第2話 バーメイドと問題定義
「おぉ! 中々の味ですね」
約束の一週間まであと1日。度数もロアの感覚で十五、六度はありそうだ。若干苦味を感じるがむしろそれがいい塩梅。チョコレートなんかに合いそうなお酒だなと思う。ジュナの仕事を手伝いながら明日を待とうかと、下ごしらえの為に厨房に入ろうとした時、店の外がきゃあきゃあと騒がしい。
「ジュナさん、本日も開店前からお客様が大勢いらしてますね?」
「えぇ、今までそんな事なかったんですけど……ロアさんカッコいいですから」
「恐縮です」
数日前に食堂で昼食を食べにきた若い娘さんにロアは甘い言葉をかけて接客した。今まで客としてお店を使ったとしてもそこまで過剰とも言える程の対応をこの世界の人々は受けた事がない。
「王侯貴族の方々みたいに扱われるって話題になってるみたいですよ」
「ふむ、確かにそのつもりでお客様は対応していくのが普通ではありますね。お客様は神様ではありませんが、大事な恋人を扱うようにです。これは私の師匠であるバーメイドの言葉ですけどね。さぁ、開店ですね頑張りましょう」
「「はーい!」」
オーナー、店長はあくまでジュナとアル。されど自分が今まで学んだ経営理念や経験はいくらでも二人に落とす事はできる。お辞儀の仕方、挨拶の仕方、決して厳しくしてはいけない。少しくらい間違ってもいい。優しく、仕事は楽しくをモットーにロアは考えている。
「タナ様いらっしゃいませ! ルーナ様いらっしゃいませ!」
ジュナとアル、そして来店する客の皆が驚く事がロアは一度来て名前を伺ったお客さんの事を忘れていないのである。名前を呼ばれた客は当然特別感を感じ再びリピートしてくれる。
続いてオーダーの通し方。
「いらっしゃいませ! 本日も変わらずお美しいですね? 先日と同じ物にされますか? それとも、本日はベコポンのミックスジュースがオススメですが」
「ロア様! それでお願いします!」
「ふふ、畏まりました」
ロアは元々の仕事道具であるシェイカーを取り出すとベコポンジュース、バナナみたいなバンナの果実をよく潰した物、そして溶いた卵黄、ミルク、最後にバニラエッセンスの代わりに木から採取されるメープルシロップみたいなモクモクの樹液。これらと潰した氷を入れてシェイキング!
シャカシャカとロアが綺麗な立ち姿でシェイカーを振る姿。
「「「きゃああああああ! 素敵!」」」
ガラスのコップが高価らしく金属製の物が多かったので、ロアは瓶をグラスがわりにミックスジュースを入れると、最後に砂糖漬けにしたモリブドウの実を添えて客に出す。
「お待たせしました! 当店オススメのミックスジュースでございます!」
ロアが提案したいくつかのモクテル。アルコールなしカクテルは大人気商品になっている。その中でも特にミックスジュースは大人気だ。オヤツ、お菓子という文化はあれど、スイーツという感覚が乏しいという事をロアは気づく。そしてこれらモクテルの価格を銅貨3枚という食堂の料理よりも高い値段設定に変えることを提案し、最初こそ飲み物一杯でこの価格はと敬遠されたが、一人の女性のお客さんがあまりお腹は空いていないと言った時にロアが是非とサービスでもう一杯好きなモクテルを提案した事から口コミが広がった。
今や食堂というより、お喋り、読書や編み物をする場として若い女性客を中心に話題のお店となりつつあった。
さらに店舗の回転率を上げる為にテーブルにナンバリング。
「アル。4番テーブルにパンと果物とお茶を! ロアさん、6番テーブルにお茶とベコポンのハチミツ漬けを、7番テーブルでミルクセーキを作ってください」
「はーい!」
「畏まりました」
嬉しい悲鳴。1日あたりの売り上げは三倍近くなり、顧客単価は1.5倍程に、相当な客の入り。食堂はそこまで広くないのでまだ人員を増やす必要はないが、待たせてしまうお客さんがどうしても出てしまう。お昼の営業を終えて一旦のクローズ。今まで朝から夕方まで開店していたこのお店を朝の10時頃から昼のピークタイムである14時頃までにして3時間程の休憩及び準備期間を置いて夜は客入りが悪くなるので17時頃から19時頃までの2時間程に抑えておく。
「お二人は今まで働きづくめでしたからね。こうして休憩、さらに数日の内、どこかお店の定休日も作りましょう。では本日は提案なのですが、ミーティングをしましょうか? 要するに経営会議ですね! 何か困った事や気づいた事があればどんどん言い合っていきましょう。どんな些細な意見でも構いません」
ブレインストーミングだなんて言葉は意味がないので使わないが、自分たちで問題を見つけて解決できるようにロアは進行係を務めた。
・飲み物メニューに対して食べ物のメニューが弱い。
・ロア程の接客ができていない。
・今のところ特製ドリンク(モクテル)はロアしか作れない。
・待たせているお客さんが可哀想。
「いいですね! 沢山出ました。ではまず、解決していくべきところから進めていきましょうか? まずは待たせているお客様をどうするか? こちらに関してですが、お外にテーブルと椅子を用意してはいかがでしょうか? お伺いしたところ、森の木々を少し頂いても宜しいようですので」
