第4話 バーメイドと10億円の酒

騎士であるサクヤのお墨付きをもらった高利貸しは勝ち誇った顔で実質タダで新しいお酒を二樽持って帰る事ができる。それはもう覆らない。今にも泣きそうなジュナの背中を優しく触れるとロアは、

 

「ではこちらにお酒を引き渡した証明書を用意しましたので、サインを頂けますか? サクヤさんに証人になっていただこうと思います。宜しいでしょうか?」

 

 そう言って差し出した一枚の紙切れ、それをサクヤは受け取ると読み、内容を確認する。

 

「確かに、お前達、これにサインをしろ。この件に関しては変な言いがかりをつける事は一切許さない。いいな?」

「そりゃもう騎士様のお墨付きであれば俺たちも喜んで、なぁ?」

「あぁ、当然だぜ!」

 

 二人はそう言って名前をサインする。サインした引き渡しの納品証明書を確認、しっかりと見つめてロアは頷く。

 

「確かに、ありがとうございます」

 

 本日のやりとりはこれで終わり、まだ小さいアルは状況が分からないが、ジュナはなんとも釈然としない気持ちでいた。この一週間の労働力も、このお酒を作るのにもお金がかかっている。さらには払う必要のない借金まで騎士であるサクヤを前に認める形になってしまった。

 

「この酒運ぶのに誰か雇わないとな!」

「あぁ、でもまぁいくらでも働き口を探してる奴はいるだろ! ちょっと声かけてくるか」

 

 そう言って店から出ようととする二人に対して、ロアは「少々お待ちください!」と二人を引き留める。次はなんの要かと、顔を顰める二人は「なんだよ? 今日の約束をお前達は守ったから俺たちは静かに帰ってやろうってんだぜ?」

 

 それにロアはしっかりとお礼を言う。

「ありがとうございます。その件とは別に借金のお話をしようかと思いまして、早ければ早い方がお互いよろしいかと思うのですが?」

「借金? 待ってやるって言ってるだろ? まぁ、払ってくれるならこっちは助かるけどな!」

 

 ウェルビス金貨270枚なんて返す宛はないと踏んでのその回答だったが、ロアは苦笑する。お茶を淹れる為に火を起こす。その際の燃料に先ほどサインしてもらった納品証明書を火に焚べた。

 

「「「「!!!!」」」」

 

 全員が絶句する中、恰幅のいいカンフが吠えた。

 

「おい! 何やってんだよ?」

「あぁ、もうお茶が入りますので! 少々お待ちください!」

 

 ロアは暖かいお茶を人数分入れるとカンフとニギルに一枚の書類を見せて、本題に入る事にした。それはここにいる誰もが見覚えのない書類。

 いや、

 

「あっ!」

 

 ジュナはそれが何か知っていた。何故なら、ロアに書くように言われて先日書いた借用書。そこにはカンフとニギルのサインがしっかりと書かれている。その内容は……

 

「アルザス金貨6500枚!!!!! なんだこれ!」

「いえ、あの二つ目の樽のお酒の購入費用ですよ。ちなみに記載のある通り、返品は受け付けていませんので悪しからず」

「ふざけんな! そんなイカれた金額で誰が買うってんだよ!」

「おや、これは異なる事をおっしゃる。物の価値は買う方によって変動します。この樽のお酒があなた方からすればアルザス金貨6500枚の価値があるという事じゃないんですか? 何故なら、借用書がここにありますので?」

 

 騒ぎ立てる二人に対してロアはただただ余裕の微笑。しかし高利貸しの二人にはここに騎士のサクヤがいる事でこの状況を打破しようと考えた。

 

「騎士様! 先ほど俺たちがサインしたのを見ましたよね? これは嘘の借用書ですよ! こんな奴の言う事を信用してはいけませんよね?」

「そうですそうです! さらにこんな馬鹿げた金額で酒を買う奴なんていませんよ!」

 

 彼らの言葉を聞いて、ロアがサクヤにウィンクする。最初サクヤは何事かと思ってすぐにロアのウィンクの意味に気がついた。

 

「いや、嘘の借用書でもお前達の理屈なら罷り通るんだよな? なら、この馬鹿げた借用書も罷り通るという事になる」

 

 ロアはクスりと笑うと「そういう事です」と二人に言う。今話している借金の話というのは……

 

「で? いつ頃ご返済いただけるのでしょうか? あぁ、そうですね。お酒の樽金貨3枚と借金のウェルビス金貨300枚でしたっけ? こちらを差し引かせて頂きますね? 220枚分借金を減らして差し上げますので、残りアルザス金貨6280枚。耳を揃えて返していただけますか?」

