第3話 サイクルライフ2
「きょ、今日から、お世話になります。彩条乃愛です。」
先日編入試験に無事合格し、佐川総合芸術高校の編入を果たした乃愛は、幸希が担当する美術科の生徒として現世最初の自己紹介をしていた。
クラスメイト、主に男子生徒たちが「何だよあのかわいい子」、「俺、このクラスでよかった!」などとはやし立て、女生徒たちの目には、多少興奮の色が見られる。
一方乃愛は、ぱっちりとした目を羞恥の色に染めながら、精一杯絞り出した声で自己紹介している。
幸希自身、自分が担当するクラスながら、その個性の強さに乃愛がついていけるのかと、少しの不安を抱えてしまう。
だからと言って、彼女を常に手助けはできない。よって、幸希はある助っ人に乃愛の相手をしてくれるように頼みこんでいる。
「それじゃ、彩条さん。あの茶髪ショートの女子生徒の隣に座ってくれ。」
「う、うん。」
幸希に促されるがまま、窓際から二列、最後尾の席に向かう。クラスメイト達の注目を一身に受け、ようやく着いた席に手を掛ける。とてつもなく長い数メートルを完歩し、クラスメイトの注目が外れたとたん、乃愛は、机に顔をうずめる。
気兼ねしていた隣席の女子生徒も、温和な笑顔で「よろしくね」と挨拶をしてくれたから、問題はないだろう。と、初日の佳境をのりこえた達成感に浸り、密かに心の中で称えながら、心拍数を落ち着かせる。
(もしかしたら静かに暮らせるかも。)
多少の不安はあるものの、怖かった未来に希望を持てた気がした。
と、十分間休憩を迎えるまでは思っていた。
隣人と仲良く適度な距離感で接していける。そんな微かな安寧は、たった一時間で崩れ落ちた。
原因は隣人。今朝の温和な雰囲気は、授業間休憩を迎えれば積み木のようにのように崩れ去り、元気ハツラツのムードメーカーへと変貌。マシンガンのように繰り出される
そんなことが三回ほど繰り返され、ようやく訪れた昼休み。隣人、
(昼休み、は他の人に話しかける、はず。)
編入生のアドバンテージを考慮しても、あれだけ無視をかませばさすがに飽きるだろう。と若干の願いを込めて箸を持ち上げる。が、
「ねぇ、彩条さん。今朝の話の続きなんだけどさ、部活どこに入るの?」
もう、当然のように話しかけてくる犬居。
(静かな、高校生生活・・・儚い。)
これからの高校生活を想像して軽く悲しくなる。
「彩条さーん。おーい。」
相手は乃愛がボーッとしていると勘違いしているのか、瞳孔反射を確認するように、手を何度もかざしてくる。
「聞こえてる。無視してる、だけ。」
「あ、返答した。ねぇ、部活何処にはいるか決めてる?」
隙を見つけたとばかり、再度今朝の話を持ちかけてくる。
いつまでたっても態度を変えない犬居に諦めたのか、ふぅーとため息混じりの呼吸をし、彩条が口をひらいた。
「べつに、まだ。」
相も変わらず単語で会話する乃愛の返答に、ぱぁーと目の前の人物が妙に嬉しそうな顔をしだす。面倒ごとの匂いだ。
(とてつもなく、返答をミスった、気がする。)
相手の反応が嫌に良さそうなのがまずい。
「じゃあさ、私と一緒にまわろうよ!」
「やだ。」
「だめ、連れて行く。」
「うぅ。」
断りを断られ、相手の意思が強いことに少し泣きそうになる。
(やっぱり、印象詐欺師!)と、再度恨みながら、半強制、いや、強制的に部活を回ることになった。
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「ふう、何とかなりそうだ。」
休み時間、乃愛の様子を時々確認しては賑やかにやっているのを見て、幸希はふっと胸をなで下ろす。
できるだけサポートする、とはいっても気の良い生徒に任せた方が良い。そもそも、学校で生徒に話しかけるのは、いろいろな側面でまずい。
唯でさえ、生徒や同僚の教員から「変人教師」だの「変態教師」だの、まぁどちらにしろ言っていることが変わらないのだが、言われている幸希である。
「これ以上は教師としての沽券に関わる。」と悔しそうな顔の横で拳を作る。
学校での乃愛は、ある程度
と、安心していると、後ろから声をかけられる。
「幸希先輩___ふぅ。」
妙にいやらしい指運びで背中をなぞりながら、名前を呼び、耳元に息を吹きかけてくる。
「ひゃ!」
男性教員としては非常に気持ちの悪い声を上げて、前に膝から倒れる。
「は、
左耳を抑えて足をたたみ、乙女のような格好になる幸希。うん、我ながら気持ち悪い。
若干の羞恥心を表情に残しながら、服に着いた埃を払い落とす。
さて、この学校には物好きな奴が二人いる。
一人は中学の時点で書籍化小説を出版した天才生徒会長。
そしてもう一人が、幸希の目の前で佇んでいる女性教師、
この佐川総合芸術高校の映像芸術科の2年生を受け持っており、その整った容姿と豊かな表情から、生徒・教員問わず絶大な人気を誇っている。
俗に「小悪魔系」と呼ばれるタイプの彼女は、その計算された表情で、艶やかな黒髪を揺らして、可笑しそうに笑っている。
「_____填堵芭お前、なに可笑しそうに笑っているのかな。」
「だって、先輩ひゃって、ぷふ、女の子みたいですね~。」
「くそ、認めんぞ、お前は小悪魔系などではない、ただの悪魔だ!」
これ見よがしに嘲笑する填堵芭に、悔しそうに唇を咥える。
彼女が4年前にこの高校に赴任してからというもの、教員の先輩として世話を焼いてきたつもりが、1年たったぐらいから、からかいを受けるようになり、日に日にエスカレートしている。
下駄箱にラブレターのようなもので呼び出されたのに、ただ昼食のお供を読んだだけと告げられたり、焦ったような声で呼び出しておきながら私的な探し物を手伝わさせられたり、散々振り回しておきながら生徒たちに、「先輩は変人、いや変態限界オタク教師だから気を付けてくださいね。」と生徒に悪い噂を流されて、誤解を解くのに奔走させられたりetc.etc。
これは「小悪魔系」を繕うように性格を詐称する彼女の悪趣味と言ってもいいかもしれない。そう認識するほどに、ブンブン振り回されていた。
そのあまりにも過酷な3年間を過ごしてきた幸希は、普段なら「俺のこと好きなんだろ(キラ~)」と言うところでも、「ねぇやめて、まじでやめて!」と懇願するしまつである。
日頃なんとか報復できないか、策略とタイミングを伺っているが、こと悪戯に関しては、彼女が4枚ほど上手であり、今のところ報復は一度も成功していない。
(くそ、いつか必ず報復を成功させて、先輩としての立場を取り戻してやる。)
ぐっと、填堵芭の見えない形でこぶしを作る幸希を、笑いつかれた填堵芭が、報告しする。
「そろそろ昼食の時間ですよ、早く書類をかたずけないと、昼食取れませんよ?」
「くそ、覚えてろよ。」
「先輩の悪戯はあまいですからね~。」
「ぐぬぬー。」
いつか来るかもしれない、填堵芭を嘲笑し、高笑いする自分を想像しながら、幸希は職員室へと戻った。
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