女王に捧げる1杯

第9話 バーメイドと新メニュー

「ホットケーキ……ですか?」

「はい、パンケーキとも言うのですが、パンと別で食堂で出してみてはと思うのですが、私で良ければ試作品をお作りしますよ」

「ロアさん、是非お願いします!」

「畏まりました」


 ジュナの作る料理は美味しい。これだけ限られた材料でしっかりと顧客を掴んでいるのがその証拠だろう。それ故に少し楽になりそうなメニューを考えてみた。パンより時間がかからずに作れるホットケーキ。


「材料は簡単です。小麦粉とミルクと卵です。お砂糖は高価なので、ここは甘い蜜の出るお花を使いましょう。卵黄と卵白を別々に分けます。卵白に蜜を入れて泡立てます」

「わぁあ! 綺麗」

「凄い! なんでそうなるの?」

「ふふっ、メレンゲ菓子という物もありますので今度はそれもお作りますね。そして次は卵黄とミルクを混ぜ合わせます。そして先ほどの泡立てた卵白と合わせ小麦粉を入れていきます。そこまでしっかり混ぜなくてもいいです。そしてこちらを油を引いたお鍋の底で焼きます」


 ふっくらとしたホットケーキというわけじゃないが、しっかり食べ応えのある甘みを抑えたホットケーキが完成。これにベコポンで作ったマーマレードや蜂蜜を合わせて試作の一皿を二人に差し出す。


「どうぞお召し上がりください」


 二人は食べる前からそれが美味しいという事を薄々理解しながら一口サイズに切り分けてパクりと食べる。


「んんっ! 美味しい」

「僕、これだーいすき!」

「オヤツにも食事にもいいですし、なによりパンより作るのに時間がかかりません。そこでもう一つご提案なのですが、パンを使ってサンドイッチを販売されてはいかがでしょうか?」


 食堂にある材料で簡単なクラブサンドを作って見せた。野菜サンドに川魚のフライサンド。どちらにも卵とベコポンの汁を使ったマヨネーズで味付けしてある。


「材料を揃えずとも今ある食材でもバリエーションを広げる事はできます。そして売り上げが伸びてきたら少しずつ材料を増やしてレシピも同じく増やしていきましょう。あと欲を言えば少し設備の増強も図りたいですね」


 ロアの話を聞いてジュナもアルも驚きつつもそのようにしていくのが一番だと分かる。しかしロアと二人とでは考えている将来性が違う。ジュナとアルはこのまま三人でずっと一緒にいられると思っているのだが、ロアはいつ自分がいなくなってもいいようにできる限り自分が伝えられる事は伝えてあげようと思っていた。だから、むやみやたらに不思議な力は使わない事にしている。


「あと、ジュナさん。この味に近い物を出せるように頑張ってほしいのですが」


 すっと差し出したスープ。具材はなにも入っていない。ホットカクテルで使うビーフブイヨンのスープ。これをこのまま店で出すような事はさすがにまずい。この世界水準で言えば固形スープの素は技術特異点のレベルだ。


「おいしい……こんなスープ飲んだ事ないです」

「僕も僕もー!」


 アルもスープを欲しがりそれを飲んだ時、目を丸くした。今まで食べた事のない味わいだろう。そんな反応が少しおかしくてロアも自然に笑みがこぼれる。妹や弟がいたらこんな感じなのだろうかと、


「これを私が作るんですか? とてもじゃないですけど……」

「同じ物は難しいと思います。ですが、きっとジュナさんならできますよ。私もお手伝いしますので頑張りましょうね」

「はい!」


 食堂は陽が沈む頃まで営業し、それから数時間はロアのショットバーという経営方針が決まったのでロアもここに来るお客さんにどんなお酒とオツマミを出そうかと本日は考えようかと思った矢先、開店前の食堂に来訪者。


「ロアさんいますかー?」

「おや、この声は」


 この前のお金の取り立ての件で助けてくれた王国の騎士・サクヤ。長い長髪の黒髪を後ろでくくって今日は甲冑ではない普段着のようだ。


「サクサ様、いらっしゃいませ!」

「いらっしゃい!」

「アルとジュナ、元気そうでなによりだ!」

「サクヤさん。その節はありがとうございました。本日はどのような御用でしょうか? もしよければ試食会をしていますのでいかがでしょう?」

「おぉ、それはいいですね。本日はロアさんをデートにお誘いに」

「ふふっ、面白いご冗談ですね」


 あららとサクヤは実際その気半分で誘ったつもりだが、確かに本日は挨拶に来たのだった。その挨拶というのは、


「この街の警備を俺の騎士団が任命されたんだ。だから、これからこの街に滞在するからちょくちょく食べにくるのでそのご挨拶です」


 本来平民であるアルやジュナより位の高い騎士であるサクヤがわざわざ挨拶にくる事はないのだが、少し変わり者なんだなとロアは頷き、美味しそうにサンドイッチやホットケーキを食べている姿を見てクスりと笑った。


「宜しければお酒もいかがですか? 夜に私もお二人の許可を頂きショットバーを経営する事にしましたので」

「それは光栄だ! 是非いただきます」


 お店で出すべきかいまだに考えているスピリッツ。そんな中でもウィスキーを何もないところから一本取り出すとやはり何もないところからロックグラスを取り出しそこにまあるい氷が生成されていく。


