第6話 バーメイドとキャラバンの飲み比べ
「それではジュナさん、アルさん。本日はお伝えした通り私用で少し空けますのでお二人もごゆっくりお休みを楽しんでくださいね!」
「はい! ロアさんも気をつけて」
「えぇ! ロアお姉ちゃんいないのぉ?」
「ふふっ、アルさん。何か美味しい物でも買って帰りますので」
やったぁと喜ぶアルを見て微笑むロア。一人っ子なので弟がいればこんな感じなんだろうかと思いながらロアは外に出るとアリィが馬車を待たせて既に店の前に到着していた。
「お待たせしましたアリィさん」
「いえ、少し離れていますので馬車にお乗りください」
「分かりました」
馬車なんて生まれて初めて乗車するなと思いながら、想像より揺れる事に少しばかり新鮮さを感じる。ジュナとアルの店以外では果物の採集に森にいく事はあっても探索すらした事がない。別の地域を見るいい機会だなと外の景色を楽しんでいるロアは、馬車の一行を見つけた。
「アリィさん、アレらはなんでしょう? 行商の方のようですが?」
「あれはキャラバンですね。ノビスの街から私の住むキリリの街に向かっているようです。後ほど彼らが街に到着してから見に行きましょうか? 生活用品が安かったり、見たことのない物が売られていたりしますよ?」
八台の馬車。内最後尾はどうも武装をしている事から自衛能力を持ち合わせているんだろう。馬車の荷台から顔を出した子供たちが手を振るのでアリィもロアも手を振りかえす。
馬車で移動する事4時間程。距離にして30キロ程だろうか? 少し離れた市に移動するくらいの距離。先ほどまでいたノビスの街のような門があり、ここがキリリの街なんだろう。建っている家々や店の雰囲気はノビスの街とは変わらない。
「ノビスの街並みに似てますね?」
「えぇ、どちらもエリザベルト領ですから」
「領主の方ですか?」
「エリザベルト女王をご存知じゃないんですか?」
「少し前にこの地にやってきたので、この辺りの事は何も」
高利貸しの二人の事や、食堂の手伝いでこの世界について調べる事が後手に回っていた為、今知れるだけの情報を集めようとロアはあれこれアリィに質問した。女王による王政、次点で教会が力を持っているらしい。魔法のような稀有な力は存在しないようだ。単純に地球の中世レベルの文化という事になる。
キリリの街の中心部にアリィとアリィの恋人の小さな家はあった。
「ヒータ、ただいま! 誰か来てる」
「お邪魔します」
アリィに続くようにロアも家に入ると、ヒータという恋人が横になっている寝室に誰かがいる。二人が寝室に向かった時、
「この者に憑く邪悪を取り除きたまえ!」
年配の男性が小瓶に入った水を具合の悪そうな青年にふりかけているので、ロアはゆっくりと近づき、その小瓶を手で遮った。
「何をされているのか分かりませんが、おやめください」
「なんだ貴様は! 神聖な解毒の儀式に」
「ロアさん、教会の方ですよ」
「ふむ、そうですか、ですが弱っている方に水をかけるというのは褒められた行いじゃありませんよ?」
ロアと教会の男が睨み合う。もしかするとこの教会の男の言っている事が正しいのかもしれないが、どうもヒータの様子からあまり意味を感じなかった。
「医者か?」
「いいえ、バーメイドです」
「バーメイド? メイドが何用か?」
「ふむ、まずは何かできる事がないかヒータさんの具合を確認しにきました」
そんなロアの言葉を聞いて教会の男は大きな口を開けて笑う。ロアに何が出来るのかと、そして帰る準備をして、アリィに言う。
「メイドには彼の身の回りの面倒を見させるといい、この症状はかなり厄介だ。教会へのお布施として金貨50枚は頂く事になるが安心なさい。必ず悪い物を追い出して見せよう」
「はい……よろしくお願いします」
なるほどなとロアは頷く。これらの文化は地球でも下手すればロアの住む最先端の先進国である日本でも見られる。困った事にこういう文化が根付いているところに常識が通用しない場合がある。
ロアは師匠のバーメイドに教わったことを思い出す。
「相手の言っている事を否定してはいけないでしたか……まずはヒータさんの症状を見せていただきましょうか?」
顔色は悪いが体を起こして笑顔で、
「いらっしゃい。アリィからお話は聞いてます。こんな無理なお願いを聞いてもらってすみません」
「いえいえ、しかし私も医者ではありませんのでどこまでお力になれるか分かりませんが、色々お伺いしてよろしいですか?」
聞きたかった事としてどんな症状があるのか、食後に嘔吐、下痢、体に発疹の症状。酷い時では気絶してしまう時もあるという。一般的にこれらの症状は悪魔がついていると言われ薬では治せないのだと。
