第9-4話 失言
「ここはどの公式を使うんだ?」
「そこはね--」
勉強を開始してから2時間が経過し、集中力が切れそうになりながらもなんとか勉強を続けている。
俺の集中力が切れそうになっているのは2時間という長い時間だけが原因ではない。
蔦原の顔が異常に近いのだ。
蔦原も俺をからかおうとして距離を近づけているわけではなく、勉強を教えようとして自然と距離が近づいてしまっているだけなので、変に意識するのは申し訳ないとさえ思う。
しかし、これまでの人生で女子とこれだけ長い時間顔と顔が至近距離にあったことなんてあるわけがない。
そうなれば、集中力が失われてしまうのも無理はないだろう。
更に俺の集中力をかき乱してくるのは女子特有のいい匂い。
距離が近ければ蔦原の匂いが漂ってくるのも当然のこと。
先程蔦原に口うるさく説教をしておきながら自分が勉強に集中できていないことに気付かれるわけにもいかないので、できるだけ勉強以外のことは考えないよう努めている。
「ねぇ、紅、紅聞いてる?」
「えっ、あ、ごめん……。聞いてなかった」
「もう勉強始めてから2時間以上経つしね。 そろそろ休憩しよっか」
「そ、そうしてもらえると助かる」
集中力が切れている原因について、長い時間勉強したことだけが原因だと思ってくれているようで俺は胸を撫で下ろす。
「紅さ、絶対もっと自分に自信持っていいと思う。というか持つべきだよ」
蔦原は唐突に俺に自信を持つべきだと言ってきた。
そう言ってくれた理由は分からないが、今し方、邪な気持ちで集中力が切れていた自分に自信を持つことら到底できそうにない。
むしろ更に自分に自信がなくなってしまったと言っても過言ではない。
「ど、どうした急に」
「だって私は紅と遊んでてすごく楽しいし、居心地がいいし、今日だって学校に復帰するために必死になって勉強して……。紅がありのままの自分をみんなに見せたら絶対に人気出るのにって思って」
頬を膨らませながらそう言う蔦原の様子を見れば、決してお世辞で言っているのではないことが分かる。
蔦原がそう言ってくれるのなら、俺はもう少し自分に自信を持っても良いのだろうか。
「そんな事ないと思うけど」
「そんなことあるよ。紅は自己肯定感低すぎなの。もっと自分を認めて、自分を褒めようよ。じゃないと復帰しても上手くいかないよ!」
蔦原のいう通り、学校に復帰してからも自分に自信がなければあらゆる場面で上手くいかないことが出てくるだろう。
そうならないために、嘘でも自分には自信を持つべきなのかもしれない。
「まあ確かにそうだな。そのせいでまた不登校になっても嫌だし」
「そうそう。私だったら紅みたいな人が彼氏だったらみんなに自慢したくなるなー」
「--え?」
「……え?」
蔦原の発言に、俺は言葉を詰まらせる。
そ、それって要するに、俺が彼氏でも問題ないってこと?
というか、『自慢したくなる』ってことはもうそれ、俺と付き合いたいって言ってるようなもんじゃないのか⁉︎
「ち、ちがうよ⁉︎ そ、その、紅と付き合いたいと思ってるわけではなくて、付き合ってたとしたら、みんなに自慢したくなるなーって……」
「あっ、え、えっとその……」
「あー、今日はもう解散! またね! 紅!」
「え、ちょ、蔦原⁉︎ まだ勉強が……⁉︎」
蔦原は自分の発言に取り乱し、勉強のことなんて忘れてその場を立ち去ってしまった。
え、えーっとあの……。
うん。まあこれはその、あれだ。
多分何かの間違いだったのだろう。
そう自分に言い聞かせながら、勉強道具を片付けて帰路についた。
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