃん達何してるの?」

「あのね。お姉ちゃん達、お仕事で……」

「ミトラさん、ここはここにいる皆さんに教わりましょうか? 皆さん、私達はいい匂いがするお花や草を探しているんですが、中々見つからなくて、どうしたものか……」

 

 自分の頭をコツンと叩いてロアは大袈裟に困ったなぁという表情と仕草を見せる。すると、

 

「「私たちが手伝ってあげる!」」

 

 こんな事している場合じゃないのにというミトラと違いロアは子供達の話をしっかりと聞いて相槌を返していく。

 

「このお花、すごく美味しい蜜が出るんだよ!」

「おや本当ですね! とても美味しいです」

 

 あれよあれよと時間は過ぎて行き、夕方頃には両手に持ちきれないくらいの草花をお土産に一緒に子供達とノビスの街に帰るロアとミトラ。電灯がないと暗くなるのは早い。すると狐耳の女の子が大きな蝋燭を取り出してそれにカチカチと蝋燭の上に削った枯れ木を近づけて火打石の火花を飛ばす。

 

「おぉ! ケリィさんお上手ですねぇ!」

 

 素直にロアは凄いなと声を出したところ、狐耳の少女は愛らしい笑顔をロアに向けると「おじいちゃんに貰ったの! これ、おじいちゃんが作ったのよ!」

 

 ほぉ、とロアがいい事に気づくと同時にミトラもまさかという顔をする。微笑のロアは「それはそれは大変素晴らしい蝋燭です。ではその灯と共に」

 

 ノビスの街にたどり着くと一人、また一人と「お姉ちゃん達またね!」と子供達は家路に帰っていく。ロアは狐耳の少女ケリィの家まで送っていくというのでミトラもついて来ようとしたが、

 

「ミトラさん、そろそろ夕方のお客様のご対応があるのでは? あとは私にお任せを!」

「えっと……はい」

「これら草花と果実をお持ち帰りいただけますか? 後ほど取りに行きます」

 

 荷物を押し付けられたミトラは確かに仕事があるので渋々宿の方へと帰っていく。ケリィと手を繋いでロアはやはりというべきか蝋燭屋また戻るとそこにはあの頑固な男性が待っていた。

 

「おぉ、ケリィおかえり! お腹空いただろう? お、アンタはさっきの」

「森に草花を採取しに行った時、偶然ケリィさんや他のお子様達と出逢いまして遊んでいただきました。暗くなりましたので、お節介ながら皆様をお家までお送りしておりました」

 

 ケリィがいる建前で遊んであげたではなく遊んでもらったという表現を使うロアに「そうか、そりゃありがとうよ」と答えるのでロアはすかさず。

 

「しかしこの蝋燭、大きくて火が強く明るいですね。二、三本買わせていただけませんか?」

「……見て行きな。俺はバニングってんだ」

 

 そこで蝋燭を数本見繕い購入、ロアはそこで「バニングさん、よければ本日私のお店……ではなくジュナさんとアルさんのお店に飲みにきませんか? サービスしますよ」

「あぁ、考えとくよ」

「是非、お待ちしております」

 

 その後足早にミトラの宿に採取した草花や果実をとりに行きそのままジュナとアルの店に戻る。アルが飛びついてきて一日ぶりに一緒に夕食を食べる。その時にジュナより食材ロスの報告を受け大分改善されている事に微笑む。

 

「本日、これからもう一仕事お店でお酒を出しますので、お二人はお先にお休みくださいね」

「はーい!」

「あまり働き過ぎないでくださいね!」

 

 あとはバニングが来るのを待つだけ。その間に準備を進める。さぁ、きてくれるだろうか、いやきてくれるなとロアは確信していると……

 

「ここがアンタの店かい?」

「いらっしゃいませバニング様。どうぞおかけください」

 

 あたりを見渡して自分しか客がいない事にバニングは鼻で笑う。

 

