あの人の傷

 「そうだ、香月さん。1つ聞きたいことがあるんだけど」


 「なんでも聞いてー」


 「朱宮さんのことだけど、最近首に痣ができたよね?それについて何か知らない?」


 香月の寝れない発言でふわふわっと頭の中に浮かんだそれを、何かと思って掴んだ。すると香月の友人である朱宮のことについて聞く良い機会だと天啓が下っていたのだ。


 「あぁ、それ?それについては何も知らないよ。6月のイベントで作られてから私も不思議だったけど、今も少し残ってるし。乃愛のことだから何かやらかしたとかはないと思うけどね」


 「そっか。今は首以外に痣はないの?」


 「分かんない。私でも乃愛の顔とか腕、首とか足の露出した部分しか見てないから正確には答えられないよ。首だけが未だに残ってるってだけ」


 遥の頭の中には、意図的に作られた痣という選択肢が存在する。杞憂であり、考えすぎなだけなのかもしれない。しかし、痣を見るだけでそれを憂慮してしまうのは、過去がチラつくから他ない。


 暴力でつけられた痣は数え切れない。だから痣を見るだけでそれを見なかったことにして忘れることも難しい。余計に考え込むのも、遥の根付いた悪い癖とも言えた。


 「何の話をしているのかしら?」


 「乃愛に最近できた痣についてだよ」


 「乃愛?」


 「あれ?社長令嬢様でも、うちのクラスの特待生様の名前を知らないんですか?」


 「朱宮乃愛のこと?」


 「知ってるんかい」


 それでも確定してはいない様子。名前だけだと複数いる可能性もあるので、この人だと確信して言わないのも普通だった。


 「倉木さん、何か知ってるの?」


 「残念ながら何も知らないわ。痣?なんて全くよ」


 知ってそうな雰囲気がムンムンしていたのに、全く知らないなんて言われては若干の期待外れだ。とはいえ、痣について香月でさえもイベントで作られたと聞いていて、それ以上の不審な点がないと言うのなら今は安心して良いだろう。


 「あっ、でも、最近風野くんと一緒に居ることが多くなった気がするよ。昼休みとか放課後は必ずって言えるくらい一緒に居るとこ見るもん」


 「風野……どんな感じ?」


 「普通じゃないかな?元々仲良かったっぽいし、色々と合うんじゃない?」


 流石は二組の男子。一組男子より積極的で行動力のある男子が多く在籍するクラスなだけあって、イベントの際もよく喋ってまとめていた印象がある。


 周りを見て気遣いのできる風野は、遥にとって好印象だ。そんな存在と一緒に時間を共にしているなら、それこそ個人的な安心材料ではあった。


 「そういう人こそ何かを隠しているのよ。朱宮は特待生。理由がなかったり小さかったりするだけで、誰かとの時間を2人きりで使うとは思えないわ」


 「そう?乃愛は裏がないっぽく見えるけど」


 人を幾人も観察してきたからこそ分かる倉木の目。それは本物だから、遥もそうなんだろうと信頼持って信じいていた。


 「そう思わせるから特待生なのよ。貴女はここに居る特待生を見て、裏があるように思うのかしら?」


 「六辻くんって何も裏なさそうじゃない?純粋じゃん」


 「そういうことよ」


 「六辻くんに裏の性格があるような言い方するけど、ホントに分かって言ってるの?」


 「いいえ。六辻にはホントに裏がないかもしれないし、あるかもしれない。それが分からないから特待生は凄いと言っているのよ」


 「なんじゃそりゃ」


 遥は自分で自分のことが分からない。だから他人からの客観的視点から言われたことが正しいのだと思う。けれど今回はどうだろうかと思っていた。自分自身に裏があるとは思えないから。


 「まぁいいじゃない。朱宮のことは私たちには無関係だし、彼女も何か求めているわけではないのなら、今は痣なんて気にする方がストレスよ」


 「だよね。乃愛ならどうせ1人で解決するし、私たちが気になったとこでいつの間にかあっさり解決してるよ」


 「そうだと嬉しいよ」


 朱宮は賢い。コミュニケーション能力の高さを見込まれて特待生に選ばれただけではなく、しっかり学力も身についている。


 だから問題があるなら1人で十分だろうし、何も助けを求めていないなら勝手に加わることも面倒。ここは痣の理由を詮索することなく静観するのがきっと正しい。


 ということで、一旦落ち着いた朱宮について。次に何の話題が出てくるかなと楽しみにしつつ、倉木と香月の仲の良さを見せつけられ、15時までの1時間の休憩時間を過ごし終えた。


 「よっしゃー、残り2時間頑張るかー」


 これからは2人の先輩と再び交代して頑張るらしい。ちなみに昨日は逆のローテーションだったとか。


 「逆にお客さんいないと暇で時間の無駄になるから嫌なんだけどね」


 「分かるわ。誰かお喋り相手でも欲しいものね」


 「私がなるよ」


 「飽きたわ」


 「贅沢言うな」


 休憩から抜けて仕事へ。今も繁盛しているかなと思いつつ向かった海の家の仕事場。人は12時と比べて10分の1程度だった。


 「今日は六辻も居るから、少しは暇潰しにはなりそうね」


 「仕事だよ?俺と話して良いの?」


 「話さないと暇だからさ。それにいつも先輩と居るから、少し気まずいのが抜けてより楽になったんだよ」


 「だから今日は時間が早く過ぎるよう感じるのかしら」


 今頃クシャミでもしているだろうか。可哀想なんて思わないが、先輩という存在が必ずしも好かれるとは限らないんだと思わされていた。

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