第3話 バーメイドと作戦準備
同じ大きさの樽を煮沸消毒して用意する。そこに一週間かけて作ったベコポンビール。これを半分もう一つの樽に入れてそれらを60度くらいのお湯に浸けておく。
「ロアさん、これは何をしているんですか?」
「これは火入れと言いまして、これ以上発酵が進みお酢にならないようにする作業ですね。推定15度から20度近くまで度数……お酒つのキツさが上がりましたので、前に言った通り蜂蜜を混ぜた水で割ってお酒を傘増ししましょうか」
お酒の準備は上場。水で割る事で苦味が軽減し度数も下がり飲みやすい物が出来上がった。これを渡せば高利貸しの連中は一旦は引き下がるが次の要求をしてくるだろう。
ロアとしてはこの姉弟がこれ以上連中と関わらなくていいようにする手段をいくつか考えていた。
腕力でこられると自分ではどうしょうもない。
ここ数日この夢か別世界かで不思議な事ができる事に気づいていた。初めはウィルキンソンの炭酸水をいつの間にか手に持っていた時。そして次はシェイカー等自分の仕事道具を無から取り出せるという事。
スマートフォン等の直接関わりのない物は取り出せないらしい事。
目を瞑り、目を開ける。そこには普段仕事でよく見る酒瓶とレモンとコーラの瓶。なんとなくだが、これらのお酒等をこの世界の人々に公表してはいけない気がしていた。だから、これらはジュナにもアルにも決して触らないようにと伝えている。
これらの材料は使われない事を祈りながら、ジュナを呼びロアは一枚の文書を作成をしていた。
「ジュナさん、こちらの紙に、あの高利貸しの方々への借用書を書いていただけませんか?」
「借用書ですか? 返済証明書等ではなく?」
「えぇ、借用書です。ちなみにウェルビス金貨より高価な金貨はございますか?」
「私もそこまで多くの通貨を知らないんですけど、ウェルビス金貨の1.5倍の価格のアルザス金貨という物なら」
「ふむ……では、借用書にはアルザス金貨6500枚としておいてください」
「ろ、6500!!」
ウェスビス金貨が一枚10万円程、その1.5倍なので15万円程。その6500枚となると、日本円にすれば約10億。ロアが言う通りに書くとあの高利貸しにこれから渡すお酒をアルザス金貨6500枚の後払いで売るというトンデモない物だった。
「ロアさん、こんなの誰もサインしませんよ……」
「ふふっ、そうですね。ではこちらも書いて頂けますか?」
「こちらはお酒をあの二人に渡したという証明書ですね」
「はい! これならサインされますよね? あと、この炭で作ったような筆一ついただきます」
この世界の文字に関していくつかしかロアは読めないが、ジュナの書く文字は多分綺麗だなと書いてもらった2枚の書類を持ってロアは少し作業をする。
いつ高利貸しの二人が来てもいいように準備は念入りに……
ドンドン。
食堂のドアを叩く音。
「お姉ちゃん」
「アル、大丈夫……」
とは言え不安な表情の二人、もちろんロアだって実際は不安で仕方がない。だが、自分が怖がれば二人の意気地が折れる。だから、微笑でいる事を心がけて……
「私が出ましょう」
そう言って店の扉を開くと、
「おっはよーございます! ロアさん!」
「あぁ、貴方はサクヤさんですね。おはようございます! テーブルと椅子、いい感じですねぇー!」
先日木を切る手伝いをしてくれた青年だ。あの後頑張って運んだ木々を並べてテーブルと椅子に外に配置している。この形状に加工してくれたサクヤがいたから運ぶだけだったのだが……
「えぇ、お陰様で大変助かりました。しかし、その格好は? 何やらご立派な装いですが……」
昨日とは違ってサクヤは胸や腰、関節を守るプレートのような物をつけている。何かのスポーツか、それとも甲冑のような?
