異世界バーメイドのおもてなし

アヌビス兄さん

10億円のカクテル

第1話 バーメイド異世界へ

 犬神狼碧いぬがみろあは一流ホテルのバーメイド ※女性バーテンダー として働き出し二年目の二十二歳、その女性受けする容姿と王子キャラから一躍有名になり雑誌の表紙を飾る事もあったが本業のバーメイドとしての仕事に誇りを持っていた。様々な国の客を相手にする為の語学力、日々進化するお酒やカクテルの知識、財政界の方を相手にする為の時事把握、またそれに伴い各種雑学。お酒を作って接客をするだけが仕事ではなく、かといって接客もホテルマンが裸足で逃げ出す程の気配りを必要とする。

 

 ただひたすらに楽しい! 

 

 そんなやる気に満ちたロアはある日、交通事故に遭い奇妙な体験をする事になる。小学生くらいの少年だろうか? 犬の散歩中にハーネスを離してしまい道路に飛び出した犬を追いかけた。

 ロアはハーネスを掴み、少年も抱え、後頭部を強くぶつけて気を失った。

 

「お姉ちゃん大丈夫?」

 

 ロアが目を覚ますとそこには先ほど道路に飛び出した少年? とその姉だろうか? 十五、六の少女の姿。犬がいない代わりに二人はファッションなのか犬の耳をつけている。

 

「これはこは可愛い子犬ちゃん達、私は大丈夫ですが、道路に急に飛び出してはいけませんよ?」

「「???」」

 

 二人が疑問符を頭に浮かべる中、仕事に遅れてしまう事に苦笑したロアはベットから起き上がる。そんなロアに対して少女の方が、

 

「森で倒れてたんです! まだ寝ていないと!」

「ふふっ、これは面白い事を仰いますね。その可愛いお話を是非ともお茶でもしながら伺いたいところですが、仕事がありますので、このお礼はまた後日に」

 

 ロアがドアを開いて外に出た時……

 

「はて、今日はハロウィンでしたか? それともここはテーマパーク?」

 

 普通の人々の中に先ほどの姉弟と同じく動物の耳のアクセサリーをつけている人がちらほら見れる。

 周囲の人にタクシーの乗り場は? スマホを落としたらしくスマホを貸して欲しい。公衆電話の場所は? 

 それらを聞くとみな一様に「わからない。他を当たっておくれ」と異様に保守的な地域なのかとロアは思った時、唯一通じた言葉。

 

「何か公共機関の乗り物は近くにありませんか?」

「あぁ、それなら中央広場に王国行きの馬車は出てるよ」

「そうですか? 丁寧にありがとうございます」

 

 向かった中央広場、そこには……ツノの生えた馬が馬車を引いている。よくできた作り物……とはロアも思わない。少し考えながら、

 

「夢でしょうか? 喉が渇きましたね。何か水でも、んっ? これは」

 

 手の中には冷たいアサヒのウィルキンソン炭酸水。今冷蔵庫から取り出したようにキンキンに冷えている。

 

「なんで私の手の中に? まぁいいです。とりあえずいただいましょう」

 

 あぁ、美味しい。トニックウォーターもソーダ水もやはりウィルキンソンに限ると思いながら中身を飲み干してよりあい馬車で、

 

「ここから、東京の西新宿まではどのくらいでしょうか? 料金はすみません後払いでお願いします」

「何言ってんだ綺麗な兄ちゃん、金がないなら乗せられないし、どこだよ。トウキョとかニシンジュクとか、そんなところにはこの王国馬車は行かないよ」

 

 突っぱねられ、ロアは考えなら、可能性の一つを結論づけた。ここは自分の知る世界ではないのではないか? あるいはここは夢の世界ではないか? まずは一旦落ち着く為に先ほど助けてくれた姉弟のいた家に飛び出してきた謝罪がてら戻ろうと来た道を戻る。

 

 すると、何やら穏やかではない声が聞こえる。

 

