何故?
断言できることが1つだけある。倉木や海の家に1つとして不満を募らせる点はなかった。それだけは絶対に言えた。言い切れるくらいに完璧に全てを対応していた。
逼迫しても遅れることはなく、オーダーミスもなく配膳した。なのにこの男性客は喚いた。子供のように喚いた。
「もう20分も待ってんだぞ!」
「申し訳ありません。もう少々お待ちいただけますでしょうか?」
「無理だろ!さっきから待ってんのに俺より後に来た客に料理は行きやがる!はぁ?俺ここに居んだけど?!」
「そう言われましても、可能な限り対応させていただいておりますので」
「んなことはどうでもいいんだよ!早くしろ!」
忙しすぎてこの客がいつ来たか、倉木は記憶していない。それが普通だし、順番を守って次から次にオーダー聞いて配膳してを繰り返すことは、マルチタスクタイプの倉木でさえ難しい。だからひたすらに謝ること、そして待ってもらうことしかできなかった。
(どうしようかしら……)
心の中には恐怖心が芽生え始める。人の性格を見抜けても、対応を完璧に可能かと言われたら無理だ。だからこの場をどう静めるか、焦りつつ震えつつも一生懸命考えた。そんな時だった。
「倉木さん、配膳止まってるっぽいから厨房来て」
優しくも鷹揚とした雰囲気をまとった友人――六辻が声をかけてきたのだ。
「えっ?でも……」
鈍感と噂の六辻。この状況すら理解していないように落ち着いて倉木にだけ言葉を伝えた。
「おい!もう1人来たと思ったら手持ち無沙汰かよ!どうなってんだ!」
「もうすぐ追加の人来る時間だけど、今忙しくてさ。倉木さんが止められてたら大変なことになるし、効率良く動けるようここは任せて。俺よりも倉木さんの方が先輩だし、配膳の仕方はそれなりに上手だろうから」
六辻は無視して続けた。叫ぶ男性に目を向けることもなく、裂帛だとしても関係なく。
「……ダメよ。貴方が心配だもの」
「大丈夫。こういう人相手にするの得意だから」
「……そう」
目は死んでいた。得意だと本当は言いたくないように死んでいた。言葉がそれくらい重く感じた。六辻は刹那、常軌を逸した顔をしたようにも見えた。気落ちしている精神的なことも関係しているだろうが、初めて六辻が人間らしく見えて怖かった瞬間だった。
「……分かったわ。けれど、もしものために残らせて」
承諾する。けれど、今の六辻を逃すことは惜しいと思った。無感情が見せた初めての目に惹かれたのだ。
「分かった」
断られると思っていたが、しかし六辻は承諾してくれた。この時倉木は既に、六辻に見入って配膳のことを忘れていた。まぁ、この状況ではオーダーする人も居ないだろうが。
「おい!無視すんじゃね!」
小声で会話する倉木と六辻に限界が来たか、男性は全力にも等しい力でテーブルを叩いた。
「そんなに怒鳴って何の意味があるんですか?」
再び目は死んだ。そして向けた。心底相手をしたくないのが伝わると同時に、そんな六辻になるくらい嫌なことを経験していたんだと思わされる。
「あぁ?なんだお前!俺は早く持って来いって言ってんだよ!」
「今目の前に料理が来ていない。それはつまり今調理中ということです。なので無理です」
「はぁ?!巫山戯んな!俺はもう20分も待ってんだぞ!」
「嘘ですよね?それ」
鋭く、低くトーンを落として六辻は指摘した。
「先程Aの3に座っていた客がこの店を出たのは4分前です。それはしっかり見ていましたし、防犯カメラにもきっと映っています」
「……だったら何だよ!何にせよ俺にはまだ出されてねーだろ!」
大正解のように男性は口ごもった。
(よく見てたのかしら……)
たった1人の男性の動きを把握していたとは、倉木でさえ驚きだった。
「はい。だから聞いているんです。何故そんな怒鳴るのかを」
「はぁ?」
「怒鳴ったら怒鳴った分だけ早く料理は運ばれるんですか?嘘をつく数に比例して早く運ばれるんですか?人から注目を浴び続けると早く運ばれるんですか?普通に考えて常識から懸隔した言動を繰り返す貴方に対してずっと気になってたんです」
怖い。倉木の中にはその気持ちが確かにあった。しかし、何故か見惚れてしまうのも事実だった。淡々と相手に気圧されることなく対応し、畏怖さえ抱かせる目の圧。剣呑とした雰囲気は次第に魅力とも思えるくらいに見る人を固めていた。