「うん! そうしよう! ロア姉ちゃん頭いい!」
「ふふ、恐縮です。アルさんがお客様をお待たせしている事に気づかれたからですよ! 素晴らしいです」
アルはとっても嬉しそうに、そして誇らしげにしているがジュナは最初からロアは多くの事を気づいているんだなと知っていた。ロアと目が合うとロアはウィンク。
善は急げという事で日が明るい内に三人は森に向かう。斧やその他道具とお弁当を持って明日はあの高利貸しが来るという事でジュナの表情は少し暗い。そんなジュナに気づくロアは、
「ジュナさん、天使のように可愛い貴女にそんな顔は似合いませんよ? 私の師匠はどんな時も微笑んでいました。笑っている者が一番強いんです。まぁ私も修行中の身ですけどね。大丈夫です。なんとかやってやりましょう」
「もう、ロアさんが言うと安心しちゃうのはなんでですか?」
「ふふふのふですね。こちらの木なんていかがでしょうか?」
手頃な太さ、大きさの木を見つけるとそれを切り落としてテーブルにしようと……但し一つ問題があった。
「それ! えい!」
どすっと斧が軽く木の根元に突き刺さるが、ロアがここで一番の年長とはいえ女性の力では中々骨が折れる作業だった。これは丸一日かかりそうだなと思った時、一人の男性が大きな音に気づいてやってきた。
「一体何をしているんだ?」
木こりだろうか? 腰に剣を、ラフな格好をしている二十代程の青年。ロアは斧を地面に置いて状況を説明する。
パンツスタイルのロアを見て最初こそ男だと思っていたが、手足の細さ、胸の膨らみに青年は……
「お、俺は、このあたりで狩をしようと思っていたんですが……あぁ! 名前、サクヤと言います。ロアさんのその細く美しい腕ではこんな大木を切るのは大変でしょう! 俺に任せてください!」
ジュナとアルはロアの反応を見て驚いた。いつも女性客の前では王子様のような凛とした態度から、両手を合わせてサクヤの前ではか弱い女性のように声のトーンも少し高い。
「本当ですかぁ? 助かります! 私のような非力な大人とお二人はまだ子供ですから困っていたんです。サクヤさんのような力強い男性が助けてくれるなんて、良いことってあるんですね」
ロアはジュナに再びウィンク。男性と女性で態度を使い分けている。腕まくりをしたサクヤはロアの時とは比べ物にならない勢いで木を切り倒す。これにはロアも「おぉ、やはり男の子の力は凄いですねぇ」と素が出るので、それを聞いたアルが頬を膨らませる。
「僕も大きくなったらあれくらいできるもん!」
「そうですね! アルさん期待してますよ?」
「うん!」
テーブルと椅子を作りたいと言っていたからか、サクヤは切り落とした木のところから手を振って、
「ローアさーん! これ、さらに切りましょうか?」
「そっち行きますねー! あっ、まずは休憩にしませんか? お弁当があるんです。夜の営業前の軽食取っておきましょうか? ジュナさん、アルさん!」
このお弁当という物もロアは考えがあった。この世界の人たちはどんな物をお弁当で食べるのか? 場合によってはテイクアウトができないだろうか?
「チーズとパン。成程、日持ちしやすい物で味はどちらかと言えば二の次」
恐らく馬車が主要な移動手段である事から旅、冒険と食料問題は保存食メインになるらしい。今回は近所の森なのでそういう事は考えずとも良い。その為、ロアはミックスジュースセットを持ってきていた。
自然の中でシェイカーを振るというのはなんだか少し上がる。
「サクヤさん、お礼に当店オススメの特製ドリンク、ミックスジュースを飲んで行ってください!」
「その道具は?」
「こちらは私の命よりも大事な商売道具です」
シェイカー、マドラー、メジャーカップ、ストレーナー。下積み時代に師匠と仰いでいた人からもらったロアの宝物。それを使ってお客様にカクテルを出す事が喜びである。
サクヤとジュナにアルの分を作って差し出す。
「ほぉ、いい香りのジュースですね。んんっ! うまっ! なんですかこれ、なんでこんな……」
「当店でお出ししてますので気に入られましたら! 是非いらしてくださいね!」
「是非行きます! 行かせていただきます! 今からちょっと用事ですが、明日! すぐにでも朝から! 速攻で用事を終わらせてきますので! ごちそうさまでした! ジュナ、アル。ロアさんの言う事をしっかり聞いてな! それではロアさーん! また明日ー!」
ジュナが明日は……と言おうとしたがすごい勢いでサクヤは走って行った。ロアが「面白い方ですね」と笑っていると、ジュナは少しばかりロアが小悪魔だなと苦笑し、アルの方は少し嫉妬しているようにミックスジュースを口にしていた。
「さて、手分けして、これらを運びましょうか? 私の中ではこの木々の運びこみもサクヤさんにお手伝いしてもらいたかったんですけどね?」
だなんてクスクス笑っているロアを見てジュナは小悪魔みたいじゃなくてロアは小悪魔だなと確信してなんだか住む世界が違うように感じていたロアを身近に感じれた一日だった。
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