「お姉ちゃんを離せ!」

「うるせぇガキ!」

「アルに手を出さないで!」

「借金が返せないなら、お姉ちゃんが身体で払うのが当然だろ?」

 

 何度か時代劇でみた事のある光景だ。さて、腕っぷしも強くはないが子供が酷い目に遭っている。それも恩人だ。ロアには助けないという選択肢はなかった。

 

「お兄さん方、少し落ち着いてもらえますか?」

「なんだお前? みない顔にみない服装だな?」

「その二人の縁のある者です。名前はロアと」

「そのロアさんがなんだよ? 代わりに借金返してくれるのか?」

「そうですね。その借金とはいかほど?」

「金貨300枚だ!」

「違う! 両親が借りたのは金貨20枚よ! それにもうそれは返したじゃない!」

「あれは膨れ上がった利子だ。見てみろちゃんと金貨300枚の借用書もある」

「その借用書、見た事ないわ! そんなの嘘よ! ずるい」

「嘘でもここにあるんだからこれが事実だ!」


 やくざ者に何を言っても意味はなさそうだなとロアは思う。

 どのくらいの金額だろうか? そして高利貸しは悪どい連中のようだ。

 

「しっかし酒もないのかよこのチンケな飯屋は」

「お酒なんて高価な物、酒場以外は高くて私たちみたいな食堂で置けるわけないじゃない!」

「このブドウジュースがワインだったらちったぁ儲けも出たかもな? でもまぁ無理か、ワイン一杯、この店の飯の値段何杯分よ」

「だーはっはっは!」

 

 よく見えれば姉弟の二人が住んでいる所は食堂らしい。古い食堂のようだがきちんと手入れしてある。

 

「あの、高利貸しのお兄さん方。そこにある大きな樽一杯ワインを用意できれば少し借金返済を待ってはくれませんか?」

 

 お酒が高価物である。あるいは他職種は酒税が大きくつくのではないかとロアは想像する。

 

「もし樽一杯用意できたら金貨3枚分くらいは待ってやってもいいけど用意できなかったらどうするんだよ。あぁ?」

「私が借金分あなた達の元で働きましょう」

 

 さぁ、凄い事を言ってしまったが、それに「言った事は忘れないぜ? いつまでに用意できるんだ?」「一週間あれば」「逃げるんじゃねぇぞ!」

 

 というやりとりをしたのだろう。

 

「あの、あの……助けてくれてありがとうござます。私はジュナ、こっちは弟のアル」

「私は犬神狼碧、ロアとお呼びください。早速ですけど、お店の中を見せてもらえますか? ここはどういったお料理を作られているのでしょう?」

 

 粗末な焼き物。スープ、そしてボソボソとしたパン。樽一杯のお酒を用意する。豪語したがどうした物かとロアは考える。ロアが知る食堂よりもずっと食文化は低いらしい。

 

「さて、ジュナさん、アルさん。パン作りはどのように?」

「ロアさん、こちらです」

 

 パン作りの基本程度はロアも知っているが、それはあらゆる物がすぐに手に入る自分の世界でのお話。ジュナに見せてもらった物は果物の皮をすりつぶして発酵パンを作っている様子。要するに、

 

「天然酵母パンなんですね。成程、ありがとうございます。お飲み物はジュースがあると仰っていましたね?」

「えぇ、それと牛のミルクです。飲まれますか?」

「是非お願いします」

 

 牛乳は存在する。乳製品は期待できそうだ。あとはこの世界の物価価値。先程の話からしてお酒は専売特許らしい。食堂で出せないというのが少し引っかかるが今はそれよりお酒をどうやって用意するのか、

 

