第10話 バーメイドと懐かしのハンモック

 ロアがミトラに食堂で話した内容は実に明快な物だった。王様相手に姑息な方法は通用しない。豪華な食べ物やサービスであれば自分達より遥かに知っているだろうし経験済みであるという事。

 そこでロアが考えてみた事、まずはミトラの宿に行き現状の確認。

 

「パンケーキをミトラさんの宿でもお出しされてはいかがと? パンよりも簡単に作れますし何より美味しい。こちらはジュナさんとアルさんの食堂からの提供という形をとりましょうジュナさんには私の方からお話しておきますのでまずは庶民でも食べれて尚且つリピートしたくなるパンケーキでお食事を楽しんでいただきます」

 

 律儀にメモを取り出してこれからの宿の食事について記載するミトラ。


「次ですがベットを見せてもらえますか?」

「はい」


 冒険者が寝るだけに使う。というわりにはそんなに質の悪い寝具じゃない。木製のフレームもしっかりしていてマットレスも硬めだが悪くない。十分客室としての機能を持っている。王様に宿泊してもらう部屋は窓の外が見える見晴らしのいい広い部屋。恐らくミトラの宿において最も格式の高い部屋に違いない。


「いいお部屋ですね。私の本来の部屋よりも部屋らしいです」


 ロアの部屋はカクテルに関わる書籍とお酒、カクテル道具を置く事を念頭に置かれ、ベットすら置いていない。


「ロアさんのお部屋がですか?」

「えぇ、ベットもありませんよ」

「ど、どうやって寝るんですか?」


 まさか地べたにとか思った時、ロアはクスりと微笑む。そんなロアに見つめられてミトラは心音が高鳴る。ロアは笑い話のようにミトラに、


「私は折り畳み式のハンモックで寝ているんです」

「ハンモックってなんですか?」


 成程、このあたりの文化圏はハンモックを知らないのか、あるいは存在しないのかロアは紙と炭の筆で簡単にイラストを描いてみた。赤ちゃんを抱っこする為の袋のようなそれ。


「気持ちよさそうですね!」

「えぇ、なんなら椅子にもなりますし私としてはおススメです」

「ネロさん、これって……」

「作れなくはないと思いますよ。但し一人部屋試作をに置いてみて使用感と安全性を私達で確認した後、滞在された方にも使って頂き生の声を聞いてみてから王様にご利用頂くか考えましょうね?」


 なんでも見切り発信はよくない。そうなると、あとはハンモック作りとなるのだが、折り畳み式にする為には理論をネロが伝え、職人にそれを作ってもらう必要がある。ベットフレームを見る限り、伝えれば作ってはくれるだろうが……一点もの。一体いくら取られるのか……やや心配だったが……


「はぁ、面白いね。材料費抜きで銀貨二十枚は貰いたいけどいいかい?」


 職人に簡単な設計図をネロが見せた後の回答。

 日本円にして2万円程。それに対してミトラとネロの反応は違う。


「やっぱり高いですね」

「安っ!」


 えっ? という顔で見る木材加工職人のおじさん、熊の耳をしているだけあり身の丈も大きい。そしてロアが作って欲しいと頼んだ物はストッパーを入れる事で最大まで開くとハンモック、半分の状態でロックをかけると椅子になるその仕様に完成品を見て木材加工職人のおじさんは実に驚く。


「こりゃ凄い。こんな面白い仕掛け見た事ないぞ。あんた名のある建築士かそこで学んだ学士さんかい?」

「いえ、夜の酒場で給仕をしていますバーメイドです」

「はーん、大層な名前だな。だが酒はワシも目が無い。今度飲ませてくれ」

「是非、お待ちしております」


 試作品の折りたたみハンモックセットを二台ミトラの宿に運び込む。個室予約は余程の高ランク冒険者でもない限り利用される事はないので、本日一日、ロアとミトラはハンモックの使用感チェック、そしてロアの方は……


「ロアさん! 何やってるんですか? そんな力を入れて押したら壊れちゃいますよ!」

「あぁ、いえ。強度チェックです。あらゆる方面からの力にどれだけ耐えられるのか、お客様や王様が落ちて怪我でもしたら大変ですからね」

 

 ロアは乗って見て飛び跳ねたり様々なチェックを行う。これはホテルのバー時代の常連のお客様が北米系の家具メーカーの重役の人で、材質や強度チェックの話をお酒が回った勢いでロアに教えてくれた時の事を参考にしている。


「ミトラさん、この試作品は壊してしまうつもりでいきましょう」

「えぇ! 銀貨20枚もするんですよ」

「はい、銀貨20枚しかしませんので」


 金銭感覚の違いにミトラは開いた口が塞がらないが、ロアはミトラにもっとより良い物そして壊れない物を置いた方が将来的に考えても安くつく事を説明する。王様のお墨付きをもらえれば商売は繁盛するし、ここは手を抜いてはいけない部分だと力説する。


