第3-2話 初めてのプリクラ

 初めてプリクラ機の中に入った俺はキョロキョロと中の様子を確認している。


 後方にはグリーンバックがあり、正面には大きいライトが煌々と光り輝いている。

 鬱陶しいと思ってしまう程の眩しさに俺は思わず手のひらで光を遮った。


 これが女子たちが好きで好きでたまらないプリクラ機か。


 うん、正直言って何がいいのか全く分からん。


 とはいえ、蔦原程の美少女がこの密室俺のすぐ横にいるというこの状況自体は悪いものではないし、カップルがプリクラを撮りたがる気持ちも分かるような気はする。


「ここにお金入れて撮影するの」

「流石にそれくらいはわかるけど」


 そう言いながら、財布に手を伸ばしていた蔦原の手を握り静止させる。


「俺が払うよ」


 俺は蔦原にプリクラを撮るお金を払わせるわけにはいかないと、俺がお金を払うと伝えた。


「いいよ別に割り勘で」


 蔦原は割り勘でいいと言うが、そういうわけにはいかない。


 俺は蔦原にお礼がしたかったのだ。


 学校で唯一俺に手を差し伸べてくれた蔦原にはいつかお礼をしたいと思っていた。

 それに、本来であれば今日も1人でゲームセンターにやってきて、メダルゲームをしたりUFOキャッチャーをしたりと面白いように見えて全く面白味の無い時間を過ごしていただろう。


 そんな時間を蔦原は意味のある時間に変えてくれた。


 そんな俺がお礼をさせてほしいと思うのは無理もない話だろう。


 まっ、お礼とは言ってもたかが400円の話だけど。


「いや、払わせてくれ。『信頼度を上げて2人で人生をやり直す』っていう明確な目的があるとはいえ、何の魅力も無い俺と一緒に過ごしてくれてることには本当に感謝してるんだ。そのお礼だと思って、な」

「感謝してくれるのはありがたいけどお礼なんていらないよ。大丈夫だから--」

「俺に払わせてくれないともう明日から蔦原とは会わない」


 どれだけ払うと言っても蔦原に引く様子が無かったので、俺は最終手段に出た。


「なにそれ卑怯……。信頼度2%アップね」


 俺に聞こえるか聞こえないかくらいの声で蔦原は『2%アップ』と呟いた。

 まさか2%アップというのは、信頼度が2%上がったってことなのか?


「え、今のやりとりだけで信頼度が上がったのか?」

「上がったっていっても2%だけだし。まだ合計7%だし」

「そう考えると先が思いやられるな……」


 俺たちの目標は信頼度を100%にすること。


 今日もこうして少し信頼度が上がったとはいえ、まだ信頼度が7%しかないと考えると先が思いやられる。


「あ、でもさっきの『魅力が無い』ってのは聞き捨てならないかな」

「え?」


 蔦原は真剣な表情でそう言った。


「魅力なんて人それぞれだと思うし、私と会ってまだ3日目なのに信頼度がもう7%も溜まったんだから、それはもう魅力があるってことじゃない? ほら、信頼度イコール魅力でもあるっていうかさ」


 蔦原は俺が自分のことを魅力が無いと言ったことに対して怒っていたのだ。


 俺はどうしても自分自身を卑下してしまう傾向にあるが、それを誰かから注意されたことなんて無い。


「あ、あの、えっと……ありがと」


 誰かに褒められるのなんていつぶりだろうか。


 褒められ慣れていない俺の頬はみるみるうちに熱くなっていく。


 蔦原に赤面しているところを見られたくなかった俺は蔦原から顔を逸らしながらプリクラ機にお金を入れた。


「よし、始まるよ」

「お、おう。どんなポーズしてればいいんだ?」

「どんなポーズでもいいけど、次はこんなポーズ‼︎ とかって指示してくれたりするからそれの真似しておけばいいと思う」


 それから俺は蔦原の言う通り、プリクラ機の指示通りのポーズを取り続けた。


 蔦原はというと無邪気にプリクラ機に指示された以外のポーズを取ったりしている。


 そんな蔦原の姿を見て俺は思わず顔を赤らめてしまった。


 先程僕の『魅力が無い』発言に対して真剣に怒ってくれたり、今まさに俺の真横で無邪気にプリクラを撮っている姿を見ると、蔦原が本当に純粋な女の子だということがよく分かる。


 誰に対しても優しくできて、自分のやりたいことに正直に生きる。

 そんな蔦原を見て、魅力を感じない人なんてこの世には存在しないのではないだろうか。 


 そんな蔦原が、本当にただ人気者だったというだけで妬みを買っていじめられるものなのだろうか。


 もしかしたら何か他に理由があるのかも……。


 再び疑問に思うと同時に、蔦原をいじめた奴らに再び憎悪が湧き上がってくる。


 なぜ蔦原の様な素晴らしい人間が不登校になり真っ当な人生を送ることができないでいるのだろう。

 それなのに、なぜ蔦原をいじめいた奴らはのうのうと学校に通い普通の生活を送っているのだろう。


 蔦原はこんなところで暇を持て余していていい人間ではない。


 俺なんてどうなったっていいから、なんとしてもこの笑顔を守ったまま蔦原だけは普通の生活に戻らせなければならない。


 そんなことを考えていると、撮影が終わっていないにも関わらず、俺の口からは言葉が漏れた。


「……信頼度3%アップ」

「え、3%アップ? 私今何もしてないんだけど?」


 キョトンとしてこちらを見てくる蔦原の表情を見て、俺自身も自然と今の言葉が出てきたことに驚きつつ、絶対に蔦原を普通の生活に戻らせてやるという決意が固まった。


「十分してくれてるよ」

「そう? そう思ってくれたなら嬉しいけど。あ、最後だって。それじゃあ信頼度10%になったし、1と0でも作っとく?」

「そうだな」

「それじゃ、0がもう1つ増えますように‼︎」


 こうして今日は信頼度がアップするだけでなく、蔦原を普通の生活に戻らせるという決意が固まったのだった。

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