第1-2話 2人目の被害者
蔦原さんといえば入学当初から男子人気No.1の女子生徒で、人との関わりが少なかった俺でもその存在ははっきりと記憶している。
そして、俺が蔦原さんを記憶しているのには人気No.1の女子生徒だからという理由以外にもう1つ理由がある。
蔦原さんが俺に対して嫌がらせをしてきた生徒にクラスで唯一注意をしてくれた人物だからだ。
まだ俺が不登校ではなかった頃、午前中の授業を終えた俺はお昼休みに弁当を鞄の中から取り出して昼食を取ろうとしていた。
机の上に置いた弁当のフタを開けて昼食を食べ始めようとすると、俺をいじめていた生徒、
それを見てその取り巻きがケラケラと笑っている。
賀川もヘラヘラしながら『ごめんな』などと言ってくるので腹が立ったが、嫌がらせを受けるのは日課のようになっていたし、その度に腹を立てていてはどうしようもないと気にしないようにしていた。
クラスメイトも『また染谷君がいじめられてるよ……』くらいの冷ややかな視線を送ってきていたし、このまま大事にはせずやり過ごそうと思っていたその時、蔦原さんが男子生徒の前に立ちはだかった。
『今のわざとでしょ、やめなよそういうの』
俺は急すぎる出来事に口を開けて呆然としていたが、蔦原さんの言葉は一言一句違わず頭に記憶されているし、それと同時にバツが悪そうにしている賀川の表情も鮮明に記憶している。
学年で人気No.1の蔦原さんに注意されてしまえばその場で反論をすることはできなかったのだろう。
結局賀川はわざと机にぶつかり弁当を落とす以外は何もせずその場から退散していった。
まあその後、完全なる逆恨みで俺に対する当たりが更に強くなったのは言うまでもない。
とはいえ、蔦原さんは何も悪くないし、何のメリットもないのに俺を助けるためいじめっ子に注意してくれた蔦原さんという存在に俺は救われていた。
とはいえ、結局いじめの内容がエスカレートしてそれに耐えきれなくなった俺は不登校にはなるんだけど……。
とにかく、性格も良く誰にでも優しくできる人気No.1の蔦原さんが平日の真っ昼間からゲームセンターにいるという状況はにわかに受け入れ難い。
しかし、実際目の前に蔦原さんがいるので受け入れざるを得ないのが現実だ。
なぜ蔦原さんにはこんな時間にこんなところで一人でゲームセンターにいるのだろうか。
「やっぱり染谷君だ‼︎ ひっさしぶりだね〜‼︎ 元気してた?」
「う、うん。まあ学校に行ってる時よりは元気かな」
嫌がらせを受けて不登校になっている時点で元気であるはずがないのだが、不登校になってからの方が心身共に体調は良い。
というか、俺みたいな道端の石ころみたいな奴のこと覚えててくれたんだな。
まあ俺だけが賀川たちから酷くいじめられていたし印象には残っているのかもしれない。
「そっかそっか〜。そうだよね……。ごめんね、染谷君が賀川君たちから嫌がらせ受けてるの知ってたのに、何もしてあげられなくて」
「蔦原さんが謝ることじゃないよ。……えっ、蔦原さん? え、ちょっ、な、泣いてる⁉︎ なんで⁉︎ そんなにさっきのチンピラが怖かった⁉︎」
急に泣き出してしまった蔦原さんを前に、俺はどうすることもできず慌てふためく。
女子と会話することだって稀なのに、急に目の前で泣かれた時の対処法なんて分からないんだが……。
「そうじゃなくて……。染谷君の気持ち考えたら、本当に辛かっただろうなと思って……」
--っ。
蔦原さんの言葉を聞いた瞬間、俺は蔦原さんが男子からだけでなく女子生徒からも人気を博していた理由を理解した。
この子は人の痛みを自分のことのように、いや、それ以上に敏感に感じ取ることができる子なんだ。
これ程までに優しい子は見たことがない。
蔦原さんが俺を助けてくれたように人に優しくできるのも、こうして人の痛みを敏感に感じ取ることができるからなのだろう。
『何もしてあげられなくてごめんね』と謝罪をしてきてはいるが蔦原さんは俺をいじめる賀川に唯一注意をしてくれた人物だ。
謝罪なんてしていらないし、むしろこちらがお礼をしなければならない立場である。
これ程までに優しい心の持ち主である蔦原さんが、なぜ平日の真っ昼間にゲームセンターにいるのかますます謎である。
「辛かったけど、蔦原さんが俺に嫌がらせしてきた奴らに注意してくれたのは本当に嬉しかったから鮮明に覚えてるよ」
「そっか……。少しでも力になれてたなら良かった」
多少なりとも力になれていたことに安心した蔦原さんは泣き止み冷静さを取り戻したようだ。
「それで、なんで蔦原さんは平日の昼間からこんなところにいるの?」
「え、え〜っと……」
蔦原さんは視線を泳がせ、何か言いづらそうにしている。
「……?」
「あ、あのね‼︎ ……私も不登校なの」
「……え? 蔦原さんが⁉︎」
蔦原さんが不登校⁉︎
蔦原さん本人からその事実を聞かされたとはいえ、男子からも女子からも人気だった蔦原さんが不登校になっているという事実は到底受け入れられる内容ではなく、その事実を飲み込むのにはしばらく時間を要することとなった。
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