「無意味じゃないですか?何故そう憤るか俺には分かりませんが、黙って待つだけでスムーズに料理は運ばれ、気分良く不快感持たれることもなく食事を済ませられる。なのに貴方はたったの4分で憤怒して、それらを全てひっくり返して悪い意味で注目される。そうした理由は何ですか?料理が運ばれる間、聞かせてください」
きっと六辻は、本心から経験の1つとして知りたいだけなのだろう。たったそれだけ。倉木にカッコつけようとか、守ってあげないといけないという使命感も持っていない。ただこの稀有な状況を糧にしたいと、そう思っているだけだろう。それが、純粋無垢で真っ黒な瞳から実直に伝わる。
「てめぇ……バカにしてんのか!!」
「してません。怒鳴る理由を聞きたいだけですから」
「それをバカにしてるって言うんだよ!」
「いえ、バカにされていると、貴方が勝手に思っているだけです」
(……強いわね)
一歩として引かない。震えもしない。暴力を受ける準備をしているようでもないが、覚悟は既に決まっているように泰然としていた。
「一度冷静になってください。そして落ち着いて考えてから教えてください。何故無意味に怒鳴るのか」
「……くそっ!」
「おい。お客さんよ。これ食ったらもう金輪際ここに来んじゃねぇぞ」
「あっ、店長」
気づけば見入っていた倉木の目の中に、店長も入ってくる。手にはオムライスが持たれていて、やっと対応可能な状態になったということだろう。
「んだお前!ここの店長かぁ?!」
「そうだ」
「はっ!やっと来たかよ!こんなクソみてぇなやつら、しっかり教育しろよな!」
「何言ってんだお前。教育?何をそんな偉そうに上から目線で口聞いてんだよ。お前あれか?お客は神様って言って店員に危害加えるやつか?」
肩にフライパンを乗せ、店長が来てから態度をでかくした男性に威圧感満載で言った。
「……は?それが普通だろうが!」
店長なら低い姿勢から謝罪してくれると思っていたのか、男性の態度は徐々に萎縮する。
「なるほどなぁ。そうかそうか。お前は一般常識を、俺様常識って思ってるやつか。良いこと教えてやる。飲食店で働いてる人間が全員善人と思うな。俺は礼儀を知らねぇやつに敬語は使わねぇし快く飯も提供しねぇ。ましてはお前のような人様に迷惑しかかけねぇやつにはな。分かったか?分かったなら食って金払ってさっさと帰れ」
図星をクリティカルヒットさせた店長。流石に店長という立場で、更には筋骨隆々の体躯の前にこれ以上の反抗は愚行だと男性は分かったらしい。
「……ちっ……金だけ払って帰る」
「そうか。そうしてくれ」
結局手を出すことはなく、男性はその場に居るのがいたたまれなくなったようで走って海の家を出て行った。それを見て他の客は安堵したように料理を食べ始める。中には近くの席の人から感謝されたりと、一概に時間を無駄にして迷惑かけたわけでもなさそうだった。
「店長、これ無駄になりましたよ?」
六辻がそっと、通常通りに戻って言った。
「いいや、昼食に食べれるぞ。六辻くんが電子レンジ使えばな」
「良いんですか?ありがとうございます」
休憩は14時から。だからその間我慢することに。本当に貰うとは倉木も思っていなかったが。
「さっ、戻って忙しい時間に戻るぞ。大丈夫か?倉木ちゃん」
「はい。六辻と店長のおかげでなんとか」
「良かった。んじゃ、六辻くんとよろしくな」
それだけ伝えて走って厨房へ。調理担当は合計3人なので、店長欠けてもなんとか繋げてた様子。問題はホールの香月。1人で配膳とレジを承ったようで、必死に右往左往している姿が目に映る。
「助かったわ、六辻。ありがとう」
「暴力なくて良かったよ」
違う。暴力を振るえなかったのだ。六辻の覚悟の決まった目は人をも殺す勢いさえ感じた。酷く嫌うからこそ出たのだろうが、やはりその謎はいつか解き明かしたいものだと思う。
「俺たちも香月さんが泣く前に加わろうか」
「そんな冗談言うのね」
「ん?ホントに泣きそうだからさ」
言われて香月を見ると、息を切らして涙腺崩壊寸前に顔が崩されていて、ヤバいと思わされた。
とはいえ、それから試練はなかった。キツくてキツくて、それはもう昨日と変わりない辛さだった。しかしそれでも今日は六辻の特別を見れた気がして、親友を目指す倉木には苦よりも喜びが勝っていた。
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