第11話「日々、恋人からは逃げられない」

今日も今日とて、私は………うん。恋人を待っている。今朝の事件から数時間がたち、現在は四限目の授業の半ばだ。あれから、一向に穂村の気配が感じられない。朝のホームルームの時、私は、穂村が遅刻するかもしれないと報告したが、穂村は、すでに学校に連絡していたようで、担任は知っていた。本当に、こういうところは悔しがしっかりにしているのが学年一位の穂村だ。

…にしても、やばかったなぁ…あの時。本当に、氷条さんが穂村に見えてやばかった。それに、あの低い声、よかった…でも、それより、あの時の穂村の声……もっとよかったなぁ…あんな声で私…攻められたらってかんがえると………やめておこう。今は授業中だ。そう言うのは…その…寝る前とかだ。うん。…でも、本物の声聞いたら、氷条さんの声もよかったけど、どこか物足りなさを感じてしまう……じゃあ、なくて、さすがに聞き分けはつく。全然穂村と違うじゃんって。でも、はぁ……結局私は、重度な変態と言うわけか…。言うなれば穂村への愛が変態。略して、ほむへん。……何言ってんだ、私。あーもう…授業、頭にはいんないなぁ…この後、穂村に何されるか、たのっ…じゃなくて、怖くて…。


そんなこと考えて、一切授業に身が入らない。そして、ちょうどいいことに、私の今の席は一番後ろの席で、窓側の席。私は外を眺めることにした。そこには、ちょうど下級生が体育をやっている様だった。その奥にはうちの学校の校門がある。そこを、ぼーとって眺めていると。よたよた、歩くゾンビの様なうちの学校の制服を着た生徒がやって来た。どうやら、氷条さんがやってきたようだ。そして、その後ろには、満面の笑みを浮かべて、ピョンピョン跳ねながらこちらに両手をふる穂村の姿が見えた。私は、軽く手を振り返した。そしたら、さらに大きく跳ね上がり着地した。着地した穂村はゆっくりと顔をあげ口をパクパクとさせた。その時の穂村の瞳には光が無いように感じた。そして、私はゾワッとする感覚と共に背筋が凍り付いた。これは、興奮とかそういうのではない。生命体としての危機を感じた、字のごとく。危険である。

だって、この時の私は、穂村の口の動きがこうにしか見えなかった。


「まってて、今すぐそこに行くから…次は、君の番…だよ」


と。私は甘く見ていた先ほどまでの自分を殴ってやりたい。あまつさせ、楽しみに思ってしまっていた自分を殺してやりたい。あぁ、もう私は、時間に身を任せるしかないのか…先月齢16歳となったばかりの早生まれの私は悟りの扉が見え隠れしたのであった。


そして、時が流れ、昼休み。四限目の終盤に教室に入って来た穂村。


「お待たせ、日蔭、待った?」


ニカっと笑う。いつものように。だが、目が笑っていない。


「イヤ、マッテナイヨ」


恐怖のあまりカタカナになってしまう私。


「じゃあ、とりあえず、空き教室にでも、行こっか」


笑ってはいる。笑ってはいるんだ。だが、目が…その……目が、笑っていないんだよ!!


「ウン」


心の中では穂村につっこんではいる。だが、カタカナになってしまう私。

私の、返事を聞いた穂村はテクテクと歩いて前進するが。私は恐怖のあまりに足がすくんでしまい思った以上に足が進まない。やばい、どうしよう。


「どうしたの?」


穂村はクルリと振り返り、そう尋ねる。だが、私が動けなくなっているのを察したのかグンと近づいてくる。それも私の耳に穂村の息がかかるくらいに。そして、穂村は息を吸って、今朝初めて聞いた、穂村から全く聞いたことない、どこからそんな音が出ているのか、わからないくらいに低い声で私に、ささやく。


「どうして、来ないの?……なに?日蔭はもしかして、クラスのみんながいる前でやられたいの?…」


それを聞いた私は反射的に後ろり飛びのけて頭を全力で左右に振った。


「じゃあ、手、つないで行こっか、日蔭」


そういわれて、私は穂村に手を引かれながら教室を後にした。



そして、場所はうつること空き教室。穂村は少し、乱暴気味に私を教室に押し入れる。教室の扉をドンっと乱暴に閉めた。


「……その、…穂村………きゃ!」


私は、穂村と会話を試みて、声を出したが、穂村はうつむいたまま私にせまってきて、あげく私は机に体があたりそのまま床ドンをされるように穂村に机の上で押し倒され、悲鳴を軽く上げてしまった。


「……穂村、……その、ここ学校だしね?」


私は、穂村に押し倒されたということから、顔が熱くなるのを感じる。でも、それとはまた別の温もりが、私の顔に降りかかる。


「え?」


てっきり、私は怒っていると思っていた。愛を刻み込むために…いや、なんでもない。そんなことより、穂村は、泣いていたのだ。大きな水の塊を瞳にためながら。でも、耐えきれずぽたぽたと私に目掛けて落としてくる。そんな、泣き方をして、私の事をじっと見つめていたのだ。


