第2話 サイクルライフ

 夕日が山頂にかかり始め、あたりが暗くなり始めているころ。

 二階が白、一階が灰色のレンガ状で、わきの外装は薄汚れた白と水色のステンドガラスで構成された見栄えしない外観の市役所を後に、幸希と乃愛は帰路についていた。

 「学校って住民票なくても通えるって初めて知った。」

 「ま、一週間後にならないとわからないが、とりあえず転入試験頑張れ、うちの学校、なにげに編入試験はハードル高いからな?」


 「わ、わかった。」

 

 住民票の発行や戸籍の登録等を済ませ談笑を交えながら、徒歩でかえる。

 教員生活をしてはや八年。幸希にとって初めての経験だ。

 こうして誰かと帰るのもいいなと久しぶりの感覚に浸っていると、乃愛が隣を歩いていないことに気づいた。

 乃愛の姿を探していると、数歩後ろですっかり日が落ち、せわしない夜の世界を見つめていた。

 「どうした?」

 「この景色、見たことがある。」

 「まぁ、こんな田舎にしては活気がある街だから背景のモデルにしてたしな。既視感があっても不思議じゃない。」

 「変な感覚。見たことあるのに、見たことない。ちゃんと、目で見ている、景色なのに、ゲームを鑑賞している、気分になる。」

 

 淡々と単語を繋げて話す彩条は、どこか寂しそうだった。

 

 乃愛はこれから、こちらの人間として生きていくことになる。

 一年や一か月、そんな一時的なものかもしれない。

 もしかしたら、一生。何てこともあるかもしれない。


 ふと幸希にそんな後ろ向きな考えがよぎった。

 幸希に彩条乃愛を元の世界に返す保証はできない。

 できるのは、彼女の学校生活を手助けすることぐらいだ。


 「さて、今日は何を食べるか。」

 「食べるって、貴方の手料理?」

 「あ、ああーそのお恥ずかしながらわたくし宇城幸希は、社会人もになって一切料理ができない。」

 「それは、大丈夫なの?」

 「うっ。____________でも、今まで風邪を引かなかったから大丈夫なんじゃないか。」

 「それは、大丈夫と、は言わない。」

 心底心配した顔で言われた幸希は、何かが腹部に刺さったように一瞬体を浮かせ、小鹿のように笑う膝で体を支えて、何故か、何もついていない口元を拭って、強がりを言う。

 心の中で、「自炊って難しいし、バランスさえよければいっか!」などと将来を全く見据えていない過去から現在までの俺たち馬鹿野郎を呪ってやりたくなる。

 どちらにしろ、このままの食生活ではよくない。彩条乃愛は花の女子高生。B級食品に舌が慣れてしまっては勿体ない。と言うか、オタク紳士である幸希に許せるはずがない。

 

 と、謎のオタク精神を掲げ、弱点を丸裸メッタ刺しにされた心を保とうとしていると、ひょこっと乃愛の小さな手が上がった。

 

 

 「その、私が、作ろうか?」

 「__!、作ってくれるのか?」

 

 内心で彼女が口にした提案に強い魅力を感じながら、申し訳程度に「いいのか?」と確認をとる。

 

 「えっと、私も貴方にお世話になる、から。」

 「そのお礼、みたいな、もの。」

 と、顔を俯けて言う彼女の姿が一瞬、天使に見えた。

 (なんと純情な表情!洗礼された教師兼オタクでなければ、恋慕の感情を持ってしまうところだった!)

 

 数秒天を仰いで、深呼吸をする。

 オタク的尊死をしてしまいそうな状況を、教師の精神をもって何とか乗り越えたことを確認すると、乃愛に向き合いこう懇願した。


 「けっkん、んん!心からお願いしたい。」

 一瞬賢者な面持ちを浮かべる幸希に、乃愛が首をかしげる。何か社会的に問題にありそうな発言が頭を出していた気もしないが、宇城家の三食は、乃愛の手料理がふるまわれることが決定した。

 

 _________________________________

 先ほどの会話から二十分ほどたって、幸希の住むアパートに近づくにつれ、街灯の数が減り、明るかった景色から暗い夜道に移り変わっている。まちまちになった街灯が一部だけ照らしており、若干の不気味さを漂わせている。

 「この道、本当に、不気味。」

 「そうだな、ここ数年はほぼ毎日この景色をみてるから、今更どうとも思わないが。」

 「教師ってそんなに大変、なの?」

 「一般校の美術教員は結構楽なんだけど、うちの高校は総合芸術高校だから楽ではないな。」

 「そう、なんだ。」

 「そうだ、遅くなって悪いんだが、うちの高校に編入する前にどこの学科に入りたいかは決めておくようにな。幸い、時間は十分にある。明日パンフレットか何か貰ってくるから、じっくり考えるといい。」


 「わかった。」

 意外にも前向きに高校編入を考えている彩条の了承を聞いてから前に向き直すと、視界の端に幸希の住むアパートが移っていることに気づく。

   

 「お、帰ってきたな。」

 明かりが点々としているところを見るに、まだ仕事から帰っていない、もしくは、晩酌でも交わしているのだろうことが伺える。


 「よし、今日は冷蔵庫に何もないから、カップ麺だな!」

 「それなら、帰りの途中で、買えばよかった。」

 「まぁまぁ、気にしなさんな。」


 今日のご馳走は、期せずしてB級になってしまった。

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