「ひゃー、ロアさん本当に何でも知ってるんですね?」

「何でもではありませんが私も客商売を生業にしていますから、考え方は近いかもしれませんね。アブサンというお酒があるのですが、とても美味しいのですが私の師匠がお店には置かないようにしていたので私もそれに倣っています。麻薬成分が僅かに入っていると言われており、どれだけ低い確率でもお客様に被害を与えてしまうような物は排除するように口を酸っぱくして言われた物です。もちろんお客様が何を欲しているかに関しては常にアンテナを張り巡らす事も大事ですよ!」

「アンテナ……って何ですか?」

「これは失礼、そうですね。気配り、目配り、心配りです。ではこちらのハンモックを使って本日は休みましょうか?」


 それならとミトラは木製のジョッキを二つ持ってきた。それはブクブクと甘い香りがするお酒。エールらしい。


「香りと味は……バナナエールでしょうか?」

「ロアさんの地域ではそう言うんですね? ラバナのお酒です」

「これは実に美味しいです。そして、割と度数が高いですね。これはよく眠れそうです」


 二人は木製のジョッキを合わせてそれを一杯飲み干すと、顔を洗ってハンモックで横になった。ミトラからすれば初めての体験、自分の体重をやさしく受け止めてくれるその寝心地にすぐに夢の世界へ、ロアは懐かしい寝心地の中考えていた。あと一つ、王様に楽しんでもらう方法が何かないか? ジュナもアルもきっと手伝ってくれるだろうしサクヤだって……そんな事を考えて半分夢の世界に入りそうだったので蝋燭の火をフッと息で消そうとして……


「蝋燭ですか、これいいですね」


 ロアはしばらく、微睡の中蝋燭の火を見つめてそっと息を吹きかけた。


 そして翌日、手を挙げて伸びをする。水差しの水で口を濯いでからゆっくりと冷たい水を飲んで目を覚ましていく。身体中気分がいい。ジュナとアルにもこのハンモックを作ってあげたいなと満足の出来だ。

 そしてそれはミトラも同じだったらしく、ロアの部屋にバタンと入ってくる。


「ロアさん、ロアさん、ロアさーん! すっごいです!! あのハンモック、気持ちよくて」

「はい、ロアです。落ち着いて、このお水を飲んで、深呼吸。1、2。私も同じ感想です。何なら私の部屋に置いている物よりも質感もよく素晴らしい出来です。強度にも問題がないのでこの二台はしばらく宿泊客に貸し出ししましょう。いくつか変更を加えていただきたい点は木細工職人のおじさんに依頼して本番用を待ちましょう」


 最高の快眠を届けることができるハンモックの完成、そしてパンケーキという食事。これなら王様も満足してくれるだろうと思った時、ロアはミトラに蝋燭を持ってきて質問した。


「本日はこの蝋燭を作っている方に会いに行きたいのですがご案内いただけますか?」

「蝋燭ですか?」

「はい。王様に最高の安らぎを感じていただくのに、もう一味つけましょう」


 ロアの考えはアロマキャンドル。そしてこれは自分の店、もといジュナとアルのお店でも十分役に立つと考えた。蝋燭さえあればロアでも作れなくはないが、できればこれもこの世界の職人と協力してしっかりした物を作りたい。


「分かりました朝ごはんを宿泊しているお客様にお出しした後に、どうぞロアさんも食べていってください」

「ありがとうございます」


 簡素な食事。だが、パンが二つもついていてボリューは凄い。蒸した芋と野菜、そして蜂蜜に香辛料を溶かした塗り物。そしてお茶。ロアは全部食べれそうにないのでパンは一つお昼ご飯にいただく事にして包んで小さなトートバックにしまった。。


 中々の盛況であるミトラの宿。ミトラの両親は母親がベットメイク、父親が料理、掃除はミトラと従業員というところか、そして本来ミトラの父か母がロアとこうして王様の為のおもてなしを考えるのだろうが……


「二代目育成ですかね」


 ふふっと笑いながらあちこちと仕事をこなすミトラを見て微笑ましく思った。結局、お昼を少し過ぎた頃にミトラの暇はできてお昼ご飯も食べていって欲しいと言われたがロアは先ほどのパンを見せて


「こちらで十分です。このパンはとても美味しいです。ミトラさんの準備がよければ行きましょう」


 チェックアウトのお客さんがいなくなると宿は少し暇になる。次は夕方からのチェックインのお客さん待だ。この間に買い物や準備を済ませて休憩を取るんだろう。途中でお使いに来ていたアルと偶然出会う。


「ロアお姉ちゃん!」

「アルさん、お使いですか? 偉いですね」


 アルの頭を撫でるとくすぐったそうに笑うアル。そしてアルから嬉しい報告。


「ロアお姉ちゃんの作ってくれたパンケーキとサンドイッチ凄い売れてお姉ちゃん大変! 僕早く戻らなきゃ! 今日は……帰ってきてね?」

「はい! 何か美味しいものを持って帰りますね」


 指を咥えてそういうアルはたちまち嬉しそうに微笑んだ。ロアも嬉しい気持ちでミトラと蝋燭職人のいる店に向かい。そこでロアは蝋燭に草花や果物の香りをつけた蝋燭を作りたい旨を伝えたところ。


「そんな変なもんが作れるか! 帰ってくれぇえええ!」

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