「……穂村、…泣いてるのか?」


見えているのに、泣いているのがわかるのに、どうしてか、私は聞かずにはいられなかった。


「…ないてるよ…日蔭…私は、泣いてる…だって、………日蔭、友奈にビビッとしちゃったんでしょ?」


「…………」


私は、何も言えない。別に、間違ってはいないから。来なかったといってしまえば、嘘になる。だが、それは、穂村に見えてしまった氷条さんだが。


「ほら?…何も言わないんだね?……………嘘つき…私の事しか愛さないって言ったくせに!!」


穂村の激情が私に伝わる。しかも、今の私は穂村に押さえつけられている。そんな状況だからこそ、その熱はよりいっそ強く感じてしまう。だから、その熱は、私にも伝播してしまう。


「嘘じゃ、ない!!!!」


「何が、嘘じゃないのさ!!!!…だったら、どうして、友奈とキスしかけているのさ!!!!」


「お前に見えたからだよ!!!!!」


「え?」


穂村の顔が少しだけ歪んだように見えた。


「…お前に見えたんだよ…氷条さんが…だから、反撃したくてもできなくなっちまったんだよ…」


「…ごめん、何言ってるかわからないよ…なに?日蔭は、友奈と私が、一緒に見えるの?………あんな、私の…………見分けがつかないとでも言うの?」


その時、穂村の声が凄く震えていることに気が付いた。幼い頃からのつきあいでもあるから、穂村に何か、あるんだと感じた。でも、そのことより、今は、穂村に伝えないといけないことがある。たとえ、逆切れになっていたとしても、ただの浮気への言い訳みたくなっていたとしても、今の私の気持ちを伝えるべきだと思った。だから、私は力強く起き上がり、その衝撃で後ろに体制を崩した穂村をそのまま扉まで、押し合って両肩を強く握った。今度は、私が穂村に壁ドンのようなことをしている状況となった。


「そんなの、区別ぐらいつくよ!!!いつもなら!!!!でも、確かに、穂村と氷条さんはとても似てたよ?…でも、私は凄く近い距離から見たときに気が付いたんだよ…」


そうなんだよ、私はあの時、別に初めから、彼女と穂村を重ねていたわけではない。あの時は……私は、ただ単に寂しかった。そう……


「私、寂しかったんだ……久しぶり会えること楽しみにしていたのにさ…結局お見舞いに来てくれなかったし…それに、次の日、会えると思ったら、穂村は、姉さんとばかりじゃれ合ってさ…それから、私に来てくれたと思っても、まだ姉さんとやり合ってて…………もっと、私を見て欲しかったんだ…………」


「…なにそれ//」


穂村は、少しだけ頬を染めている。


「…確かに、浮気まがい…いや、浮気と言われても否定できない……でも、今、…甘えたい…かまって欲しい……すがりたいってやつが、目の前にいるんだよ…似ている、だけだったかもしれね…でも、あの時の私には、瓜二つに見えたんだ…見えてしまっていたんだよ…だったら、受け入れたくなってしまったんだよ、頭では、わかっていたのに……私の、すべてが穂村に飢えてたんだよ!!!」


「ちょ、ちょっとまって!い、い、い、今、日蔭ぇ~、自分が何言ってるか、わかってるの?」


赤面と動揺の持ち主となった穂村は呂律が回っていなかった。そして、私の頭も回っていなかった。


「わかってくれよ!、私は、お前が狂おしいほどに好きなんだよ!!!、偽物に流されるくらいにお前に飢えてんだよ!!!!……それを、やめて、欲しかったんなら!!私を、もっと見ろよ!!!もっと、かまってくれよ!!!!!!」


「ええええええ!?!?ちょ、ちょっと/////」


穂村の顔がさらに赤くなる。あの、笑っていなかった目はもうどこにもない。今は、自分の恋人の、どす黒く重たい愛をぶつけられて、動揺と羞恥心が入交、目の焦点が合っていない。


「………でも、私が悪かった………だからといって、何をしたら償いになるかはわからない…けど!………今、私は私ができることをして、穂村の信用を取り戻すよ………だから、私は、今から、氷条さんにもう一度襲われてくる」


「え、」


穂村から先ほどまでの一切合切の感情すべてが抜け落ち、表情は石のように固まった。逆に体は全身から力が抜け崩れ落ちそうになる。


「それで、私が、関心をもう移さないってわかったら、穂村のその涙も、なくなって、私だけをみてくれるよね?」


そういって、私は薄く笑ってしまう。感情があふれて。そして、私はそっと力が抜けきってしまった穂村を床に座らせ、教室を勢いよく出って行った。目指すは氷条友奈のもとへと。



1つだけ言い残しておく。私は、本当の意味で頭のネジが外れていた。つまり、暴走してしまったのだ。それも、特段とやばい方の。

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