第5-3話 食べ放題
犬のぬいぐるみを抱っこした蔦原が可愛すぎるのは言うまでもなく、小洒落た家具が立ち並んでいる広い店内を一周しながら、俺は家具よりも蔦原の姿に視線を向けていた。
「あ、見て! もう一周終わりそうだよ!」
「あっ、あそこが出口か」
蔦原が出口を指差して急に俺の方に視線を向けてきたので、俺は急いで視線を蔦原から家具へと移した。
俺が蔦原に視線を向けていたことには気付かれなかったようで、蔦原は俺を置き去りにして小走りで出口まで走っていく。
本来はかなり長く感じるであろうNIKEAの店内だが、蔦原の姿に夢中になっていたせいでそのルートはかなり短く感じた。
あまりにも夢中になっていたので意識はしていなかったが、今思い返してみると家具になんて一度も視線を向けずにずっと蔦原に視線を向けていたな。
無理な話かもしれないが、俺の視線ずっと蔦原に向けられていたと気づかれていないことを願うばかりである。
「ほら、ここがスイーツ食べ放題がある場所だよ!」
「おお、本当にこんな場所があったんだな」
家具を一通り見終えると、俺の目の前に現れたのはフードーコートだ。
そこには蔦原が言っていたスイーツバイキングだけでなく、昼食を食べることもできる。
NIKEAには以前来たたことがあるが、こんな場所があったとは驚きである。
「ほら、はやくいこ」
「–--っ⁉︎ ちょ、蔦原⁉︎」
蔦原は俺の腕を掴んで、フードコートに向かって引っ張り始めた。
その行動に驚きはしたものの、異性である俺の腕を容易に掴めるくらいには信頼されているのだろうと、そう思うことにした。
※※
「おいひーっ! 若干甘すぎるような気もするけど甘い食べ物なんて甘すぎるくらいが丁度いいよねぇ。なんか海外感あって良くない? NIKEAのスイーツ」
目の前でスイーツを頬張る蔦原は頬に手を当てて、本当に美味しそうにスイーツを食べている。
このまま二人でずっとこんな時間を過ごしていたいな……。
いや、待て待て。
俺と蔦原はまだ出会ってから数日しか経っていないし、そもそも俺たちが一緒にいる目的は信頼度を100%にして学校に復帰することだ。
その目標があるのに、蔦原に対して邪な気持ちを抱いてしまうのは禁忌だろう。
俺は蔦原を学校に復帰させると決めたんだ。
変な感情は持ち込むんじゃねぇ。
「確かに外国感あって良いな。このピーナッツ感ある味がいかにも海外って感じがする」
「え、ちょっとそれちょーだいよ」
「おけ」
俺は自分が口をつけていない側を、余っていた新品のフォークで切り分けようとする。
「お、気が遣える男はモテるよ。プラス2%!」
「気が遣えるというか当たり前の礼儀だと思うが」
「その当たり前が当たり前にできない人が大勢いるんだよ」
「そんなもんか」
「うん。てかそんなに気を遣ってもらわなくて良いよ? 私潔癖ってわけでもないし、間接キスでもきにしないけど」
蔦原の言葉に思わず口の中に入っていたスイーツを吹き出しそうになる。
意識してしまうからあえてその言葉を口にはしなかったのに、蔦原はいとも簡単にその言葉を口走った。
「お、おまっ、間接キスとか簡単にいうんじゃねぇよ」
「言うだけなら良くない?」
「まあそうだけど」
「ふふっ。狼狽えちゃって可愛いんだからっ」
「あ、ちょっ」
蔦原は自分の使ったフォークで俺のスイーツの端を切り、そのまま口へと運んでいった。
「んんんっ。そっちも美味しいね。次はそっちの皿持ってこよーっと」
「……」
蔦原が俺のスイーツを食べるだけなら問題はないが、俺はこのまま蔦原のフォークで切った部分を口にしてしまって良いのだろうか。
いや、逆に食べずに置いておく方が変に意識してしまっていることにもなる気がするし……。
「どうしたの? 食べないの?」
「たっ、食べるに決まってるだろっ」
そして俺は蔦原のフォークで切られたスイーツを口に入れた。
こうして俺は蔦原に背中を押される形で人生初の間接キスというものを経験した。
な、なんだろうかこの背徳感は……。
予想外だったが、間接キスとは背徳感の詰まった行為らしい。
「よし、次の皿取りにいこー!」
俺の悩みなんてそっちのけでスイーツビュッフェを楽しむ蔦原を見て、お腹をパンパンにして帰宅してから吐いてしまうくらいになるまで付き合ってやろうと覚悟したのだ。
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