第4-4話 ひっつき虫

「あ、あの……。こ、これはどういう……」

「気に入られたな。おめでとう」


 俺がリビングから戻ってくると、蔦原と蒼の立場は逆転していた。

 蒼は蔦原のことが相当気に入ったようで、蔦原の腕にギュッとしがみついて離れようとしない。


「彩楽さん、好き」


 蒼よ、ロリータファッションを褒められただけでここまで蔦原を好きになってしまうとは簡単すぎやしないかい?


 いや、そりゃこれまで散々否定されてきたわけだから理解はできるけどさ、見知らぬおじさんについていかないか心配だよお兄ちゃんは。


「……名前呼びも先を越されたか」

「蒼ちゃんやっぱめっかわずっとくっついてていいよ」

「そうする」


 俺と蔦原の信頼度は現在22%だが、蒼と蔦原の信頼度はもう200%には達していそうな勢いである。


 まさか俺より先に蒼が蔦原を名前で呼ぶようになるとは。


「で、本題に戻るけど何する?」

「そうそう、さっき思い付いたんだけど、中学の卒業アルバムとか見せてよ」

「え、シンプルに嫌だ」


 中学生の俺といえば高校生になった今よりもかなり酷い陰キャだったので、できればその頃の写真を蔦原には見られたくはない。


「彩楽さん、アルバムあそこ」

「え、ちょ、蒼? 何言って……」

「あの机の下?」


 蔦原がそういうと蒼はコクッと頷いて、蔦原は俺の机の下に潜って中学の卒業アルバムを見つけてきた。


「へへーん。ゲットしました〜」


 蒼の奴め……。


 長年生活を共にしてきたお兄ちゃんより蔦原の悪事に加担するとは何事だ。


 現在よりも更に陰キャを極めていた時代の俺を見られるのはなんとしても避けたいところだが、蔦原と蒼が嬉しそうにしているのでもう止められる雰囲気ではない。


 卒業アルバムといえば俺自身でさえまともに目を通したことのない代物だ。


 貰ったその日に一度だけ中身を確認したことはあるが、目に留まるのは陽キャばかり。


 俺はというと、メインで写っている写真は1枚もなく、見切れている写真しかなかった。


 学校側もできるだけ全員が均等に写るよう配慮しているはずなのだが、自分がまともに写っていたのは集合写真だけ。

 卒業生全員のための卒業アルバム出なければならないのに、完全に陽キャのためのアルバムとなっていた。


「へえ、紅って吹奏楽部だったんだ」

「集合写真にだけは写れって言われたからしゃーなしで写っただけで、実際は帰宅部員みたいなもんだったけどな」

「そっかそっか〜……。ねぇ、これ見てよ、蒼ちゃん」

「……ふふっ」

「これも、これも、これも」


 蔦原がアルバムを指さして、それを見た蒼が何やら微笑んでいる。


 蒼が笑っているのなんていつぶりに見ただろうか。


 いや、それは嬉しいけど、なんで笑われてるの?


「俺変な顔で写ってたか?」

「違う違う。そもそも顔がしっかり認識できるほどまともに写ってる写真が無いし」

「確かにそうだな」


 それならなぜ2人は俺の卒業アルバムを見て笑っているのだろうか。


「……お兄ちゃんらしい」

「ねっ。こういう部分をみんなが理解してくれたら絶対にいじめられたりなんてしないのに」

「え、変な顔で写ってたりはしてないんだよな?」

「だからそもそもまともに写ってないって……。とりあえず信頼度5%アップかな」

「え、5%アップ?」


 卒業アルバムを食い入るようにして見ていた蔦原は唐突に信頼度が上がったことを伝えてきた。


「なんでアップしたんだよ。てか5%も? 卒業アルバム見せただけで?」

「うんっ。これで今27%だから、あと73%だね」

「俺の陰キャ度MAXの時代の写真なんて見られたら逆に信頼度が下がってもおかしくないような気がするけど」

「上がる要素しかなかったよっ」


 結局なぜ信頼度がアップしたのかを教えてくれないまま蔦原との蒼は楽しそうにアルバムを見続け、全ページが見終わった蔦原は俺が持ってきたジュースとお菓子を口にしてから帰宅していった。


 蔦原が帰宅してから蒼に聞いた話だが、卒業アルバムの中で俺が見切れていた写真。


 その写真の全てで、俺はただ見切れるだけではなく花壇の花に水をやったり、クラスのプリントを回収して先生に持って行ったり、クラスで飼っていた金魚にエサをあげたりとみんながやりたがらないようなことばかりをやっていたそうだ。


 その写真を見て、蔦原は俺に対しての信頼度をアップさせてくれたらしい。


 昔はやることがなかったからやっていた行為が、こんな形で認められるとは思っても見なかったが、認められるってのは嬉しいもんだな。


 それにしても蔦原のやつ、俺でさえ見つからなかった俺をよく見つけたよな。視野が広いのだろうか。


 そんなことを考えながら、俺は自分と蒼の夕飯を作ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る