一六章 実行犯に明日はない。しかし、シン·グのこの余裕は?
その登場に機動隊員たちは
誰もが視線を向け、その姿をぽかんと見つめる。
国会議事堂に向かって。
彼女が進むにつれて機動隊員たちは左右にわかれ、道が生まれる。
百合はその道を歩きつづける。
紅海を渡るモーゼのように。
「お、おい、あんた……」
百合は短く答えた。
「わたしがいきます」
「なんだって……?」
言うなり――。
百合、いや、白百合仮面ユーリの小柄な体がふわりと浮かんだ。しなやかな肢体が弾丸のように加速され、撃ち出される。人間とは思えない速度で国会議事堂の敷地内に突入する。
《
「クレセント・スラッシュ!」
水平に振るわれた腕から放たれた《力》が三日月状に飛翔し、《叛斗》メンバーを
百合の体が宙に舞った。
輝く太陽を背中に受けて、妖精のような肢体が高々と舞う。太陽の光が背中から延び、輝ける翼のように見えるその様はまさに光の天使だった。
「ムーンライト・ダウン!」
地上の敵目掛けてしなやかな脚が延び、蹴りが放たれる。百合の靴底が男の顔面を直撃した。男の顔がひしゃげ、鼻血がほとばしり、砕けた歯が口から吹き飛ぶ。男は頭から地面に叩きつけられた。百合が着地した。膝を曲げ、手をのばし、両手両足で着地して衝撃をやわらげる。
百合の動きが一瞬とまった。
《叛斗》メンバーはその隙を逃さなかった。戦車の砲塔が旋回し、凶悪な輝きをもつ砲口が向けられる。
発砲した。
ためらうことなく。
百合の足元には自分たちの仲間が倒れているというのに!
仲間の安否を気遣うこともない冷酷さはさすが悪の組織の隊員。その名にふさわしい
砲弾が地面を叩いた。
爆発した。
轟音が鳴り響き、地面がえぐられた。
大量の土砂が吹き飛び、煙が立ちこめる。
そのなかからバラバラにちぎれた人間の体の部分が飛んでいく。彼らは仲間の砲撃によって死んだのだ。その死の瞬間、彼らは自分の選択のまちがいを悟り、悔い改めてくれただろうか?
百合は着弾の寸前、前方にダイブして死の砲撃をかわしていた。水泳部らしい華麗なフォーム。両手で地面を叩き、一転して起き上がる。
腰のベルトに手をのばす。そこに並んでいる小型爆弾を手にとった。戦車めがけて投げつける。爆弾は見事に砲身に飛び込み、内部に転げおちる。そこで爆発し、内から戦車を破壊した。
マシンガンを手にした《叛斗》メンバーが殺到する。無言のままに包囲する。同士討ちになるのもかまわず、乱射した。稲妻のような銃声が鳴り響き、無数の銃弾がただ一点めがけて降りそそいだ。
百合は飛びすさった。戦車の影に隠れて身を守り、爆弾を投げつける。爆弾は地面に落ちると二、三度跳ねてから爆発した。数人の《叛斗》メンバーがバラバラになって吹き飛んだ。それでも残ったメンバーはかまわず、百合を追い求めて殺到する。
――何か変だ。
その様を見ながら私は思った。
いくら悪党とはいえ、訓練されたコマンドとはいえ、こうまで仲間の消耗を気にせず、自身の死さえも恐れず戦うなど
絶対におかしい。
何か私の知らないことがある。
しかし、それはなんだ?
私が
「近藤警部! 彼女ひとりでは……!」
「わかってらあっ!」
近藤警部は地面を蹴りつけて怒鳴った。銃を抜いた。機動隊員たちを振り返った。叫んだ。
「野郎どもっ! 格好つけるときがきたぞっ。
「おおっ!」
近藤警部の檄に機動隊員たちが一斉に叫んだ。近藤警部を先頭に銃を手に国会議事堂に突入していく。
なんとすばらしい光景だろう。
我が娘の勇気が彼らのなかの正義を愛する心を呼び覚ましたのだ!
私は感激で胸が一杯になった。
いくら装備に差があるとはいえ、機動隊員に比べれば《叛斗》メンバーははるかに少数。生命を投げ出して突撃されれば太刀打ちできるものではない。あるいは撃たれ、あるいは組み伏せられ、《叛斗》メンバーは次々と倒れていく。
もちろん、機動隊にも被害は出ている。実数は《叛斗》よりも多いかもしれない。しかし、それでも彼らの士気は衰えない。数に物をいわせて前進していく。この分なら制圧するのも時間の問題だろう。しかし――。
――おかしい。
私は再び思った。
絶対におかしい。
どうして我が、《
そもそも、百合のスーツは《毒狼》実行隊員用の名目で研究・開発したものなのだ。もちろん、百合のスーツはそれらのノウハウをもとに徹底してチューンされている。性能的には一般装備とは一線を画す。
だが、基本的には同様の装備を《毒狼》実行隊員ならば誰でももっているのだ。そのスーツさえ着ていれば機動隊ごときに遅れをとるはずがない。百合でもこう簡単にはいかないだろう。
ところが、《叛斗》メンバーの誰ひとりとしてそのスーツを着ている者はいないのだ。これはどういうことだ? これではまるで『退治してください』と言わんばかりではないか。
数からしてちがう。
交番を襲った実行部隊は三〇〇人を越す。《毒狼》中核部隊の大半を動員した一大作戦だったのだ。ところが、いまこの場にいる《叛斗》メンバーは一〇〇人にも満たない。他の二〇〇人はどこにいった? いや、そもそも――。
この連中は本当に交番を襲ったのと同じメンバーなのか?
私は不吉な予感にかられた。必死にシン・グの姿を捜した。その場で現場指揮をとっているはずの《毒狼》幹部ナンバー4の姿を。
シン・グはすぐに見つかった。その場にはあまりにも似付かわしくない高級車のなか。そこにシン・グはいた。ゴージャス美女の秘書Rを従えて。
運転席は秘書Rに任せ、自身は助手席で背をもたれさせ、脚を組み、膝の上で両手を組んだ格好で。いかにも愉快そうに口元を笑みの形に曲げているのがたまらなく不気味だった。
「やるじゃないか」
楽しそうに呟いた。
「自ら戦うのみならず、弱腰だった機動隊まで焚きつけるとはね。健気な少女ならではかな。お前が戦ったのではこうはいかないだろうな」
と、からかうような視線を秘書Rに向ける。秘書Rは余裕の笑顔で答えた。
「あら。もちろんですわ。わたしが戦ったら殿方はみな、わたしに見惚れてしまいますもの」
シン・グは苦笑した。
「その自信がどこからくるのか、ぜひ知りたいんだがね」
「自信ではありません。事実です」
ぬけぬけとそう言うと、秘書Rはウェーブのかかった長い髪を片手でかきあげながら
流れ弾がフロント・ガラスを叩いた。特殊強化ガラス製のフロントは傷ひとつつかなかったが、シン・グは大げさに身をすくめてみせた。芝居がかったその態度はどこか、怒った恋人を余裕で受け流す男の仕草に見えた。
「感心してる場合じゃないな。そろそろ
シン・グの言葉にゴージャスな美女はウェーブのかかった長い髪をたなびかせて笑ってみせる。
「イエス、マスター」
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