「普段食べている物はどちらですか?」
アリィが普段二人が食べているパンとミルク、そして野菜に干し肉とこの世界の一般的な食材が用意される。
「これです。私も同じ物を食べているんですが……最近はヒータはミルクで煮たパン粥が多いです」
「ふむ。では少し調査をさせていただいていいですか?」
調査と言い。干し肉を少量。野菜を少量、パンを指でつまめる程度、ミルクを小さじ一程度。一つ食べて二十分程まつ。
干し肉では何も起きない。
同じく野菜でも同様。
が、パンを食べてしばらくすると冷や汗、一時間程で症状が治まったので次はミルクをそしてミルクも同じ症状が出たので確実ではないがロアは自分の知る一つの結論を出した。
「おそらくパンとミルクのアレルギーではないかと」
「アレルギー?」
「はい、要するに、本来生きる為の食材であるパンとミルクがヒータさんにとっては危険な毒物に近い反応を起こしてるんです。これらを普段の食事から取り除かないといけません。今までヒータさんが食べられていたパン粥はやめてください」
これはアリィには少し酷な提案だったに違いない。今まで彼女がヒータの病気が治るようにと食べさせていた食べ物がヒータの命を削り続けていた。かと言って食事はしなければならない。
「ロアさん、どうすれば?」
「ふむ、少し街を見て回りましょうか?」
あれこれとヒータに合う食べ物を探さなければならないが、この世界の野菜は比較的高い。パンの代わりになる主食としてお米はノビスの街では見なかったし、芋類も同じく主食にできる程出回ってはいない。
そんな時、
「おーい! 先ほどの馬車の二人じゃない?」
ノビスやキリリの人々とは違った服装。どこかジプシーを思わせる服を着た年配の女性。先ほどのキャラバンの人が手を振ってくれたので、
「こんにちは!」
「買い物かい? 私らの商品見てくれよ! いいのが一杯あるから安くしとくよ!」
という事で、二人はキャラバンの商品を見にいく。人気のお店らしく街の人々が珍しい柄のハンカチやスカーフなど衣料品が人気らしい。
ロアが気になったのはハーブの類、これらは森などで皆自ら探しに行けるからか人気がないようだが、一つずつ香りを嗅いでこれらいくらですか?
「そうさね。全部で銀貨30枚ってとこかい? なーんて」
「買います」
「えっ?」
それはアリィが、ロアが何か考えているんだろうと銀貨30枚で野草であるハーブを全て買い占めた。それだけじゃない。ロアは、キャラバンの人々が連れているヤギを指さして、
「そちらのヤギの乳は買えますか?」
「売り物じゃないけど……まぁ、買ってくれるならいくらでも売るさね? なんならこのあと一息ついたら食事だから食べて行きなよ!」
という事でお得意様のロアとアリィは食事にお呼ばれする。そこでロアはまたしても驚く。
「ガレットだ……」
「へぇ、ロアさんの方ではそういうのか? 私らの方じゃソバソって食べ物なんだ」
「アリィさん、これならヒータさんももしかしたら食べられるかもしれません」
「あの、みなさん、ソバソの粉を売ってくれませんか?」
事情を話すとみんなが、ソバソの粉をひと月分、小麦粉と同じ値段で譲ってくれた。そんな中、それに猛反対したのがキャラバンのお爺さん。
「俺らの食事の素じゃねぇか! 金積まれたからってはいそうですかで渡してたら舐められるってもんだろぉ!」
酒臭い。酔って絡んできているだけだからと、相手にしなくていいと皆んなは言ってくれたが、ロアは、
「ではどうすれば“」
「ワシとコイツを飲み合って勝ったら好きなだけ持ってけー!」
ドンと1Lくらいの瓶に入った透明な酒。それを見てロアは目の色を変える。香りを嗅ぎ、ショットグラスで少し舐める。
「ウォッカだ」
「なんだ知ってるんのか? あぁウオツカだ! こんなキツい酒飲んだ事ないだろう? なぁ? 綺麗な兄ちゃんよ」
「お爺様、もし私が勝ちましたらこのウォッカ、少しお分けしていただけませんか? お金はもちろん支払います」
「ワシに勝つだとぉ? 青二歳が! 勝ったら残り10本のウオツカ全部もってけこのやろう!」
「かしこまりました」
ロアとお爺さんは二人がけのテーブルに移動。ボトルとショットグラスを二つ用意。アリィさんがあわあわとしている中、キャラバンの人達は大盛り上がり!
男性連中は、
「爺さん負けんなよ! キャラバン一の酒呑みなんだからなー!」
そして女性、特に若い女性は、
「「ロアさーん、頑張って!」」
「はい、頑張ります!」
とウィンクを送り地球代表と異世界代表の飲み比べが始まった。
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