薬としてのお酒

第5話 バーメイド、初めてのお客さん

「では看板を変えさせて頂きますね?」

「はい! ネロさん、何かお手伝いいたしましょうか?」

「いえいえ、ジュナさんは明日の朝に開店準備もありますので、夕食を取ってお休みください」

 

 その開店準備はネロも手伝うわけなのだが……ジュナはネロが今から酒場として開店する事を楽しみにしているのに気づいてその事を言わない。

 

「ネロさん、じゃあ戸締りお願いします」

「畏まりました」

 

 カウンターテーブルもない。出せるお酒には限りがある。いや、実際には何故か自分が何もない所から取り出せるお酒はあるが、この世界で流通していないお酒を出すのは一人のバーテンダーとしてロアのプライドが許さない。どこでも同じお酒が飲める。ただし、違いはカクテルの技量やサービスで勝負をしたい。

 それに……

 

「あまり、これら私の世界のお酒を大々的には出さない方がいいような気もしますしね」

 

 今ここにあるお酒はベコポンで作ったビール。樽で二つあるが、一つは食堂の昼間の経営で出す用。もう一樽を夜のバー営業で出すのだが、現在この一種だけでどれだけのお酒を用意できるだろうかとロアは考えているとお客さん。

 ウサギだろうか? そんな耳をした女性。

 

「ごめんください!」

「いらっしゃいませ! お好きな席にどうぞ」

 

 夜にお酒を出す事を昼間に来てくれるお客さんに伝えてはみたが、酒は酒場に皆飲みに行くらしく、閑古鳥。最初のお客さんである彼女を大事にしないととロアは微笑で、

 

「本日はご来店頂きありがとうございます! 現在ベコポンのビール一種ですが、宜しければこちらで何か作らせていただきましょうか?」

「えっと……あまりお酒は飲まないのですが」

「ふむ、畏まりました! お任せください」

 

 さて、とは言ったもののどうしようか? ベコポンビールをどう使おうか、氷の中に入れておいた冷凍ベコポンを取り出す。

 フルーツカクテル。

 シェイカーと同じく、望めば取り出せるハンドブレンダーで冷凍ベコポンをミルクと蜂蜜を混ぜたスムージに変える。

 

「ベコポンスムージーとベコポンビールのトゥワイスアップです!」

 

 グラスに輪切りにして切れ込みを入れたベコポンを添える。瓶に入れて出すと小洒落たカフェのメニューみたいだなとロアは少し苦笑する。

 

「わぁ! 綺麗なお酒……頂きます」

「普通に飲むよりお酒はマイルドで、味は甘めに仕上がっていると思います」

 

 スムージカクテル、女性やお酒が弱い人にどうだろうかと現在の材料で作った物である。できればジンジャーエールやコーラなどがあればより喉ごしのいい物が作れるのだが、これはおいおいこの世界で代用できる物があれば探してみようと思っていた。

 

「わぁ! 凄い美味しい! 甘くて滑らかな口当たりで……」

「お喜び頂き光栄です」

 

 ニコニコと微笑み、ロアはお客様に無闇矢鱈に話しかけない。お客様がロアと話したい時はその話題に合わせて話に付き合うスタイルである。一人で静かにお酒を楽しみたいお客様もいるし、現在初めて来たこの女性の事も全然分からない。まずは彼女が何を目的にお店に来られているのか見極める時間。

 しばらくスムージーカクテルを楽しんだ女性客はロアに話し出した。

 

「あの……店主さん?」

「この店の持ち主はジュナさんとアルさんですが……そうですね。バータイムは私の事はミストレス(女主人)とお呼びください。あるいは私の名前のロアのどちらかで」

「じゃあロアさん、折入ってご相談があります。アコギな借金取りから様々な知識を披露されて多くの方々を救ったとお聞きしています」

「はい? あぁ、えぇ……確かにそういった事はございましたが……あくまで私はバーテンダーです……前回はジュナさんとアルさんを助けてる為に……」

 

 ロアは職業柄色々な知識は頭に入れているが、それはお客様から話を振られた際にある程度返せるくらいの広く浅い物。女であるロアは腕力だって大した事はないし、毎朝ランニングに筋トレ程度の運動はしているがそれも健康と服にお金をかけない為のプロポーション維持にすぎない。基本的に争い事とは縁のない世界にいた。

 しかし、目の前の女性は席から立つとロアの前で土下座をするように額を地面につけて懇願する。

 

「お願いします! 頼れる方がロアさんしかいないんです! どうか」

「レディ、どうか頭を上げてください。毎日床掃除をしているとはいえ、レディーのお美しいお顔が汚れてしまいます。とりあえずお話だけでも聞かせていただきます。それに、せっかく作ったカクテルを最後まで楽しんで頂きたいですしね」

 

 さぁ、どんな内容だろう? 不安だが、それを絶対にお客様に感じさせない微笑のまま。ロアの師匠に口を酸っぱくして言われ続けた事。相手を安心させて話を聞き出す。

 

「私はアリィと言います。私の恋人についてなんですが……」

「はい」

 

 浮気をされたとかそう言う話だろうかと思ったが……完全にロアの範囲外のお話だった。

 

「呪いにかかってしまって……食べ物を食べると具合が悪くなって……このままじゃ彼、死んじゃいます!」

「お、お医者様などにご相談は?」

「お医者様も、教会にも相談をしたんですけど……全然良くならなくて……」

 

 呪い……という物が本当に存在していたとしてもそれがなんらかの病気だったとしても流石にロアの知識外の話である。こればっかりは断らざる負えない。

 

「ふむ、アリィさん……お気の毒ですが」

「ロアさん、一度。彼に会ってみていただくだけでもいいんです! お願いします! お金ならいくらでもお支払いします! 二人でコツコツ貯めた結婚資金があります!」

 

 生活がある以上お金が欲しくないとはロアも言えないが、ここまで強く懇願されてしまうとロアも何か出来る事があるかもしれないなと頷いた。

 

「分かりました。お力になれないかもしれませんが……明後日、こちらの食堂の定休日となりますので、その日にお伺いさせていただきます」

「ありがとうございます! ありがとうございます! では、明後日にお迎えに参りますね! こちら、ご馳走様でした! ご料金です」

 

 銅貨10枚をと考えていたが、銀貨を2枚アリィは置いていく。ロアは戸締りをしながら、医者のお客様を相手にする為に昔読んだいくつかの本の内容を思い出していく。

 

「ふむ、何でも屋みたいに思われてるんでしょうか?」

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