第6-1話 蔦原のお願い

「ごめんっ! 先に謝っとく!」


 蔦原はシャクドに到着するなり先に到着していた俺に頭を下げて謝罪をしてきた。


 何をされた記憶もないのに急に謝られると、逆にこちらが何かやらかしたのではないかと不安になる。


 昨日NIKEAに行った時に何かやらかしたか?

 何かやらかしたような記憶なんてないんだが……。


「おう、いいぞ別に」

「え? まだ内容も言ってないのに許してくれるの?」

「蔦原に何かされた記憶も無いし、もし俺に謝るようなことをしでかしてたとしても意図的じゃないだろうしな」


 蔦原と出会って1週間。


 短いように聞こえるかもしれないが、蔦原の人となりを理解するには十分な期間である。


 蔦原は誰かが嫌がるようなことを意図的にする人間ではない。


 仮に俺が嫌がるようなことをしたのだとしても、それがわざとではないのなら怒る必要なんてない。


「何それ。そんなこと言われたら信頼度上がるしかないじゃん。ってことで3%アップで32%ね」

「ありがとな。それで、さっきのは何の謝罪なんだ?」

「あのね、お母さんに『学校に行ってないのに毎日出歩くのは見過ごせない』って言われちゃって……」


 蔦原の話を聞いた俺は、驚くよりも先に納得してしまった。


 俺は両親が共働きでどちらも家にいないので、どれだけ出歩いても気付かれることはないし何を言われることもないが、蔦原の家に親がいるのは当たり前のこと。


 不登校の娘が毎日出歩いているとなれば注意したくもなるだろう。


「なるほど……。まあ間違いないな」

「そうなんだよね……。正論すぎて反論できなくてさ……」


 正直いつかはこうなるだろうと思ってはいたが、予想以上にそれまでの期間は短かった。


 母親に注意されたとなればこれまでのように蔦原に会うことはできなくなる。


 たった数日とはいえ、蔦原と過ごした時間は想像以上に楽しかった。


 会うことができなくなるのは正直言って寂しいし、できることなら今後も会いたいと思う。


 しかし、ここで俺が『これからも会いたい』と駄々をこねても蔦原が遊びに来れるようになるわけではない。


 蔦原を困らせないためにも本心を伝えることは控えた。


「これからどうする? もう会うのやめとくか?」

「へ? 何言ってるの?」

「え、だって『遊びに行くな』って言われたんだろ?」

「違う違う。『毎日出歩く』って言うのが見過ごせないだけで、平日も週に2日くらいならで歩いていいって」


 え、何そのお母さん推せる。


 頭ごなしに注意して縛り付けるのではなく、注意はしながらもある程度の余裕を持たせて上げる完璧な母親じゃないか。


「いいお母さんだな」

「うんっ。ある程度の躾はしてくるけど、『あなたの好きなようにやりなさい』ってのが口癖だし」

「俺もそんな母親の子供に産まれたかったよ」

「お母さんに不満でもあるの?」

「いや、不満はないけど……まあ強いていうなら放任すぎるって感じかな」


 俺の母親は俺と蒼にできるだけ干渉しないようにしており、自分は仕事や旅行など毎日忙しく過ごしている。


 まあそんな母親に不満はないが、もう少し俺たちに関わってほしいという思いがないわけではない。


「そうなんだっ。お母さんとは仲良くしなよ。……それでね? お願いがあるんだけど……」

「お願い?」

「お母さんが、『紅を家に連れて来い』って言うんだけど、今から私の家来てくれない?」

「……は? 今から?」


 以前約束したとはいえまだ少し先の話になるだろうと気楽に考えていたが、どうやら俺は今から蔦原の自宅に行かなければならないらしい。

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