一五章 我が愛娘は包囲のなかに颯爽と現われる
「諸君のしていることは日本という国家のみならず、民主主義そのものに対する反逆である」
国会議事堂の前では相変わらず占拠集団に対する説得工作がつづけられてい。敷地の周囲を十重二十重に囲んだ機動隊のなかに立ち、何やらいう政治家がスピーカーを通して声を張り上げている。
「我が国は万人に対して言論の自由があり、政治参加が認められている。いかなる要求であろうとかかる暴力的な手段ではなく、投票という正規の手段をもって訴えるのが筋。たとえ諸君の要求が正当なものであったとしても、このような手段では何人たりとも諸君を支持したりはしない。それどころか、同様の訴えをする人々の肩身がせまくなるだけのこと。自分で自分の首を絞めていることに気がつかないのか」
敷地の外から繰り返されるその説得に対し、敷地のなかからは、《
「
いまこそ民衆の意志を示すときだ。フランス革命からバクダット陥落にいたるまで、そのすべては『偉大なる民衆の勝利』と呼ばれ、民主主義の勝利と
ならば国民よ。
我々もまた自らの血をもって迪を切り開こうではないか。我々自身の子供のために!」
「諸君は民主主義の広まりによってもたらされた平和と安定をそこない、再び泥沼の暴力の
人と人が傷つけあい、殺しあい、暴力によってのみ自己を主張する。
そんな世界に逆戻りすることが目的なのか。目を覚ましたまえ。かかる手段を用いなくても政治参加への道は万人に開かれているのだ。平和な世界の存続を望むなら、いますぐ武器を捨てて投降せよ。まだ遅くはない。いまならまだ諸君の主張は救われる。だが、最終段階にいたれば諸君の主張は諸君たち自身の生命とともに散ることになる……!」
「国民よ、我が同志諸君。君たちは自分の子供や孫が社会に踏みつけにされ、理不尽な労苦を背負わされるのを見たいのか。
『コケにしつづけるならいつかはやる』
そのことを思い知らせないかぎり、やつらは永遠に我々を踏みつけにしつづけるのだ。
『言論の自由』などというごまかしによって飼い馴らされ、家畜へと
起てよ、我が同志たち!」
私はもっとくわしい様子をしろうと意識をめぐらせた。私のマスクは複数の監視ロボットから送られる映像を同時に内部のモニターに流しており、私の脳波の動きを読み込んで私が意識を向けた映像をモニター中央にアップに映し出す仕組みになっている。音声はそのアップにされた映像のものだけが耳元に流れる。
私はまず、《叛斗》内部の様子をうかがった。内部に侵入させたカよりも小さな昆虫型監視ロボットが周囲を飛びかい、その様子を送ってくる。
議事堂の敷地内は静かだった。アジテーションを別とすれば口を開く者は誰もいない。実行犯たちはある者は戦車に乗り込み、またある者はその脇に立ってマシンガンをかまえ、立ち尽くしている。表情はまったくと言っていいほどなく、できの悪いマネキンを思わせた。それだけに不気味な光景だった。しかし――。
彼らの顔を見ているうちに私は妙な違和感に囚われた。
――交番や自衛隊基地を襲ったのはこんな連中だったか?
どうも、あのときに見た顔とはちがう気がする。もちろん、下っぱの実行員の顔まで覚えているわけではないから、気のせいかもしれないが。それにしても……。
私はかぶりを振って機動隊の方に視線を移した。こちらは《叛斗》内に比べて騒めいていた。拳銃と防弾チョッキで戦車の群れに相対しているとなれば不安にかられるのも当然だろう。さすがに声を潜めてはいるものの、あちこちで緊張して囁きが交わされていた。
「……なあ、いきなり発砲なんかしてきたら、おれたち、どうすればいいんだ?」
「そんなことしるか。決めるのはお偉方だ。そっちに聞けよ」
「そんな言い方ないだろ。戦車砲なんか撃たれてみろ。防弾チョッキなんかじゃ防げないぞ」
「そうだよなあ。おれなんかツブれる心配がないからって選んだのに、こんな事件にでっくわすなんてなあ。相手が動いたら逃げちまおうかなあ」
「おいおい、職場放棄なんかしたら処罰されるぞ」
「処罰ったって、昔の軍隊みたいに銃殺されるわけじゃないだろ。戦車砲食らって吹っ飛ぶよりましだ」
「……それもそうか」
機動隊員たちのそんな会話を盗み聞いて私は腹が立った。
こいつらは何のために警官になったのだ!
我が身を盾に善良な市民の暮らしを守るためではないのか。こんなときこそ身を張って戦う覚悟をしなくてどうする。
まったくたるんでいる!
監視ロボットが機動隊を指揮しているらしい私服刑事を見付けた。私はそちらに意識を移す。
「ちっ、いつまでこんな睨めっこをしてるつもりなんだか。とっとと自衛隊なりなんなり動かせってんだよ」
「ちょっと、ちょっと、
側にいた機動隊員が、吐き捨てるような表情の私服刑事をたしなめる。近藤警部と呼ばれた男はまだ三〇になるかならずかといったところ。この若さで警部ということはキャリア組というやつなのだろう。
私はますます腹が立った。こんな大事件に現場をしらない若造を指揮官として送り込むとは警察は何を考えているのか。私は現場を知らない人間に現場の指揮を執らせることほどナンセンスなことはないと思っている。こんな場合は叩きあげの、現場での駆け引きのすべてを知り尽くした百戦錬磨のベテランに任せるべきだろうに。
大体、この男、見た目からして印象が悪い。まだ若いくせに妙にやさぐれた
まったく、一国の公僕たるもの、身だしなみには常に気をつかわなくてどうする。服装の
近藤は唾を吐き捨てながら言った。
「何がまずいってんだよ。いつまでもこんな状態をつづけとくほうがよっぽどまずいだろ。第一、連中が動きだしたらおれたちの装備じゃ何もできんぞ。それともお前、体ひとつで戦車の突進をとめてみせるか?」
「そんなこと、できるわけないでしょう」
「なら、同じ武器をもっている連中にやらせるしかないだろ。自衛隊の出動をためらったばかりに市民に被害が出た、なんてことになったらシャレにならんぞ」
「それはそうですけどねえ。でも、自衛隊の出動には色々と微妙な部分が……」
「なら、おれたちに武器をよこせってんだよ、ったく。戦車とは言わねえ。対戦車砲に手榴弾の一〇ダースも渡してくれりゃあ、喜んで突進してやるものを。市民を守る盾としての見せ場だぜ」
「……皆がみんな、警部みたいにスタンド・プレイ好きなんじゃないんですけどねえ」
機動隊員がこっそりため息をついた。聞きとがめた近藤警部がのんきな口調で言った。
「なんか言ったかあ?」
「いえ、別に……」
ふうむ。この近藤という警部、やさぐれた見た目に反し、なかなか骨があるではないか。気に入った。よれよれのスーツを着ているのも国民の血税で養われている身として
こんな人物がいるなら日本警察もまだまだ捨てたものではない。
私が物陰に隠した車のなかでうなずいていると、機動隊員たちの間にそれまでとはちがったざわめきが生まれた。
――来たか。
私はそのざわめきに直感した。
ついに来たのだ。
我が娘が。
正義を貫くために。
機動隊員たちがふたつにわかれ、道ができる。
その道を、全身スーツに身を包んだ人物がゆっくりと渡る。小柄で
白百合仮面ユーリ。
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