ちょっとの休憩
「うわぁー、やっと休憩ー」
昼を過ぎて14時。休憩の時間に入ると、香月は常に動かしていた四肢を脱力させて倒れ込んだ。
「今日もしんどかったよね」
「そうね。特にこれから忙しくなるって時のクレーマーは最高に鬱陶しかったわ」
「私には被害なかったけどね」
当時遥は活躍とは言えないくらい自分の思いに駆られて質問をしていただけなので、特に助けたとかいう思いは皆無だった。それに、クレーマーを最終的に処理したのは店長だから、凄いだろうと威張ることもなかった。
「あの時は助かったわ。改めてありがとう、六辻」
「どういたしまして。怪我なくて良かったよ」
「人の心配より、自分の心配しなさいよ」
「俺は大丈夫だよ。今も元気だし」
人から心配される人でいたくない。その方が心の余裕が生まれるから。
「よくあんな質問できたね。遠くから少ししか聞けてないけど、何で怒鳴るんだってやつ」
「恐怖の感情も乏しいのよね?だからじゃないかしら?」
「それも関係あると思う。あとはシンプルに気になったことだからかな。なんであんなに怒ってるのか知りたかったし」
実際公共の場で怒鳴り散らかす人を見て興味が湧いていた。自分の身の安全よりも、何故人が多く見ている中でそんなバカなことができるのか、その時の思いを知りたかった。
承認欲求?それとも好奇心?何だとしても、人から冷笑含めて滑稽に思われ見られることをメリットとする理由を知りたかった。遥には到底理解なんて不可能な行動ばかりだったから。
「純粋無垢って怖いわね」
「うん」
遥自身も感じていた自分がおかしいという感覚。まだ言語化不可の、憤りのような感覚に胸を掴まれたのはどういうことだったのか、それに理解を深める必要は今後ありそうだ。
「そういえば、あれからどう?クラスの男子とは」
話題が尽きたのではなく、単に思い出したから聞いた。確か男子が退屈だと言っていたが、あれから1ヶ月半近く経過している今、どう変化が起こったのか。
「男子?あぁ……相変わらずよ。私が社長令嬢だって言われることを嫌っているって悟れもしないから、毎日のように聞くわ」
「そっか。まだ大変なんだね」
「言えばいいじゃん。私は言われたくないって」
「そうしたら、ホントは社長令嬢って肩書きを言ってくる人も、それを隠して私に接するようになるわ。そうなったら私だって真意を見抜けなくなるし、嘘の関係を築くことにもなるわ。それは嫌だから、我儘にも社長令嬢について言われたくないとは言わないのよ」
「我儘め」
「知ってるわ」
いくら人を見てきたといっても、人には個性があって特徴も異なる。だから流石の倉木も手に負えないことは無数にある。共通することは見つけられても、人の本性を絶対に掴むことは難しいのだ。
「現在も変わらず、六辻だけが私の唯一の男友達ね」
「光栄だけど、クラス内に1人くらい居なくていいの?」
「困ることはないわ。私からあれこれしてと頼めば承諾してくれるんだから」
とはいえ、1人くらい倉木を社長令嬢だって言わない人が居たって普通だろう。男子が25人のクラスなのだから、比較的大人しめの人が多い三組としても、倉木相手に全員社長令嬢流石です!と寄ることもないと思える。
「美少女だから言えたことだよね、それ。羨ましい限りだよ」
「なら私と変わってくれるかしら?」
「それは嫌かな。私も男子はそんな得意じゃないから」
香月は二組。三組と真逆の構成だ。故に香月はやや内気という部類に入る。
「なら、羨ましいと思うだけにすることね」
「俯瞰する立場が一番面白いんだから」
誰にも言うなよ?と秘密を言われる側が楽しい。それは無関係ながらも遠くから眺められる権利を得たも同然。遥もその方が自分に害はないのだから楽しいんだろうと思えていた。
元々フィールドで戦うより、フィールドで戦う人を見ることで高揚感を覚えるので、根っから俯瞰することに適した性格を遥は持っている。だから共感できたのだろう。
「まぁ何にせよ、私は六辻だけを特別視しているということになるわ」
「大好きじゃん」
「貴女も関わったのなら知っているでしょう?六辻について」
「乃愛も反応するくらいの魅力でしょ?」
「ええ。好きになるのは当然よ。受け入れてくれる才能があるようだから」
誰にも言っていないし生徒手帳に書かれてもいないのに、倉木は判然としたように1つの才能を言い当てた。正解と思った様子もなく、それが遥の才能だと思ってもいない様子だが、やはり観察眼は本物だと証明されたも同然だった。
「それで、香月こそ興味はないのかしら?六辻相手じゃなくても、そういったことに」
恋愛は?と。
「したいに越したことはないよ。でもタイプはないし、こういう人がいいっていう基準もないから、今はまだ曖昧かな。してみたいと思うだけー」
「そう。六辻に影響されていないということは、貴女は綺麗な過去を持っているということね」
「どういうこと?」
「いつか分かるわ」
「いつかがずっと来ない可能性は?」
「あるわ」
「気になって寝れなくなったら許さないからね」
綺麗な過去。それが何を意味するのか分かってしまう。遥は鈍感とはいえ、共通することにはしっかりと反応する。だから倉木や桜羽、朱宮といった過去に負の感情を持たされた人たちなんだとは理解していた。
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