四章 ついにきた! 愛娘のデビュー戦!
高く突き出したマスクをかぶり、全身をすっぽりと包むマントを
『悪の総統』としてのイメージを演出するための小細工だが、実際にこうして身を叩く大音響の音楽に身をひたすと男としての血が騒ぐ。
――ううむ。不本意ながら『悪の魅力』というものが存在することは認めざるを得んな。
私はまんざらでもない気分でそう思う。
もちろん、『悪の魅力』とは、正義のヒーロー相手に力の限り戦い、敗れ去ってこそ、と言う点にまちがいはない。
私の訪れをまっていた、《
私は片手をあげて部下たちに応えた。無言で席に着く。音楽がぴたりとやみ、部下たちが一斉に着席する。いつものことながらこの一糸乱れぬタイミングは見事なものだ。どうしようもない悪人たちだが、この機能性だけは私も認めている。
「それでは……」
私は重々しく作った声で最初の一言を発した。
「報告を聞こう」
私の言葉に幹部たちが次々と報告した。
「日本国内における大麻の販売量はこの半年で二六パーセントの伸びを記録しています。同時に大麻の密栽培人を新たに八人確保。これにより、大麻の生産量は従来より一二パーセント増しとなります」
「インターネットを通じた殺人請負業は順調です。先週だけで九人を殺害。利益は一二〇〇〇万」
「ラスベガスでのカジノ襲撃は見事、成功。経費を除き二五億の純利益をはじき出しました。その際、カジノの警備員八人を殺傷。当方の被害は三人」
「南米における組織員養成所の運営は順調です。路上から助け出された子供たちの士気はきわめて高く、総統閣下を生命の恩人と慕っています。まもなく質量ともにすぐれた精鋭部隊が誕生することでしょう」
「多国籍企業の要人誘拐計画が終了しました。人質の解放と引き替えに一億の身の代金を獲得。我々が相手であれば金銭できっちり話がつくことを向こうもわかってきたようです。交渉は比較的、簡単にまとまりました。これからは誘拐ビジネスとして安定して運営できるでしょう。
むしろ、相手側としてはよけいな手間をかけないために毎年、一定の献上金を支払うことで解決したい模様です。その代わり、より危険なテロリスト集団を我々の
……幹部たちの報告はまだまだつづく。
いつものことながら、こいつらの報告を聞いていると吐き気がする。法を破り、秩序を乱し、人々の幸福を奪っておきながらなぜ、こうも淡々と報告ができるのか。
少しは自分たちの悪事の結果を考えてみたらどうなのだ。自分たちの行いがどれほどの人々を傷つけ、悲しませ、不幸に追いやっていることか。それを思えばこんなところにいられまいに。
人の道を踏み外した外道どもめ。
良心をもたぬケダモノどもめ。
そもそも、この連中にだって親はいるはず。こんな悪事に手を染めて親に申し訳ないと思わないのか。もし、自分の子供がこんな悪人になったら私ならば生きてはいられない。子供を殺し、自分も死ぬ。
実際、会議に出席するたびにマシンガンを撃ち放ち、目の前のマスク姿の悪党どもをひとり残らず殺してやりたくなる。それができればどんなに心か晴れることか……。
だが、それはできない。仮にいまこの場にいる悪党どもを皆殺しにしたところで、世の中にはまだまだ悪人の種が転がっているのだ。そやつらを集め、管理するための場所がなくなったらどうなる?
てんでばらばらに悪事を働き、一つひとつの事件の被害は小さくても、総体としては
《毒狼》の行なう悪事は一つひとつは大きくても、全体としては
より巨大な被害が出ることを防ぐためだ。辛抱してもらおう。それに何より――。
――もうすぐだ。
私は部下たちに見られないようテーブルの下で握りしめた拳を怒りにふるわせながら心に思う。
――もうすぐ、私の娘がお前たちを地獄に送る。そのとき、お前たちは自分のしてきたことの報いを受けるのだ。
その思いを胸に、どうにか私は内心の怒りを押し隠した。この悪趣味なマスクは悪の総統としての
私は部下たちに気取られぬよう、マスクのなかだけで深々と深呼吸をした。それから口の腐る思いでねぎらいの言葉をかける。
「みな、よくやってくれた。諸君が骨身を惜しまず自らの職務に励んでくれたことで、我が《毒狼》は巨万の富を得た。その富を使い、優秀な人材をスカウトし、研究に励ませた結果、いまや地上に並ぶものなき技術力まで手に入れた。そして、諸君。ついに! 我らが優秀なる開発スタッフは完成させた。着用者の能力を飛躍的に高める強化スーツを!」
おおっ、と、私の言葉に幹部たちが一斉にどよめく。
自分の一言にこれだけの影響力がある。これはたしかに悪くない。世の人間たちが『悪の首領』という存在に惹きつけられる気持ちも分かる。もちろん、『悪の首領の美学』とは最後の最後、正義のヒーローの手によって倒されることにあるのだが。
私は我が愛娘が悪の首領を打ち倒すさまを想像し、
悪の首領として悪人どもを
そう思うと二重の悪の喜びにますます心が酔いしれる。
私は心地よい酔いに誘われるまま、なめらかに舌を回した。
「この強化スーツさえあれば警察など、否! 軍隊とて敵ではない! 一人が一〇〇人の敵を倒し、力で覇を唱えることすら可能なのだ。我々はいま、それができるだけの力を手に入れた! すなわち! 日の当たらない地下世界を抜け出し、日の当たる世界に出て行くべきときがきたのだ!」
うおおっ、と、幹部たちが再びどよめく。
「そう! 我々はもはや人目をはばかり、社会の闇に巣くう寄生虫などではない! 日の当たる場所で、堂々と、誰はばかることなく世界を相手に戦う革命集団となるのだ! そのために! まずは軽くデモンストレーションを行なう。ときは一週間後。目的は幼稚園の通園バスの占拠。幼い園児たちを人質にとり、我が《毒狼》の恐ろしさを満天下に知らしめるのだ。一同、奮起せよ!」
「イエス、ミ・ロード!」
部下たちが敬礼し、一斉に声をあげる。私は片手をあげてその声に応えながら思った。
――そのときこそ我が娘のデビュー。正義に狩られる恐怖におののくがいい、外道ども。
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