「お酒はいくらくらいするんですか?」

「ロア姉ちゃん、お金知らないの?」

「えぇ、すみません。このあたりの事は疎くて」

「こらアル! ロアさんは違う地域から来たのよ。でも大体、銅貨、銀貨、この辺りではウェルビス金貨。この三つが主流です。銅貨10枚と銀貨一枚の価値が大体同じです。銀貨100枚とウェルビス金貨が同じですね。ウェルビス金貨一枚あればひと月は食べていけます。私たちのお店では銀貨1枚から二枚で食事ができます。一枚だとパンとスープ、二枚だと干し肉に野菜の漬物ですね。お酒は酒場で出されているワインが確かコップ一杯で銀貨5枚くらいです。もし、このお店であの樽一杯ワインを買おうと思うと、それこそ。金貨3枚……いいえ。4、5枚はかかります」

 

 銅貨を百円、銀貨を一千円とすると、一食は千円から二千円、外食の物価価値は日本以外の国と同じくらい。十万円程でひと月生活ができるらしい事から食費は外食以外では魚や獣の狩猟。果物の収穫、野菜を育てる等で節約できるのだろうとロアは考え、一番聞きたかった事。

 お酒の値段も分かったので最後の質問。

 葡萄のジュースと柑橘類のジュース。

 

「このジュースはいくらくらいするのですか?」

 

 ロアのその質問にジェナもアルもポカーンとしている。何か変な事を言ってしまったのかと考え直すが、至って普通の質問。さて? この反応はなんだろうと待っていると……ジェナが話してくれた。

 

「ロアさん、これは森で成っている果物、モリブドウとベコポンの果実を絞った物です。なので元手はタダです」

「成程、分かりました。ではお二人にそれぞれお願いできますか? この樽一杯のお酒を用意する準備に関してです」

「なんでも言ってください! お金は全財産で金貨2枚くらいしか出せないですけど……」

「僕もお姉ちゃんの言う事ちゃんと聞く!」

 

 上手くいくか分からないが、知識の上ではこれでお酒を用意する事ができる。ドブロク……というよりは、

 

「さぁ、ではお二人に協力頂き果実のビールを作ってみましょう!」

 

 樽を洗浄した後沸騰したお湯で満たし、消毒。さらにしっかりと拭いて乾かす。その間に一粒が小さいモリブドウより大きいなベコポンを収穫。一個あたり70ccとして樽が18L程なので250個もあればこの樽を満たす事ができる。

 

「パンを入れるんですか?」

「そうですね。正確には発酵した果物の皮を使います。ただ確実に発酵しているのが分かるので膨らんでいるパンをそのままちぎって入れていきましょう。ありがたい事にハチミツとヨーグルトがあったのは大きかったです」

「少し贅沢品ですけど、お酒を買うより全然安いですからね」

 

 ハチミツをひと瓶、銀貨30枚、ミルクを発酵させたヨーグルト、と言うより日本食の酪に近い物かもしれない。こちらは銀貨5枚。

 

「これも入れちゃうの? これでお酒ができるの? ロアお姉ちゃん?」

「えぇ、入れずともお酒は恐らくできるんですが、ヨーグルトを入れる事で雑菌を予防して発酵菌を守ってくれます。その発酵菌がベコポンの甘い糖分を食べてお酒を作ります。ですからハチミツを加えてあげる事で糖分がぐっと増えて、どんどんお酒の度数が上がります。ふふっ、するとどうなるか分かりますか?」

「どうなるんですか?」

「あらら、水で割ってしまってお酒の量をカサ増しできます。あの方々は樽一杯で金貨3枚で買ってくださると仰っていましたので、それを金貨6枚くらいにしてみましょうか?」

 

 関心して聞いているジュナとアルを見て理科の実験を教えているような気分になるロア、あとは期限まで一日一回混ぜてみたり味や度数の確認をするだけでお酒は完成するだろう。

 だがそれを提出してもあの闇金よりもタチの悪い高利貸しとの関係が切れなければ意味がない。

 

「さて、その件に関してはどうしましょうか」

 

 とか考えていると、アルが目を輝かせて、

 

「もしかしてロアお姉ちゃんは伝説の錬金術師様?」

「いいえ、私はバーメイドですよ」

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