第1-4話 やり直しとやり返し

 どれだけ考えても『人生をやり直す』という言葉の意味を理解できなかった俺は、変に答えを濁すのではなく蔦原さんに直接訊いてみることにした。


「人生をやり直すっていうのは?」


 俺が質問をすると、蔦原さんはフフンと自慢げに鼻を鳴らしてから話し始めた。


「そのままの意味だよ。要するに、私と染谷君が全く同じタイミングで学校に復帰してみんなを驚かせてやろうってこと」

「同じタイミングで学校に復帰……?」


 蔦原さんが何を言っているのか全く分からず余計に理解できなくなってしまう。


 いや、言葉の意味は理解できるけど、学校に復帰するなんて自らいじめられに行くようなことをなぜしなければならないのだろうか。


 それに、俺と蔦原さんが一緒に復帰するという部分も気になる。


 二人で揃って復帰すれば悪目立ちして不登校になる前よりもいじめられてしまう可能性が高い。


 再び学校に行くなんて断固拒否である。


「やっぱり嫌?」

「そりゃ嫌だろ。なんでわざわざいじめられに戻らないといけないんだよ」

「よく考えてみてよ。いじめってさ、助けてくれる人とか信頼できる人が誰もいなくなって孤独になっちゃうから嫌なわけでしょ? じゃあもし、一緒にいじめられてるパートナーがいたとしたらどう?」


 再び難しい話をしてくる蔦原さんに俺は確認を取る。


「それは要するに、僕と蔦原さんがパートナーになって助け合うってこと?」

「その通り‼︎ どう? 私と一緒なら心強いと思わない?」


 蔦原さんと協力し合っていじめを切り抜け、時に助け、時に助けられる。

 そんな関係が築けたのだとしたら、それ程心強い物はない。


 しかし、懸念もあった。


「そりゃ心強いけど……。蔦原さんはどうなんだ? まだほとんど喋ったこともない俺のことなんて信頼できる?」


 蔦原さんの言っていることは、お互いを百パーセント信頼してこそ成り立つものだ。


 俺は蔦原さんの人となりを理解しているからいいものの、蔦原さんが俺のことを百パーセント信頼するなんてできるはずがない。


「そりゃ最初から百パーセント信頼できるって言ったら嘘になるよ? それは染谷君も一緒でしょ?」


 蔦原さんの人となりは理解しているので99パーセントくらいは信頼できるが、直接関わったことが少ないだけに、100パーセント信頼できるかと訊かれても首を縦に振ることはできない。


「そ、それはまあ……」

「だからさ、まずは学校に行くよりも先にお互いを信頼することが大切だと思うの」


 蔦原さんの発言は理にかなっている。


 しかし、今後俺と蔦原さんが信頼関係を築き上げていく未来を想像しても、明確なビジョンが見えてこない。


 『元』とはいえ、蔦原さんは学校1の美少女でクラスでナンバーワンの人気者だった人だ。

 それに比べて俺はいじめられる前もいじめられてからも最下層に居座っている人間である。


 蔦原さんにとって、そんな俺と協力することにメリットなんてあるのだろうか。


 とはいえ、蔦原さんがこうして不登校になって学校に行くことができていない状況については俺も納得できない。


「なるほど。蔦原さんの考え方は理解した。じゃあまずは信頼関係を築いていくところからだな」


 俺はどうなったっていいが、蔦原さんは不登校になっていい人間ではない。


 俺がなんとかしければ。


 そんな気持ちで俺は蔦腹さんの提案を受け入れることにした。


「そうだね。とりあえず、『さん』付けで呼ぶのやめてもらおうかな。『蔦原』か、『彩楽』って呼んでよ。私も紅って呼ぶから」

「こっ……」


 蔦原さんに下の名前を呼ばれて思わず赤面してしまいそうになるが、なんとか赤面せずに済んだのは蔦原さんが気を遣ってくれたからだ。


 俺も蔦原さんのことを下の名前で呼ばなければならないとしたら、赤面は回避できていなかっただろう。


 というかまあ『蔦原』か『彩楽』と呼べと言われて『彩楽』と呼べる俺であればいじめのターゲットにはされていないだろうな。


「じゃ、じゃあ蔦原で」

「……ふふっ。まずはそれで良いよ。お互いがお互いを信頼できるようになったその時は『彩楽』って呼んでね」

「ぜ、善処する」


 この場面で『分かった』とすら言えないチキンな自分が不甲斐ない。


「あ、あと連絡先も交換しとこ‼︎ 連絡はいつでも取れるようにしときたいからね」

「了解」


 突然の連絡先交換に狼狽しながらも、俺は開け慣れていないRINEのQRコードを開いて蔦原にスキャンしてもらった。


「よし、あんまり遅くなると同じ学校の生徒たちとばったり会っちゃうかもだし帰ろっか。また次の作戦会議日程はRINEできめよ」

「承知した」


 こうして俺たちは解散し帰宅した。

 

 この日を境に俺の人生は大幅に変化していくこととなったのである。

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