 

 二人がジュナとアルに仕掛けた方法をそっくりそのまま、しかも異常な金額でロアは仕掛けた。もし、ここにサクヤがいない、あるいはサクヤが騎士でなければこの言い分も力ずくで有耶無耶にされたかもしれない。その場合は次の仕掛けに移行しようと思ったが、これで仕留めたと確信した。

 

「騎士様……」

「俺はロアさんにお前達もロアさん達も平等に扱うように言われている。覚悟しろ。ロアさん達はお前達の架空の借金を今お前達への架空の借金で肩代わりした。お前達も払う義務があるんだよ」

「そんな金ないですよー!」

 

 ロアは追い打ちをかける事にした。当然、そんな金額をポンと支払える者は中々いないだろう。ロアは先ほど二人に売りつけたお酒の入った樽二つを指差す。

 

「では借金の肩代わりにそのお酒をウェルビス金貨30枚でそれぞれいただきます。アルザス金貨ですと40枚ですね? 残りはアルザス金貨6240枚です」

 

 借金をチャラにして二人に借金を押し付けただけでなく、渡す筈の酒、売った筈の酒もそれぞれ差し押さえた。まさに無からタダでアルザス金貨6250枚というお金を生み出した。

 

「お支払いはいつ頃をご予定ですか?」

「…………」

 

 支払う宛てなんてない。そこでロアはサクヤに話を振った。

 

「あのサクヤさん、ここでご提案なのですが、彼らが他の方々にもこのように借金回収をしているのではないかと思うのですが? 私たちがその借金も全部肩代わりしましょう。そして残った分のお支払いをお願いするというのはいかがでしょうか?」

 

 まさかの高利貸しの二人が他の人へ貸しているお金も全部肩代わりすると言ってのける。その意味がジュナには分からなかったが、サクヤはロアの意図を理解した。

 

「おい、お前ら。金貸しの看板下す時が来たみたいだな? 俺はロアさんの言った通り、お前達がどれだけ他の人に借金抱えさせているのか騎士団を使って調べさせてもらう。もちろんお前らの財産もな? 多分、それでも相当借金は残るだろうけどな? お前らは逃げないように今から俺が連れて行く」

 

 抵抗を見せない二人。完全にこれから起きる絶望を前にして放心しているのだろう。彼らが今後待ち受けているのは終わる事のない労働地獄か? サクヤに連行されていく時、ロアは呼び止めた。

 

「少し、お待ちいただけますか? お二人に飲んでいただきたいお酒があります」

 

 今更何を? と思ったが二人にロアの言葉を拒絶する権利はない。テーブルに見たことのない酒瓶がトントンと並ぶ。

 

「氷を入れたグラスにラム、ジン、ウォッカ、テキーラ、ホワイトキュラソー、そしてコーク、最後にレモンジュースを入れてかき混ぜ、完成です。ロングランドアイスティー。別名を魔法のカクテルです。どうぞ」

 

 焦燥している二人はそのカクテルを口にして……驚く。このカクテルはアイスレモンティーをお酒で完全再現したカクテル。

 この世界にアイスレモンティーという飲み物があるかはロアは知らないが、健やかで飲みやすく、そして恐ろしく回るお酒であるという事。

 

「うめぇ」

「あぁ、うまい」

 

 そう正直に感想を述べた二人にロアは微笑む。十分なお灸を据えただろうと、二人を救う言葉を述べた。

 

「ジュナさんや貴方達がお金を貸した方々の不当に取り立てたお金を全部返してあげてください。それで本件は許してあげましょう。いいですか? ジュナさん?」

「あっ、私はそれで全然」

 

 いくらほど取り立てたのかは分からないが、先ほどのアルザス金貨6000枚に比べれば頑張れば返せるだけの金額だろう。これからは人々を苦しめた分、汗水流して社会復帰してくれる事を願う事をロアが伝えると、二人は涙してお礼の言葉を述べた。

 サクヤに二人が連れて行かれた後の店内。

 

「ロアさん、本当にありがとうございました! アルもお礼言って!」

「ロアお姉ちゃん、ありがとう!」

「いえいえ、今回はなんとか上手くいきましたが、心臓ドキドキでしたよ!」

「何か、お礼をしたいんですけど……」

 

 ふむとロアはお礼について少し考える。そんなものはいりませんと言えればカッコいいのだろうが、ロアにも生活があるので……

 

「よろしければこのままお二人の食堂に居候をさせていただけませんか? あと……食堂の営業時間が終わった後の数時間、お酒を出すお店として私に経営させてくれませんか?」

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