次の予定

 前日に詰め込んだことで、容量の良い遥にとっては逆にそれがプラスに傾き、期末試験もそれなりに解くことができた。だから結果、返却された答案用紙に赤点が刻まれることは1つとしてなく、取り敢えず絶対評価が下がるという危機は脱していた。


 思っていたよりも試験期間というものは短く感じるもので、3年前の同時期に感じていた気持ちとはまた別の気持ちを感じていた。


 ちょうど不登校となり引きこもりとなる理由が発生した時だから、今がその時と比べて断然周囲も自分も幸せなんだろう。その思いがはっきりと、来年の今には分かると良いと思いつつ、今日も耳を傾けて聞き手になっていた。


 「明日でもう一学期終わりでしょ?何だか早いよねー」


 一瀬が言うように明日は一学期の終業式。明後日からは夏休みというわけだ。期末試験も終わってその後何をするか決めようと、一瀬と桜羽、そして珍しく九重と八雲も加わっていた。


 「私としては、色々と騒がしくも感じたがな」


 「高校でやっと友達作れたから仕方ないよ」


 「中学生の頃から友達は居たが?何度も言わせるな」


 一瀬は決して桜羽に友人が居たことを認めない。当然この幽玄にその友人は居ないから、証明も不可能だ。それを悪用している一瀬も飽きずに今日も桜羽をいじめるのだった。


 「私と九重と話さない間、そんなに話すようになってたなんて。正直驚きだよ」


 「私の友達はそもそも少ないからな。話す相手が限られるから必然的に回数も増えるだろ」


 「今日も悲しいこと言ってるんだな、桜羽。もう開き直ってると可哀想に思えてくる」


 「……私はどうしたらいいんだ?六辻」


 「えっ、俺?俺に聞かれても答えは出せないよ?」


 出会って会話した当初、桜羽は不憫に対して明らかに狼狽して嫌だ嫌だと対応していた。しかし今ではその素振りすら見せなくなっている。理由としては遥を除く友人たちが常に桜羽をいじりすぎたからであり、桜羽の心がもう不憫を受け入れることを決めてしまっているからだ。


 「そういえば最近、桜羽って六辻にめちゃくちゃ質問するよな。そんなに好きなのか?」


 「そうか?」


 「あぁ……どうだろう。私にも質問することは多いけど、思えば六辻くんに質問すること多いかも。どこ行くの?とか何するの?とか」


 言われてみると、桜羽の質問は増えたとは思う。何か気にしてくれているのか、無言でその場を去ろうとする時に聞かれることが多いとは思っていた。


 一瀬は桜羽と遥と会話する立場なので曖昧なのだろうが、客観的に見ている九重と八雲からだとそう受け取れるのだろう。


 「好きになっちゃったの?桜羽優さーん」


 「それが恋しているということなら否定するが、友達としてなら肯定する。私には君のように九重を愛する気持ちと似たような感情を六辻に対して持っていないからな」


 「ホントかな?私には心臓の鼓動がよく聞こえるけど?」


 今日は九重と八雲の席が埋まっているので、その場合の定位置である一瀬の膝の上に座っている桜羽。背後には密着している一瀬が居て、背中に耳を当てて鼓動を聞くことは容易いのだろう。夏服だから、薄い生地を通してよく聞こえそうだ。


 「聞こえるだけで、実際早まったりはしていないだろ?」


 「まぁねー」


 自分のことは自分がよく理解している。その通りのようだ。


 「まっ、そんなことより、折角夏休み近いんだから夏休みのこと話そうよ。何するかさ」


 元々集まった理由はそれを話すためだ。相性指令がある限り予定が意味を成すことは皆無に等しいので、結局予定を組んだとこで無意味なのだろうが、それでも何をするかくらいは決められる。


 予定が合えばできるように準備をすることもできる。だからそれくらいは決めようと、夏を満喫したい思いで集まっていた。


 「何するかって、幽玄ですることって何かあんの?」


 「佳奈とイチャイチャする」


 「それは夏って理由関係ねぇだろ」


 「……聞いた私が言うのもなんだけど、無性に腹が立つよ」


 「桜羽、お前の気持ち少し分かった気がする」


 「その程度で分かった気になるな」


 辛辣に突き放すが、確かに桜羽の受ける不憫とはどこかレベルが違うのは遥でも分かった。やはり恋愛という概念は底が見えない。


 「お祭りとかないの?近くの大きな公園とか、海辺とかで」


 「あるんじゃね?俺聞いたことある気がする」


 「マジ?あったら行こうよ」


 「良いかもな」


 何故か2人の空間が生まれて、あっという間に予定が埋まってしまった。これが好きな人同士の付き合い方なのだろうか。初めて見たが、数瞬で予定を決めることができる関係は流石としか言えなかった。


 それだけ相性が良いということだろう。


 「おい、一瀬。メンバーミスだろ。どうしたってこの2人の空間が生まれては、私たちで行く意味あるか?」


 「それは……知らねっ」


 もうどうしようもない。無理に2人の関係に入る気はなく、友人だからこそ楽しんでほしいと本心から思う。そこに邪魔をしてまで加わるという選択はないのだから。


 「はぁぁ……祭りがあったとして、それは時間があれば行こうか」


 「3人でも楽しいと思うよ?桜羽さんと一瀬さんが居るなら」


 「やっぱり六辻は必要だな。私たちの心の安らぎになる」


 「目の前でイチャイチャ見せつけられるのに比べたら何億倍も癒されるよ」


 そのイチャつきとやらを見ても何も思わない遥だから、好きな人を見つけてラブラブしていることに無反応。それが普通の人にとってはゆとりなのかと、なんとも思えない気持ちを抱いていた。

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