「客が俺だけとは腕が知れるな?」

「フフッ、本日はバニング様をお呼びしましたので貸切にさせていただきました。バニング様は普段何をお飲みになりますか?」

「ワインだよブドウの赤だ」

 

 ふむとロアはノビスの街で売られているブドウのワインをコップ一杯用意する。恐らくバニングが普段飲んでいるであろうワイン。

 

「ではこちらをどうぞ」

「……あぁ」

 

 ゴクりとハウスワインを飲むバニングにロアは尋ねる。

 

「お味の方は?」

「普通だ。どこでも飲める酒だな。アンタも大した事ないね。こんなもんか、酒場で女主人なんてやるもんじゃない」

「これは大変失礼致しました。もう一杯私からご馳走させていただけませんか? もちろんお代は頂きません」

「勝手にしな」

 

 ロアは大きな瓶を取り出す。そこにはワインと果物がたくさん入っている。そして先ほどバニングのお店で買った蝋燭に火をつけ、ロアはその蝋燭に一滴何かをかける。

 ふわりといい香りが店内に漂う。

 

 氷を取り出すと、コップにそれを入れ、果物を漬け込んだワインを注ぐ。見た事のない酒を前にバニングただ見つめてこう尋ねた。

 

「何でぇこれは?」

「こちらは、サングリアというワインの漬け込み酒です」

「こんなけったいな酒が飲めるか!」

「お孫様のケリィ様も一緒に集めてくださった果物ですので、どうかそう言わずに一口だけでも」

「ぐっ……」

 

 これを飲まないとなると可愛い孫の頑張りを無碍にするような物。静かに「一口だけだからな」と口につけてバニングは目を丸くする。

 

「うめぇ! なんだこのワイン。どこの高級品を持ってきやがった?」

「ワイン自体は先ほどバニングさんがお飲みになられた同じ物です。各種良い品質の果物と味付けのスパイスの技量でここまで変わります」

「……そうかい、たまげたよ。あんた大した奴だ。さっきの言葉は撤回する」

「恐縮です」

 

 微笑でバニングの相手をするロアは先ほどアロマオイルを垂らした蝋燭を持ってくる。

 

「こちらはバニング様がお作りになられた蝋燭です。それにまだ試作ですが私が作ったオイルを使わせていただきました。空間を穏やかにするアロマキャンドルという物です。こちらはそのお酒の逆です」

「逆?」

「はい、私が作った素人のアロマオイルでもバニング様のお作りになられた最高の蝋燭であればこれほどまでに良いものが作れます。古き良き物も新しき良き物も実際のところそこまでの差はないのではないでしょうか? 私はバニング様にどうしてもアロマキャンドル作りのお力を貸していただきたいと思っております。私も貴方と同じで頑固な職人ですから」

 

 ロアとバニングが見つめ合う。そしてバニングはサングリアをゴクリと飲んでこう返した。

 

「断る。そのアロマなんとかってのは俺じゃなくて、もう一人の孫娘。ケリィの姉で俺に弟子入りしてるカティに作らせる。宿屋が二代目出してこっちが二代目出さねぇのは負けたみてぇだろ? それにさっきもアンタ達を追い返して随分怒られちまったしな。いいものができたらウチでも置いてやる。おいしかったよミストレス・ロア」

 

 そう言って2杯分の支払いをしていくバニング。

 

「バニング様、サングリアの方は……」

「自信があるなら客から金を取れ、お前さんさては二代目だな? まぁ、頑張んな! 王様、驚かしてやろうぜ」

 

 ククッと笑って店を出ていくバニング。二代目かと言われると確かに師匠はいる。師匠の二代目であると言える程自分はまだ技量も知識も遥かに足りないとは思うが、嫌な気持ちはしない。この世界に来て随分自分は教わることが多い、そして世界は違えどもやはりその道のプロに認められるという事は嬉しい

 

「はい! ありがとうございました! またお待ちしております」

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