「どうぞ、メイカーズマークというお酒です。非常にきついので舐めるように口にしてください。一口飲むことに、こちらお水を飲んでいただくとなお良いかと」


 言われた通りサクヤはゆっくりと舐め「はぁー、熱い酒だ」すかさず水を飲み、何度か繰り返すとバーボンの飲み方が分かったようで、時折試作のサンドイッチなどを摘みながら楽しんでいる。


「いやー、ご馳走になりました。これから宜しくお願いしますね! 俺がこの街に逗留するからには変な輩はみんなとっちめてやるんでお任せを」

「それは心強い」

「そんなそんな! はっはっは! それにしてもお酒も食べ物もどれも美味しかったですよ!」


 ロアにいいところを見せたサクヤはご満悦。第三者が食べてもサンドイッチもホットケーキも十分客寄せできる事を知ったロアは、本日から食事の際に四分の一くらいに切ったホットケーキをサービスで出してみる事を提案した。好評なら明日からでもパンかホットケーキかを選べるようにして、持ち帰りのサンドイッチも提供していく。

 全ては食材の残量を減らす為、残った物を三食に食べるにしても残りすぎると消費しきれない。ロアの理想とする環境は……


「極力残り物を食事にしないようにしていきましょう。残量を0にするというのは難しいですが、どれだけ美味しい食べ物も誰かの口に入らなければゴミになりますからね」


 ロアは食堂が閉まってからの数時間、バータイムとして食堂を借りる事になるのでそろそろそちらの準備にと思うとまたしても来訪者。


「すみません! 開けてください!」


 なんだろう? と三人が顔を合わすのでジュナが出ようとするところ、ロアが出ると言って表に出たところ、ジュナと同い年くらいの少女がロアをみるや否や。


「ロアさん助けてください!」


 少女の悲痛な叫び。これは穏やかではないとロアはとりあえず中に入るように伝え、先ほどの試作で作ったスープとパンケーキを少女に出した。


「とりあえずこれを食べて落ち着いてください。当店の試作メニューです」


 恐る恐るそれらに口をつけていた少女だが、表情が段々と緩やかに変わる。そんな少女を見てロアは優しく微笑むので少女はフォークを咥えたまま赤面する。


「美味しいですか?」

「はい、おいしいです!」

「それは良かったです。早ければ明日から当店で出す事になりますのでまたごひいきに。ところで御用は何でしょうか?」


 少女は話し出した。彼女の名前はミトラ。ミトラの家は宿を経営していると言う。もちろん冒険者等の旅人を泊める為の宿であり貴族、王族が使うような洒落た設備があるわけじゃない。そんな折、王様が近隣の街や村を直々に視察に来る事になり、当日の滞在をミトラの宿に決めたという。王様も民草の気持ちを味わいたいと無駄な接待等は不要と言ってたのでミトラの家族は安堵していたが、後に大臣の一人がやってきてこう言った。


「王様がノビスの街に来て良かったと思える事を何か考えて行って欲しい」


 無茶だと思ったが、当日は王様の誕生日なのだというのだ。本来お城で盛大なパーティーでも行ってそうなイメージだったが、中々見どころがある王様だなとロアは思った。


「普段は冒険者の方々を相手にしたお腹が一杯になってできる限り安い食事やただ寝るだけの粗末なベットしかないんです……ロアさんはジェナとアルを助けてくれたし……王様にも一目置かれているって聞いていましたので」


 過分な評価だなとバーメイドでしかない自分に出来る事は限られている。自分の力を思う存分に奮ってその時限り満足させる事はできるかもしれないが、王様はそういう忖度のある接待を好まないようにも思える。しかし、あの大臣はそうでもないかと頷く。


「王様が来られるのはいつですか?」

「二週間後です」

「分かりました。少し考えてみます。ミトラさん本日の夜にもう一度来て頂けますか?」

「はい! お願いします」


 とは言ったもののなんの勝算もない。

 ロアは1日ジュナとアルのお店を手伝って残った材料の量を記載する。

 食堂が閉店するとその後にロアのバーとして数時間経営の開始。キャラバンから買ったウォッカとこの前作ったお酒をベースにカクテルを出そうと思っているのだが……


「まずは数日振りですから練習しますか」


 想像し目を開くとそこには普段よく使っているジンのボトル。バースプーン、一かけのライム、氷の塊、トニックウォーター、そしてグラス。


 グラスのふちにライムを塗ると残りを絞りグラスに落とす。アイスを積み上げてジンを注ぐ。最後にトニックウォーターを氷に当てないように静かに注いで氷を持ち上げるように二回ステア。

 どんなもんだろうかと口に付けようとした時、


「こんばんは」

「いらっしゃいませ、ミトラ様」


 お昼とは打って変わっての“様”付け。それにミトラは目を丸くして、


「ロアさん、様付だなんてそんな」

「いえ、今のワタシはこのお店を預かっている主人ですから、ミストレスとお呼びください。本来お出しする物ではないのですが、こちらいかがですか? 私の住んでいる所のお酒でジントニックと言います」

「いただきます。んんっ! これ、凄く美味しいです!」


 本来自分で飲もうと思っていたお酒だけにロアは苦笑する。言葉にはしないが、ミトラはこのお酒を王様に出せればと考えているんだろうなと思う。


「さて、それでは王様のおもてなしを考えましょうか?」

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