いらっしゃい
倉木の辛辣な発言は、冗談にも受け取れて冗談じゃないようにも受け取れた。それだけ先輩の存在を好ましく思っていないのかと思うが、倉木は見た目だけで判断する食わず嫌いな性格ではないことから、先輩にも何かしらの理由があることは確かだとも思っていた。
「分かるけど、そんなこと言ってないで、早く接客に行ったらどう?」
先輩を苦手とした倉木に、共感しつつも香月は客のとこに行けと催促した。どちらが行こうと構わないのだが、香月は行きたくないのがよく伝わる。クレーマー対応の間1人で活躍していたのだから、それくらいは受けたって良いだろうが。
「仕方ないわね」
そう言って1人で入ってきた客へと向かおうとする。だがその時遥は気づいた。その客が自分と知り合いだということに。
「あっ、一瀬さん」
「ん?知り合い?」
「うん。隣の席の友達だよ」
振り向いて問う倉木に答えた。
「なら六辻に任せるわ」
「分かったよ」
1人で来るとは思ってもいなかったから、やはりアウトドアを1人でさえ好むという性格は本当なんだと思って、珍しく接客へと向かった。
「おぉ、やっぱり六辻くんだ。やっほー」
すると先に声をかけたのは一瀬。遥が居ることに気づいていたようだ。遥もその挨拶に手を振ることで応えた。
「珍しいとこで珍しい服着てるね。アルバイト?」
「うん。この海の家に病欠の人が出たらしくてね。一瀬さんは何でここに?1人?」
「隣で優がアルバイトしてるんだけど、それを冷やかしに来たらここで六辻くんっぽい人見たから、折角だし先に寄ろうと思って来たんだよ」
「へぇ。桜羽さん隣に居るんだ」
「成績はAだけど、暇だからってアルバイトしてるらしい」
遥の友人は全てA評価。なのでアルバイトなんて今からしなくても無料生活は続く。それでも倉木のように初体験したり、桜羽のように動機は不明だがやる気を持って未来を見て始める人は多い。それが幽玄あるあるだとも言われているくらいに。
「何か頼む?それとも冷やかしに行く?」
「ここのかき氷美味しいって聞いたことあるから、かき氷だけテイクアウトってことで貰って冷やかしに行くよ」
「それじゃ、種類決まったら呼んで」
「はーい。じゃ、イチゴ味お願いします」
「早いね。かしこまりました」
優柔不断ではないのだろう。若しくは決めていたか。何にせよパパっと決めるのはありがたかった。
ハンディターミナルに打ち込むことなく、記憶して店長に伝える。15時からは店長1人がキッチン担当なので、それなりに負荷は掛かるが人は少ないので逼迫することはない。
「あの子相手だと、私と違って結構明るく話すのね。意外だわ」
かき氷が完成する間、未だにオーダー来なくて暇している倉木が言った。
「そう?変わらないと思うけど?意識してることもないし」
「私視点だと変わるわよ。心做しか楽しそうだもの」
「入学式からの付き合いだからかな。連絡も取り合うし、学校では毎日話すし。それだけ通じ合えるようになってるからじゃない?」
「なるほど。そういうことね」
一瀬とは親友と呼べる仲に見えたのだろうか。遥からすると好印象なら誰相手でも対応に差はないから、倉木の言う私と違っての意味は分からない。
しかし不満そうなのは伝わった。親友を求める倉木だから、自分よりも親しそうにする親友候補を見て、それはもう心地良い感情は持つことなんてないだろうから。
「私も貴方とあの子の関係以上の関係になりたいわ。それこそ、貴方が私と話して笑ってくれるくらいに。それなら私は満足なのだけれど」
「いつかはそうなると思うよ。俺だって無意味に幽玄高校に通ってないし、今は笑って誰かと幸せを感じれるように成長しようと思ってる。だからいつか努力が結ばれた時は、倉木さんの前でも笑ってるよ」
「私の前だけとは言わないのね。寂しいわ」
「難しいお願いするね」
「冗談よ。久しぶりだから真に受けたのかしら?」
「忘れてた。冗談言う人だったね」
久しぶりの冗談だ。見分けることは不可能に近いが、きっとこれもいつかは見分けられるようになって、笑い合える日が来るのだろう。
とはいえ、目を逸らして耳も若干赤くするのは、流石の演技とも思えた。
「六辻くん、これ持ってってくれや。確かイチゴ味で良かったよな?」
タイミングよく完成したふわふわのイチゴ味かき氷を、店長が丁寧に持って渡す。そしてそれをそっと取る。
「はい。ありがとうございます」
「早く戻って来るのよ?暇なんだから」
「うん。かしこまりました」
同僚のオーダーを聞く必要はなくとも、暇で困ってるなら付き合うまで。一瀬と話したいことはあっても、夏休みはまだあるし会う機会もある。だから倉木の暇潰し相手に選ばれたことを光栄に、かき氷を持って一瀬のとこへ向かった。
「お待たせしました」
「どもー。大きいねぇ。ありがと」
「どういたしまして。生徒手帳持ってる?」
「うん。どこにピってするの?ここ?」
財布を持ち歩かなくなる癖が、今後卒業してから悪い方向に受け取られないようにならなければ良いと思う。それくらい、最近財布を見ることもないし持つこともない。
生徒手帳ばかりを見て決済も終わらせるから、感覚が狂うのも1つの問題ではなかろうかと、「ここだよ」と正解を指差して教える。
「ホントなら650円なのに無料かぁ。最高です」
親指立ててグッド。いつもの一瀬で何よりだ。
「良かったね」
「うん。そんじゃ、私は親友を冷やかしに行くので、後でどうだったか連絡するよ」
「楽しみにしてる」
「んじゃ待ったねー」
手を振り背を見せる一瀬。いつからか連絡も頻繁にし合う仲になっていて、この関係が親友というのかと、やはり常に遥に人間関係の仲を教えてくれるのは一瀬なんだと、心の中で感謝しつつ見送った。
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