「ハハッ、これですか? プレートアーマーと言いまして、王国の騎士団の正装です」
自信満々にそう言うサクヤを見てロアは、
「そうなんですね。少し私はこのあたりの時事に疎くてですね。とりあえずお入りください! ジュナさん、アルさん。サクヤさんがいらしましたよ!」
高利貸しではないと聞いてホッと胸を撫で下ろす二人、そしてジュナがサクヤを見て、
「き、騎士様……サクヤさんは騎士様だったんですか?」
「ハハッ、騙すつもりはなかったんだが、休暇を取っていてね。この通り王国騎士団だ!」
それを聞いてジュナが頭を低くして懇願した。
「騎士様、お助けください! 私たちのお店に……」
ロアの中で理解の更新。どうやら騎士であるサクヤはジュナ達より身分が高いらしい。そしてジュナは不当な借金に苦しんでいる事をサクヤに伝え、いい人であるサクヤは明らかに怒りを露わにする。ロアは自分の考えていた作戦は不要かと思ったが……
「ジュナ、俺も許せないと思うが、正直向こうは嘘とは言え借用書を持っているんだろ? だったら俺がしてやれる事は悪いが……ない。すまない。エリザベルト王国は司法の国。ルールの上であれば連中の方が筋が立つ……それでもなんとかならないか考えてやるが、正直あまり期待しないでくれ」
藁にも縋る思いのジュナの瞳から希望の光が消えていくのをロアは見た。実際サクヤは二人を助ける為に来たのではなく、ミックスジュースを飲むという約束を果たしにきただけだ。
「とりあえずサクヤさん、ミックスジュースお作りしますね? お好きな席にお座りください」
「え、えぇ」
昨日と同じようにカチャカチャとロアはシェイカーを振るとミックスジュースをサクヤに作り、トンと用意した。
「お待たせしました。当店オリジナルのミックスジュースです。サクヤさん、もしよろしければ本日の高利貸しの方々とのお立ち合いをして頂けませんか? 彼らと正当な取引が出来た事を証明してくださるだけで構いません。何せこちらはか弱い女子供だけですから、理不尽な事を言われると一溜まりもありませんから」
ロアが上目遣いにそう言うと、サクヤはミックスジュースをきゅっと飲むと立ち上がり胸をドンと叩いた。
「そういう事であればお任せください! この俺がどんな不当な事も見逃しません!」
「それは安心できます」
「サクヤさん、一つお願いがあります」
「なんですか?」
「決して私たちを贔屓に見た事は仰らないでください。向こうが正しい事を言っていれば当然向こうの方の肩を持つように努めてくださいね? サクヤさんの名に傷がついては困りますから」
「そんな事……」
「私からの心からのお願いです」
そう言ってロアはサクヤの手に触れて目を見つめる。サクヤは少しばかり贔屓目に見るつもりがあったのだが……
「わかりました! 俺もエリザベルトの騎士団です! そのお約束、この剣にかけて誓いましょう!」
「ありがとうございます」
アルはまだ分かっていなかったが、ジュナは何故ロアがそんな事を言ったのか分からない。一抹の不安を感じていた。
そしてついに刻限の時が来た。
「おい! あの綺麗な兄ちゃんはいるかぁ?」
品性のかけらも感じさせない喋り方と態度で高利貸しの二人組がやってくる。そんな二人に萎縮してしまうジュナとアル。サクヤは二人を睨みつけて剣に触れそうになったところ、ロアがその手を触れて首を振る。
「お待ちしておりました。カンフさんにニギルさん。どうぞこちらに!」
「お、おぅ。えらく余裕じゃねぇか」
「ふふっ、そうでもございませんよ?」
そう言って二人を席に座らせると二人はサクヤを見て、「おい兄ちゃん、あの騎士様はなんだ? まさかボディガードだなんて言うんじゃないだろうな……おい?」
この二人も警戒しているので相当騎士という人物は身分が高いのだろう。自分の話をされているのでサクヤは少し強い言葉で高利貸しの二人に言った。
「俺はお前とこのお店の取引の立ち合い人をする為にいるだけだ。別にボディガードでもなんでもない。お前達が約束を守らないとも思えないからな?」
「騎士様、そりゃねぇぜ! しっかりと約束は守りますよ! そんな事よりこいつら一週間で樽一杯の酒を用意するって言ってんですぜ? そんな約束の方が」
ドンと樽に入った酒をロアはジュナ、アルと共に高利貸しの二人の元に運んで見せた。もう既にベコポンの風味とお酒の良い香りがする。
明らかに酒がそこにある。そんな状況に高利貸しの一人、恰幅の良いカンフが難癖つけた。
「確かに酒の匂いはするが、の、飲んでみないとそれが酒とは思えないからな」
「もちろんティスティングして頂きたく思っていました! なんせ初めて作りましたので、第三者の方の感想も聞きたかったんですよ! ニギルさんもサクヤさんもどうぞお注ぎします」
ロアの発言に三人は驚くが、ロアが小さなコップに一口分お酒を注いで渡してくれるので三人はそれぞれそのコップの中身を飲み干す。
「美味い」
「あぁ、うめぇ」
「ロアさん、こんなお酒俺は飲んだ事がないですが、それよりさっきお酒を作ったと……」
「はい。このあたりではお酒作りに関しての罰則はないと思っていましたが違いましたか?」
サクヤを含めて、高利貸しの男達もやや興奮気味に酒造りは国営で秘匿としていて作られた物が降りてくる。結果として作り方を知っているのはその道の職業の人だけであるという事。さらに、どんな酒場でも置いていないようなお酒がここで出てきた。
「ほぉ、という事は金貨3枚よりも価値があるという事ですね?」
「確かに……いや! 最初に金貨3枚で買うと約束したんだ! 守ってもらうぜ綺麗な兄ちゃん」
「確かに確かにサクヤさん、これは守るべきですよね?」
「……はい、残念ながら、おそらく金貨30枚くらいの価値がこのお酒にはあると思いますが」
高利貸しの二人は喜びに浮かれる。ネロはウィンクをしながらもう一樽持ってくる。
「「もう一樽作ったのか!」」
「では……これでお店の借金をチャラにはして頂けませんか?」
一応、店の借金は金貨300枚という事になっている。そして樽のお酒の推定価値は金貨30枚。見合わないのである。それに高利貸しの二人は、
「それは聞けない約束だな! その樽を借金返済に当てても残り借金が金貨270枚あるんだぜ? ほらこの通り、借用書もある」
「あぁ、そうでした。嘘とはいえ、借用書があるんでしたね」
嘘の借用書、この件は既にサクヤも知っている。だが、この場で言われて高利貸しの二人は少々焦る。
「嘘の借用書じゃねぇ、なんて事言いやがるんだ!」
そんな高利貸しを助けたのはまさかのサクヤの言葉だった。
「そうだな。嘘だろうと、書面として残っていてサインもある借用書を持っているお前達の言い分が正しい」
ジュナの表情はさらに曇り、ロアは変わらず微笑のまま、この茶番劇を終わらせる準備に取り掛かった。
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